第32話
誠と一重―姉妹の長女であるイネーヴァは院の廊下を、肩を並べて歩いていた。
「道理で怪しかったんだよ。いくら学生連会長様だからって、そう易々と軍の情報なんて手に入れられるわけがねえんだ」
「ですかその情報に飛びつかずにはいられなかったのが、あなたなのですよ」
毒づく誠に対し、イネーヴァは先ほどまでの真剣なものではなく、いつものニヤニヤとした笑みを零す。
廊下を歩く途中、誠はイネーヴァから大雑把な説明を受けていた。
それによるとイネーヴァは軍に力添えする姉妹の一人―つまり神という存在―で、軍の実質的な最高責任者、というかそもそもの軍の創始者だという。
え、つまり何歳? という年齢の逆算は、「神ですから」の一言で一蹴された。
軍の最高責任者なら、機密情報知っているのは当然だろ、という種明かしである。
それでその軍の最高責任者と、先ほどまでその軍に喧嘩を売っていた誠が何故仲良く(誠は断固として認めないが)肩を並べているのか。
それは軍が街中で突然意識を失ったイオを回収した、と言う情報を聞いたからだ。
イネーヴァは先日の院襲撃の後、イオを捜索する為に世界中の軍の人間に指令を出していた。
それが飛鳥からの報告により、実はお膝もとの学園都市で生活していました、と言うのだからくたびれ損である。
誠が単独で学生連に来ると知っていたこともあり、別れたイオに監視を送ったところ、街中でイオが倒れてしまい、監視どころではなくなってしまった。
神であるイオを通常の病院に入れることができず、イネーヴァが院へと収容したのだ。
そうすると、軍を誠に差し向けて時間稼ぎ―もとより勝算はないと考えていたらしい―などしている場合ではなくなり、即刻事情を説明した方がいいと判断したようだ。
その状態を踏まえイネーヴァは停戦を申し入れ、それを誠が了承したのだ。
「んじゃ改めて軍の最高責任者様は、ネオビッグバンの話を俺に聞かせてくれんのか?」
飛鳥から受けた銃弾は既に治療してある。さすが神というべきか、治療用の神器を使って、イネーヴァが瞬く間に治してしまったのだ。
神器の効力は大雑把に決められた系統の中でのランクに左右されるが、神力の扱いが上手ければ、期待値を越える効果も得られる。
「時期を見て、と言いたいところです。少なくとも今はそれどころじゃないでしょう?」
「そりゃ確かに」
街中でイオが倒れた、そんな出来事が起きた時に、自分の知的好奇心を満足させるような行動を取るほど薄情ではない。
ここまで来ればイオの存在を無視する事は出来ない。
何故イオが倒れたのか、それが今優先すべき事態だ。
扉を潜り、二人はイオが運び込まれたという部屋へと入った。
「誠さん!」
部屋に入った途端、縁が涙目になって駆け寄ってくる。見たところ部屋の中には、縁以外は院の研究者しかおらず、ずっと緊張しっぱなしだったようだ。
「あの……イオさんが」
「あぁ聞いてる、倒れたんだってな」
誠は縁の頭に優しく叩き、そして部屋の中央にある巨大なカプセルに歩み寄った。
イオを長い間眠りにつかせていたカプセル、それは再び卵形に口を閉ざしていた。
「あいつはまたこん中なのか?」
「はい。状態が悪いため、ラキアの中で安静にさせています」
「つってもなんで倒れたんだ? 倒れる素振りなんてまるで無かったぞ」
「あの子は常に眠そうではありませんでしたか?」
「そういやいつも欠伸ばっかして半目だったな。それが素かと思っていたが」
初めて会った時も、そして白木邸にいた時も、誠の家に侵入した時、風呂から出た時でさえイオは欠伸をしていた。
「それは生命活動の機能が、著しく低下していることを示しています」
「免疫力の低下って奴か?」
「人間的に言えばそうなりますね。私たち神の間では、神力欠乏症と言われています。私たちの存在についてはどの程度ご存知ですか?」
「人間を作ったお偉い存在で、人間と違って神核で動いている。んで過去に人間とガチな戦争やらかして引き分けで終了したってぐらいだな」
後半部分は縁も知らない内容であり、その縁は怪訝な顔をした。
「はい、私たちは神核で動いています。いわば私たちの体自体が一種の神器とも言えるのです。そして神器を動かすには神力が要る。その神力が失われていく症状が、神力欠乏症なのです」
「悪化したらどうなる? 死ぬのか?」
「生命としての死を迎えます」
イネーヴァの答えに、縁が息を呑んだ。
「イオさんこのままだと死んでしまうんですか!?」
「厳しい言い方ですがその通りです。神力の供給が止まれば生命としての死を迎え、そして今世界中に存在している、数多くの神器の一つへと姿を変えます」
神器の能力は神の能力そのものだ。生命活動が停止した神の神核が神器となり、別の神力を元に能力だけが発動する。
それこそ、死体に仕事をさせるように。
「人神戦争の終盤、イオは甚大な損傷を受け、ラキアへと収容されました。生命の安定を保証するラキアならイオを生き長らえさせます。そして私たち自身も眠りにつき、イオの回復を願いました」
「だけど治ってませんでしたってか?」
「目覚めた私は直ぐにイオを回収に向かいましたが、途方も無い時を費やしても、イオの容態はよくなってはいませんでした。だからこそ、私は院の地下研究所でイオを観察することにしたのです」
イネーヴァの表情には悲痛なものが浮かんでいた。
「それで大事にデータ取ってたところ、オルテガって奴に強襲されてりゃせわねえな」
「やはり先日の強襲犯はあの子の仕業ですか」
「意外だったか?」
「いえ、証拠が無かっただけで、あの子だろうとは思っていました」
「だろうな、イオですらそう言ってた。てことはそのオルテガって奴は、本当にコンストラシオンに所属してるんだな」
「よくそこだと分かりますね」
イネーヴァの声に驚きが混ざる。
「アイブリンガーに会ったからな。あちらは軍と正面からぶつかりたくなかったみたいで、素直に撤退してったが」
だが余計な一言を残してった。




