第4話
世界が一度滅亡した、というのは今や小学生でも知っている常識中の常識である。
だが以前はその詳細を語るには資料がまったく存在せず、「はるか昔に神器という技術で栄華を極めた古代文明において、人間は神なる存在と戦争を行い、古代文明は滅亡した」という事実だけが長い間語り継がれてきた。
神なる存在、と言われている時点で宗教じみた怪しい話に聞こえ、そのため長い間歴史というよりは神話的な扱いを受けてきた出来事である。
だがそれは約五十年前の神器の発掘によって、ガラリと形を変える。
古代文明の存在が確かなものとされ、現代技術を圧倒する神のごとき神器により、神との戦争も笑い話ではすまなくなった。
今まで資料が殆ど残されていなかったこの神との戦いだが、多くの神器の発掘に伴い、人間が七体のガイアと呼ばれる女神によって、指導されていたことが明らかになっている。
神との戦いにもかかわらず女神を味方につけていた、というのは少し妙な話であり、この話題はいつの時代も議論されている。
だがどの資料の最後にも「そして世界は全てを失った」と記されていることから、古代文明は神との戦いに敗れ、滅亡したとされている。
その後、人間がどのようにして再びこの地に生を受けたのかについては、神が慈悲を下さったとか、生物として一から進化を遂げた、など多くの憶測が飛び交っており、確かなことは何も分かっていない。
唯一つ、神器という存在が現代の人々に与えた影響は、けして小さくは無い。
研修会当日の朝、往生際悪く何とかしてこのイベントを避けるべく、色々な策を練ってはみたものの、結局妙案は生まれず誠はしかめっ面のまま、自宅マンションの玄関先まで迎えに来た縁の乗る黒塗りの高級車の後部座席に乗り込んだ。
頭の後ろで腕を組み背もたれに寄りかかる姿は、完全に不機嫌オーラを放っていた。
「すみません誠さん、こんなことになってしまって」
隣に座る縁が申し訳なさそうに頭を下げる。それを見て誠は深くため息をついた。
「別にお前は悪くねぇよ」
誠自身、自分の苛立ちは大人気ないことであるのは分かっている。だが何かを指示され束縛されること、自分の意思が働かないところで何かが決まってしまうことには、どうしても我慢がならないのだ。
「気分は悪いが、二人出ろって言われてんだから、仕方なく出てやるさ」
「いえ、今回の誠さんに参加していただくのは私にも原因があるんです」
しかし縁はそこで頭を振った。
「確かに当日行く事が出来るのは私たち二人だけでしたが、例えそうじゃなくてもお兄ちゃんは私一人だけで研修会に行かせる様な事をしなかったと思います」
「どういうことだ?」
「お兄ちゃんも言っていた通り、私たちは他の学生神託団の方々と友好という訳ではありません。そんな中で私一人が研修会に行くことをお兄ちゃんは心配しているんです」
つまりは兄のシスコンが原因だったと言うことか、と話を結論付ける事を誠はしなかった。何か縁の表情に深刻さを帯びていたのだ。
「おいおいちょっと待てよ。俺たちってそんなに立場が危ういのか?というか他のやつらも問題を取り締まる側の人間なんだからそんな心配する必要も」
「昨年お兄ちゃんと紫さんが研修会に出向いた際、手荒い歓迎を受けたそうです」
「そりゃまたエキサイティングな奴らだな」
言って、誠は笑いながら肩をすくめる。他の神託団とはあまり交流を持った事はないが、とても仲良くなれそうな気がしてきた。
「学生神託団は学生の間では名誉の地位になっています。それを学園都市の外に作った学校が、勝手に学生神託団を組織したことによる反発は大きいのです」
「それにこの世界は実力主義だからな。力も持たねぇのに、名前振りかざされてもたまらないってところか」
学生神託団には神器犯罪に対する組織であり、有事の際に神器使用が許可されている。
それは力ずくでも問題の火種を消し去る義務を負っているということで、そのため力を求められる。取り締まる側が強者でなければ意味が無いのだ。
「つまり縁を一人で行かせると先輩方から陰湿な虐めを受けるから、俺にボディガードみたいなことをしろってわけか?」
「おそらくお兄ちゃんはそういう考えだと思います」
自分がお荷物のような立場であることに申し訳ないのか、縁は眉を下げシュンとした表情をする。元々小柄な体型だが、それがもっと小さく見える。
それがか弱く見えてしまい、なるほど確かに守ってあげねばと言う気分になってしまう。
それに加え社のシスコンは今に始まったことではないことを、昔なじみとして誠も知っているので、今更と言えば今更な話であった。
「俺は虫除けスプレーじゃねぇんだぞ」
仕方なくため息混じりに遠くを見上げ、諦めたように誠は呟いた。
しばらくして誠たちの乗る車はある建物の前で停車した。円柱型の平べったく直径が長い建物、政府直属の神器研究機関―院の本部である。
神器シェア三十%を誇る日本政府が、神器を管理するために設けた組織であり、その評価は世界的に有名で、最高峰の神器研究施設の呼び声も高い。
また日本に属する神託団は、すべて院の手続きを行うことで神器を支給してもらっており、その管理は使用した神器によって個人を特定されるほどまでの徹底振りである。
縁が帰りの時間を運転手に伝えた後、二人は車から降りる。
まだ七月下旬になったばかりだが、蒸すような熱さが一気に襲ってきた。なまじクーラーの効いた車の中にいただけに、差が激しい。
「院は中学校の時の社会化見学で来ただけだったので、こうして入るのは初めてです!」
早々にグダリ始めた誠の横で縁が目を輝かせて院の建物を見る。白木重工のご令嬢だからなのか、縁は機械関係にものすごい興味を持っている。それは最早マニアの領域である。
神器研究も結局のところ現代科学の延長のようなものであり、ブラックボックスである神器の元になる神核の解析、応用などの作業において白木重工も技術提供として院とは深い関わりを持っている。
因みに今日社がいないのは白木重工が新たに開発した、神器を一切使わない対神器戦闘用の高機動型バイクの試作機テストのためであった。




