第40話
「そうですか、やはりオルテガはサンクチュアリを……」
イネーヴァは注がれた紅茶に目を落としながら、静かに呟いた。その正面には飛鳥が座っている。
オルテガの襲撃。
それが去り、駆けつけた軍に回収された飛鳥たちは、そのままイネーヴァのいる院へと連れられた。
その間に、社は縁を家に送り届けていった。
縁が気を失っている様子を見た時の社の驚愕は、事態を抑えることが出来なかった飛鳥に無力さを痛感させた。
「力及ばず、申し訳ありませんでした」
「いえ、貴方は良くやってくれました。それに過ぎたことを悔やんでいる場合ではありません。それよりも、やらなければならない事があります」
イネーヴァは頭を下げる飛鳥を手で制した。
そして目線を傍のベッドで寝ている誠へと向ける。ピクリとも動かず、死んだように眠っている。
傍から見れば、本当に死んでいるようにしか見えない。
「そこまでの事実が示されてしまっては、小出しで伝えていく訳にもいきませんね」
「じゃあ誠は本当にオルテガの言うように……」
「はい、彼は紛れも無く私たちと同じ、神と言われる存在です」
人間を創造し、そしてその人間に反旗を翻された上位の存在。イオなどの実例を見させられても実感が湧かなかった存在。
イネーヴァが濁すことなく伝えた言葉に、飛鳥は僅かに体を硬くする。
「十六年前、ネオビッグバンが南極を中心に観測されたのは伝えましたね?」
「あぁ。そこに誠と私の父が南極にいたことも」
「南極は人神戦争時代に、神側が本拠地としていた場所でした。そしてネオビッグバンの一ヶ月前、その南極で不可解な神力の波動が確認され、私は彼らを南極へと派遣しました。そして彼らはそこで母と子の二人組、誠と誠の母親を発見しました」
「発見……? 南極でですか?」
「神側がこちらに顕現する神器が、南極に残されていたのです。完全に繋がりが絶たれていたはずが、誠の母親は誠を抱えて、こちら側に姿を現した。彼女がどうしてこちら側に来る事が出来たのか、それは私にはわかりません。しかし、彼女はあちら側から逃げるために人界へと舞い降りました」
「逃げる?」
「誠を助けるため、だと聞いています。彼は生まれたばかりにもかかわらず、所有する能力が危険すぎた。だから、神は彼を早々に殺すことを決めていたようです。彼の能力、それは神殺し。相手の神核に触れるだけで神を殺す事が出来る能力が、牙を剥くのを恐れて」
神を殺す力。その言葉から飛鳥には合点がいったことがあった。
「じゃあ誠の神力が神器の発動を止めたり、消し去ったりする事はできるのはその能力の一端ということですか?」
「止めているというよりは、今の彼にはそれしか出来ない、という表現の方が適切です。今の彼は厳密には神ではなく、人間だからです」
イネーヴァは一度間を取るように、紅茶に口をつける。




