第47話
エレベーターが上昇していく中、誠は下層で巨大な神力を感知した。
「誠! この神力って?」
「社だろ。さっき電話したら縁の敵をとるって言ってからな。あいつ相当切れてるぞ」
「ちょっと待ってそうじゃなくて、何で彼がこんな神力を持っているの? ただの学生じゃないの?」
「あぁ今のあいつはただの学生だよ。妹が理不尽にぶん殴られたからって、マジギレしちゃうくらいに優しい心を持ったシスコンの、ただの学生だよ」
飛鳥の聞きたい事はそんなことではないのは分かっているが、適当にはぐらかしておく。
例え姿が違えど、あいつの情の篤さは筋金入りなのだ。
その時、上昇していたエレベーターが動きを止めた。
「俺たちは俺たちで、目の前のことに集中するぞ」
「ちょ、ちょっと誠!」
そして開かれた扉を、誠は何の警戒もなく潜っていく。
エレベーターの先は、武装兵が銃を構えているという事はなく、長い通路になっていた。
誠は一度飛鳥を見て肩を竦め、二人は廊下を進んでいく。
やがて大きな扉が現れ、誠は再び躊躇せず扉を開く。
扉の先には広々としたダンスホールが広がっていた。テーブルや椅子などが無いため、一層広々として見える。
そしてそのホールの一段高いステージ部分には、椅子に座っているイオと、その隣で悠然と立ち竦むオルテガと要の姿があった。
周囲に警戒を張り巡らせるが、この場にいるのはどうやら三人だけのようだ。
「随分と余裕かましてくれるじゃねえか」
要が勝負に拘っているのを見越し奇襲は無いと判断していたが、ここまで手を抜かれるとは思っていなかった。
「あら、昼間の屈辱をもう覚えていないのかしら? それともそれすら分からない知能の低さなの?」
「利口にしてれば人生思い通りに過ごせるなら、俺の人生は最悪なんだろうな。俺はただ、あんたとそこで寝ている奴をブッ叩きに来ただけだ」
先ほどからイオの反応が無い。寝ているのか、それとも洗脳系の能力で意識が奪われているのか。
「まだカタストロフィーの充電は終わってないみたいだな」
「……なるほど、イネーヴァの入れ知恵ね。だけどそれが分かっていても、止められはしないわ。例えあなたが私と同じ、神だとしてもね」
オルテガはわざとらしく日傘を構える。
「サンクチュアリを発動すれば、私以外の神はすべての機能を停止する。そうなれば、もうあなたは動くことすらできない、ただの木偶になるのよ」
発動者以外の神を機能停止に追いやるという、とてつもない脅威。
だがそこが勝機になる。そのためには―
「ハッ、どうしてお前はいつもそうやって弱者をいたぶる。そんなに昔イネーヴァに凹まされたことを根にもってんのか?」
「……あなた一体何を言っているの?」
オルテガの表情から余裕が消え去った。鋭く、射る様に誠を睨む。
「それだけじゃねえか、いつも比較されてたもんな。姉は優秀だからお前も優秀なんだろ? って。そして今度は妹より上にならないといけないからって、必死に頑張ったものな」
「…………」
「おぉ怖ぇ怖ぇ。そんな睨むなよ、昔のことだろ? それにお前は誰よりも優しい子だって、オルフェウスも言ってただろ?」
言い終わった瞬間、誠と飛鳥の間を何かが通過した。それはそのまま背後の巨大な扉に衝突し、それを木っ端微塵に消し飛ばした。
先ほど通過した物体、それはカルブリヌスだ。
「その辺にしておこう。オルテガ、彼は君を誘っている。これは罠だ。何か仕掛けて―」
だが要が言葉を言い終えるより先に、オルテガは行動を起こしていた。
ふわり、とした動作でステージから飛び降りたかと思うと、そこから右足を軸に床を滑りながら誠へと肉迫した。
かかった。誠は瞬時に飛鳥と目配せをすると、両者は一斉に左右へと分かれた。
突撃してきたオルテガはそのまま誠を追っていく。
「オルテガ! 止め―ッ!」
「行かせません、あなたの相手は私です」
オルテガを静止させようとした要の前に、飛鳥が立ち塞がる。
「チッ!」
流石の要も、飛鳥を無視してオルテガを止める事は難しいと判断し、先に飛鳥を標的に捕らえる。
これで準備は整った。
状況を確認した誠は、飛鳥たちから更に距離を取る。
その際、誠のすぐ傍の床が絨毯ごと何かに削り取られた。
誠の視線の先には、左足を蹴り上げたオルテガの姿があった。
右足のブーツは先ほどのように機動性能を上げる能力の神器、左のブーツは今の打撃系の能力であると推測する。
「何で……何であんたがそれを知っているのよッ!」
絶叫するオルテガに、あえて答えなかった。
オルフェウスの記憶を誠が所有していると言っても通じる事は無いだろうし、逆に黙っている方がもっと激情してくれそうである。
サンクチュアリは発動に僅かな時間がかかり、また五メートルという距離制限が存在する。故に今回、誠は回避に徹した。
余計な反撃など考えれば、今のオルテガには一瞬で足を潰される。
比喩ではなく、文字通り肉も骨も粉々になるほど破壊されるだろう。
一瞬前まで誠がいた場所が、無残にも削り取られるていく。時間を経るごとに回避がぎりぎりになる。
後数回もすれば、それこそ追いつかれることが目に見える。
視界の隅で、飛鳥と要の戦闘を確認する。飛鳥の役目は足止めだ。
倒す必要はなく、ただオルテガと要を引き剥がせば良い。
「よそ見してるんじゃないわよッ!」
そこで、誠は戦慄した。オルテガの動きが予想よりも上回っており、予想より数手早く誠に追いついたのだ。
引きちぎられるような斬撃が右足を襲い、たまらず体勢を崩して床をゴロゴロと転がった。
「やっと捕まえたわ」
立ち上がろうとした時、眼前には既にサンクチュアリを構えたオルテガの姿があった。
もはや誠の距離は、十分サンクチュアリの距離制限内に収まっている。
「さぁこれで終わりよ!」
わざとらしくオルテガは日傘を高々と掲げる。
そして誠の眼前に日傘の先端を床に叩きつける。
―かかっ…………え?
日傘の先端が床に叩きつけられ、そのことに勝利の笑みを零していた誠。
だが何かおかしい。サンクチュアリが発動したのなら、誠の体に異変が起きるはずである。
「残念でした!」
日傘を再び持ち上げたオルテガは、満面の笑みで誠を見下ろす。
「私を逆上させて周りを見えなくさせる。そして逃げる振りをしながら、機を見てわざと足を取らせ、‘イオも距離制限内に含む状況’で、サンクチュアリを使わせる。悪く無い作戦だわ。憎たらしいほどに私のことを見抜いている」
今、誠の真後ろにはステージがあり、そしてイオがいる。
ばれていた。イオをサンクチュアリの制限距離圏内に含むように逃げ回り、カタストロフィーの充電を停止させる。
こうすれば緊急停止という形になり、再度カタストロフィーにアクセスしようとしても、復旧に時間がかかる。
サンクチュアリという脅威を利用した、一つの勝利プランだった。
「その作戦は既に気付いていたわ。わざと怒って誘われている振りをしてあげたのよ」
「ハッ! 本当に趣味が悪いなお前。そんな悪さしてオルフェウスに何回怒られた?」
「……あなたがお父様しか知り得ない事を知っているのは、確かに解せないわ。でもこの状況でまだ粋がるつもり? もうチェックメイトの時間よ」
「まだ時間はあるだろ? なら、充電が終わる前に今度は力ずくであんたを止める」
作戦変更だ。先ほどの方法で終われたら一番スマートであったが、まだ保険の作戦が―
《カタストロフィー充電完了、起動シークエンスに入ります》
そこで、抑揚を感じさせない無機質なイオの声が、ホールに響き渡った。
「もう充電が終わっただと!? 早すぎるだろ!」
見立ててではあと三十分は時間があるはずだ。カタストロフィーの神力充電は膨大な時間がかかる。
それを短縮するなんて事は――いや、方法はある。
「まさか直接神力を供給させているのか?」
「ご名答! イオの体が弱っている事は知っていたわ。だから私も保険を打ったのよ。最悪イオには照射だけさせて、必要な神力を外部から供給するつもりだったわ」
イオの体が神力欠乏症に蝕まれている。
そのイオにカタストロフィーの行使は酷以外の何物でもなく、最悪イオの神力を全て費やし、生命活動を止める危険をはらんでいる。
「妹を殺してまで……お前はこんなことがしたいのか」
「元々助かる可能性なんて無かった。それを私が有効的に使ってあげようって言ってるの。さぁイオ! あの忌まわしき月を打ち砕きなさい! そして知らしめるのです、神どもに新たな戦いの始まりを!」
《起動シークエンス完了。トリガーコマンドを認識、カウントを始めます》
イオの声が、10という言葉をつむぐ。




