第6話
ふわっとした少し癖のある長い茶色の髪に、お上品そうな顔立ちをしている女性。どこぞのお嬢様チックな雰囲気と、不敵な笑みを零しながら優雅に立っている。
それが先ほどまで誰もいなかった空間に突然姿を現したのだ。その所業に先ほどの男子生徒の比ではないほど、誰もが息を呑んだ。
「稲葉会長!?」
学生連会長、稲葉一重。その姿を見て、誠に凄んでいた男子生徒は慌てたように取り乱す。対する誠は……諦めたように天を仰いだ。
「こんな暑い日に、そんな熱い空気を出されても困りますね。工藤団長、何か問題でも起きましたか?」
「い、いえ。これは……」
言いよどむ男子生徒―二区団長工藤には先ほどまでの緊迫した雰囲気はない。一重の登場で完全に場を持ってかれてしまった。もっとも、そもそもの原因が大人気ないものであったのも事実だ。
一重は工藤を見てにんまりした後、より深みを増したニマニマした表情で誠を見る。
「これは八神さんお久しぶりです。また会えて嬉しいです」
「残念だが、そう思ってンのはあんただけだ。必要以上にあんたと会いたくはない」
「あらあら、私のガラスのハートになんてことを」
「どうせ核爆弾でも壊れやしねえ癖に何を言いやがる」
言葉と共に顔を背け、一重はあからさまな泣き真似をする。学生神託団の頂点であり、学生ながら軍にも強い影響力を持つ存在で、とても人が喰えない性格をしている。
加えいくら誰かと対峙していようと、そして瞬間移動が出来ようと誠がその予兆、神力の発生に気づかないのは、神託者としての高い実力も持っている証拠である。
「シクシク……シクシク……まぁ、それはそれとして皆さん、そろそろ時間になりますので中にお入りください」
泣き真似に誰も突っ込まなかったのが不満だったのか、一重は一転してコケティッシュな笑みを浮かべて皆を先導するように手招きした。その変わり身に殆どが唖然としながらも、誘導に従い建物へと向かっていく。従わされていく。
「八神さん」
そんな中、一重は誘導されていく人々をよそに誠に近寄り耳打ちをする。
「新しい情報が手に入りました。明後日のお昼、いつもの場所でどうですか?」
「……望むところだ」
一瞬目を丸くした誠だったが、直ぐに口の端を曲げる挑戦的な笑みを零す。それに満足したように一重も含むように笑い、一足先に建物へと向かっていった。
「おいちょっと待てよあんた、工藤って言ったか?」
一重が去った後、誠は先ほどメンチを切っていた男子生徒を呼び止めた。
先ほどは一重のせいで消化不良になってしまった。男子生徒も再熱する訳ではなかったが、呼びかけられて睨むように誠に振り向く。
「こいつが名前名乗ったんだ、あんたも名乗るのが筋なんじゃねえのか?」
誠は傍にいた縁の頭をポンポンと軽く叩く。その行為に縁は分かりやすく拗ねて頬を膨らませる。
「……学園都市二区第一学生神託団団長、工藤和彦だ」
申し出を正当なものだとしたのか、変に礼儀正しく工藤は頭を下げる。
「俺は―」
「貴様などに興味はない八神誠」
誠が名乗ろうとしたところで先に工藤がそう釘を刺し、早々に踵を返して建物へと向かっていった。
「まったくよぉ、これだから礼儀がなって無い奴は困る」
「……誠さんがそれを言いますか?」
わざとらしく肩を竦める誠に振りだと分かっていても、縁は突っ込むしかなかった。




