第34話
「聞いてたのかよ」
「えぇうっすらとですが、大体は把握できました。……それにしても、また私は裸体を視姦されていたようですね。遺憾です、イネーヴァ」
再会の挨拶もそこそこに、上から見下ろす形でイオはイネーヴァに目をやる。言葉通り不快感が篭っていた。
だがそれでも体を隠そうとしないのは何なのか、気にはなっても聞くに聞けなかった。
縁から服を受け取り、イオは袖を通す。
その間、イネーヴァはイオを注視していた。
何か言葉を発するわけでも、行動を起こす訳でもなく、ただ黙ってイオを見ていた。
「イネーヴァ。私の意志は、先ほどそこの精神的糞ガキが説明した通りです」
誠の不服の目線をイオはさらりと受け流す。
「私はあなたの手を、他の姉妹の手を借りるつもりはありません。例えそのつもりがなくとも、あなたが私を利用する可能性がある限り、私はその危険を冒すつもりはありません」
強く、はっきりと言い切った。
「ですがあなたはそれでどうするのです? ここで私を遠ざけたとしてもオルテガが居ます。あの子の事です、もうしばらくすれば再び姿を現しますよ?」
「その時も断固として拒否します。最悪、自害も視野に入れているつもりです」
イオの言葉に、イネーヴァだけでなく誠も思わず驚いてしまった。
姉妹の手に落ちるなら死を選ぶ。それほどまでイオが危惧する危険とは何か。
気にはなった。だが、その程度だ。
イオはイネーヴァの手にも、オルテガの手にも落ちない、誠が思いつかなかった第三の手を出してきた。その覚悟が誠の気持ちにも踏ん切りをつけた。
「貴方は良いのですか?」
イオの説得を困難と判断したのか、イネーヴァは誠を標的に変えた。
「あん? まぁ別にいいんじゃねえか? てか、そもそもこいつが中途半端に目覚めたのって、俺がラキアに触ったからなんだろ?」
先ほど誠が神力を注いだ結果、ラキアは停止した。つまり前回イオが目覚めたのは、近くに居た誠の神力がラキアに影響したからであり、誠は今の状況を作った張本人なのだ。
「流石にンなことしといて丸投げ出来るほど、性根は腐ってねえよ」
「え、でも一昨日イオさんを人質にして、軍に身代金をよう―きゅッ!」
縁の頭に拳を振り落とす。舌を噛んだようでプルプル震えている。
「……どうやら路頭に迷った方がマシな生活が出来そうですね」
「おい待ちやがれ。それならそれでいいが、そのゴミを見るような目は止めろ」
顔を背けながら呟かれると精神的に辛いものがある。
「はぁ……」
そんな和やか(?)な空気の中、不景気そうなため息をイネーヴァが吐いた。
「えぇ分かっていました。分かっていましたとも。あのイオが私の言うことを素直に聞く訳が無いことなど、始めから分かっていました」
「何ですかそれは? 聞き分けが無いという意味ですか? 憤るべきでしょうか?」
「お好きに取りなさい」
威嚇するイオに、イネーヴァはまた息をつく。あのイネーヴァ(=一重)が疲労している、という驚きが誠に襲う。
「いいでしょう。イオが外に出ることを許可します。これ以上言えば貴方はこの場で自害しようするでしょうし、それは私も望むことではありません」
さすがは姉といったとこか。先ほどのイオの言葉がただの脅しではなく、本当に実行される可能性があることをしっかりと理解している。
「ですがこちらから条件を二つ出させてください。それ以外はこちらから何かする事は一切ありません」
「聞きましょう」
「一つは睡眠をラキアの中で取る事。外に出す事とは矛盾しますが、少しでもあなたの寿命を延ばしてください。ラキアの方は後ほど転移させておきます」
先ほどの会話から推測するに、イネーヴァにとってイオの死が避けなければならないことなのは明白だ。だからこそ出来る限りの延命を望んでいる。
姉として、そしてまた別の利用価値としてイオを大事にしている。
「いいでしょう。それで、もう一つは?」
イオも簡単に死ぬつもりはないだろう。だからこそ、その申し出を断る理由もなく、どちらにしろ要求しようとしていた事柄だった。
だが二つ目はイオだけでなく、誠すら予想していなかった内容のものだった。
「そしてもう一つは、護衛として飛鳥さんをつけさせてください」




