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神の器  作者: ハルサメ
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第5話

「ンなことどうでいいから、早く入ろうぜ。クソあちぃわ」


 襟元をパタパタと動かして換気をする。今日は各々の学校の制服と義務付けられており、誠はワイシャツ一枚を裾を出して着ている。雑、というかだらしない服装に見える。


 感動に浸っている縁を置いていくように、誠は急ぎ足で院の建物に入ろうとする。


「これは特区の皆さんじゃないか」


 だがその入り口の所で声をかけられる。わざとらしい棒読み加減の声音、煽りと言っても良いほどの感じの悪いものだ。


 発信源は誠たちの直ぐ横、数人の学生の固まりの先頭から発せられていた。その団体のリーダーのように他を率いているような男子学生は、なにやら面白そうに笑っている。


 知らない顔。だが今日この場にいる学生、そして腕につけている腕章からこの団体が学生神託団である事は間違いない。


 早速かよ、誠としては無視するべきと判断したが、隣にいた縁は律儀にお辞儀を返したので誠も歩みを止めるしかなかった。


 面倒臭くは思っていても、ここで縁を一人にするのは得策ではない。それは相手のこちらを見下すような雰囲気を感じ取ったためだ。


「初めまして。私、学園都市特区学生神託団所属の白木縁と言います」


 特区、と言うのは誠たちの学校が元々学園都市の外に作られたために、特別に設けられた区画との意味を持つ言葉だ。


 だが他の学生神託団がそれを皮肉として使っているというのを、社から聞いたことがある。正規ではないよそ者という意味だ。


「白木、と言うとそちらの団長さんの妹さんですか?」


 自己紹介をした縁に対し、男子生徒は自分はそっちのけで話を続ける。自分を棚に上げて言うつもりはないが、礼儀がなっていないやつだ、と誠は思う。まぁ直接的な危害を加えない限りはどうでもいい。興味が無い。


「えぇ、社は私の兄です。今日は都合が悪く、私達が参加させていただきます」


 謝罪の意味を込めた礼に、男子生徒はニヤリと笑った。


「ほう、都合……ね。学生神託団の長と言う者が、その集まりを放棄してまで行う都合とは、大層大事なことなんでしょうね」


 嫌みったらしい言葉、それに対して縁は苦笑いしか返せない。わざわざ家の仕事で来れないと理由を告げる必要も無ければ、義理もない。男子生徒が言ったのは所詮建前であり、団長が絶対出席と言う制約はない。


「それに聞けば新しい特区の神託者が、それはもう傍若無人に行動しているそうじゃないですか。他の区で問題を引き起こしているのは耳に入っています。そちらの管理体制はどうなっているのですか?」


「いえ、それは……」


「我々が、学生のトラブルに対処するために結成された組織である事は知っていますよね。取り締まる側が問題を起こしていたら意味が無いんですよ」


 社と同じ道理であった。だからこそ縁も何も言えず、ただ申し訳なさ気に頭を下げるしかない。それが相手を更につけ上がらせることだと分かっていても、それしか出来ない。


「だいたい四人で学生神託団を組織すること事態に問題があるんです。そちらの団長が意固地にならずに、我々に管理を任せていればこんなことには―――って貴様はさっきから一体何をしているッ!?」


 男子生徒は得意げに語っていたのが一転、自分の傍にいた同僚に近づいてなにやら耳打ちしている誠を見て、驚き声を荒げる。


「あん? 別に何でもねーよ気にすんな。ほらそっち向け」



誠はそれをあしらう様に手を払う仕草をする。男子生徒は誠を睨むが、それ以上何かを言う事はなかった。振り向き直し、縁に目を向ける。


「つまりですね、特区と言うものをそもそも廃止し、隣接する二区に統合するのが現段階におけるもっとも簡潔な―――」


「ほら見ろよ。あそこだよ、あのつむじの右下。そうそうそこだ。なっ? そうだろ!?」


 一旦気になれば背後で交わされる言葉には耳が傾けられる。否―今度の誠の声は先ほどのようなヒソヒソしたものではなかった。聞こえるほどの大きさでわざわざ話したのだ。


「やっぱちょっと禿げてるだろ?」


「貴様らは一体何の話をしているんだぁ!」


 鬼の形相になり、男子生徒は誠に詰め寄る。誠と話していた同僚は慌てたように誠と距離を取り姿勢を正した。


「何ってあれだよ。言わせんなよ、デリケートな問題だから」


「今の貴様にデリカシーの欠片が少しでもあったか!?」


「なんだ実は気にしてたのか? 悪かったよ、俺そこらへんの配慮ってできないんだ。ごめんな」


「ふざけるな! そうやって虚偽を真実たらしめようとする姑息な手が―」


「おいおいそんな必死になるなよ。そういうお前の行動こそが例え真実じゃなくても、真実足らしめちまうってのがわかんねえのか?」


 誠の背後で男子生徒の同僚の中からクスクスという笑いが漏れる。しかし男子生徒が人睨みすると、咳払いをして何事もなかったように姿勢を正した。


「なるほど、特区の問題児とは貴様か。報告と同じでふざけた奴だ」


「別にふざけてねえよ。真面目になるのが馬鹿らしいだけだ」


 男子生徒は憤慨して誠を睨むが、当人はそんなもの興味ないとばかりに飄々とした態度を取る。


 それが癪に障ったようで男子生徒は行動を起こした。今まで男子生徒と誠はそれなりに距離が離れていた。だが男子生徒は誠と離れていた距離を一瞬で詰め、あっという間に眼前に仁王立つ。走ったとかそういう動作ではない。


 予備動作も何もなく、滑るように動き出し、そしてぴたりと止まった。


 瞬く間での動作だったため周囲の反応が僅かに遅れる。


「そこそこ腕は立つ様だが、俺たちを甘く見ないほうがいい。そこらのチンピラとはわけが違うぞ」


 認識を越える瞬間的な移動、人智を越えたその挙動は体術と言う枠組みを超えた異行。


 走るためには一度腰を落とし、膝を曲げる予備動作が必須である。そして動き出し、動きの終わりにはどうしても加速度を伴った速度の増減がかかる。


 それが人間の認識する人間の動きの常識。慣性と言う呪縛。


 だがもしそれを無視できるとしたら。スタートからマックス、マックスからストップを鮮やかに行われたら、人間は現象の認識が遅れる。


 それが自分の常識ではありえないから。


「なるほど、神力供給から能力発動までに目立った隙はない。どうやら、あんたはそこそこできる人らしいな」


 眼前、少しでも頭を前に倒したら頭突きがお見舞いされる距離でありながら、しかし誠の態度は変わらなかった。口の端を曲げ、ニヤリと笑う。


 一触即発の空気が二人の間に流れた。ぴりぴりとしたそれに、周囲の人間はただ固唾を呑むしかない。生半可に手を出すと、こちらが痛い目を見るのが容易に想像できたのだ。


「あらあら、早速何か問題が起きているのですか?」


 そんな状態に似つかわしくない陽気な声がかけられた。声の主はあろうことか、張り詰めた空気を出してた二人の直ぐ傍に姿を現した。

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