第2話 無能力者のスローライフスタート
馬車は、ゆっくりと止まった。
揺れが収まり、外から御者の声がする。
「着いたぞ」
扉が開くと、土の匂いがした。
王都の石畳とは違う、やわらかい匂い。
村は、小さかった。
建物は低く、人も少ない。
賑やかさはないけれど、騒がしくもない。
「ここが、お前の行き先だ」
そう言われて、私は馬車を降りた。
見送る人はいない。
それで、少しほっとする。
村長と名乗る老人が、簡単に頭を下げた。
「戦えないと聞いている」
「無理なことはさせん」
それだけだった。
期待も、失望もない。
ただ、事実として受け止められている。
案内された家は、小さくて古い。
でも、風はちゃんと通る。
「ここでいいか?」
私は、うなずいた。
豪華じゃない。
でも、安心できる。
その夜、布に包まって横になる。
遠くで虫の声がしていた。
王都で感じていた、
胸を押しつぶすような重さはない。
ここなら――
戦わなくても、生きていける。
そう思いながら、目を閉じた。
翌朝、外が明るくなる前に目が覚めた。
体が軽い。
前の世界では、起き上がるだけで息が切れていたのに、
ここでは、そうならない。
それだけで、今日はいい日だと思えた。
集会所に行くと、村長がいた。
何か頼まれるのだろうか、と少し身構える。
「重い仕事は無理だな」
いきなり、そう言われた。
否定されたようで、
でも、責められてはいない。
ただの事実として、口にされている。
「だから、これを頼みたい」
渡されたのは、分厚い帳簿だった。
中には、数字と短いメモが並んでいる。
「畑の収穫量、物資の出入り」
「整理してくれると助かる」
剣も、魔法もない。
でも、できそうだと思った。
「はい」
声は、小さくならなかった。
作業は、静かだった。
数字をそろえ、書き直し、余白に印をつける。
時間はかかったけれど、
終わったとき、頭がすっきりしている。
「助かった」
村長は、それだけ言った。
大げさな感謝はなかった。
でも、ちゃんと必要とされている。
昼過ぎ、集会所を出ると、
村の人が一人、声をかけてきた。
「帳簿、見やすくなったな」
それだけで、胸の奥が温かくなる。
前の世界では、
役に立たなければ、存在してはいけない気がしていた。
でも、ここでは違う。
できることを、できる分だけ。
それで、いい。
私は、帳簿を抱え直した。
戦えなくても。
大きな力がなくても。
ここでなら、
ちゃんと、生きていける気がした。




