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神の器  作者: ハルサメ
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第29話

 転移の兆候が見られたのを皮切りに、軍の野外演習場に展開されていた一個小隊規模の軍勢から、複数の砲撃が放たれた。


 一つ一つが人一人を殺すには十分な威力を備え、展開された攻撃は無駄ともいえる規模のものだった。


 それらは対象の目前で互いに干渉して爆発を起こし、周囲に大規模の神力の波動が駆け巡った。


 空気を振動させる波動は、二百メートル先で防御結界を敷いている小隊にいてもヒシヒシと感じられ、攻撃の威力を物語っている。


 やがて爆煙が晴れ、焼けはだれた着弾地点が露になる。


「―ッ!」


 誰か、ではない。小隊全体から息を呑む動揺が広がった。


 風によって流れた煙の中から、対象が転移してきた時の姿そのままで現れた。


 傷どころか衣服にも変化は無く、先ほどの攻撃による損傷を受けている様子はまるでない。


 世界各国に恐れられている軍。一個小隊とは言え、その力量は侮れるものではない。


 それを自負しているからこそ、一流の隊員たちも流石に無傷の対象に驚くしかなかった。


 その中で唯一動揺していない人物、飛鳥は静かに攻撃対象―誠に目を向けていた。


「神埼少佐、では作戦通りここは私が行かせて頂きます」


 隣で目と口を呆然と開いている司令官に静かに告げる。


「馬鹿な……奴は……奴は化け物か……」


 神埼の呟きを聞き、飛鳥は苦笑ながら小隊から一人抜け出した。


 初撃で対象を排除できなかった場合、飛鳥一人による制圧に移る。


 それが司令官である神埼と飛鳥の間で交わされた作戦であり、意地の張り合いだ。


 神埼、いや飛鳥以外は初撃の物量で押し切れる、逆に無駄な攻撃が多いと予想した。


 飛鳥はたとえこれでも無理だと反論した。


 そうして生まれた意地の勝負は、飛鳥に軍配が上がった。


 飛鳥には分かっていた。あれほどの威力と規模を押し付けたとしても、誠のマイナスの神力を持ってすればまるで話にならない。


 養成校時代にそれを嫌というほど見せ付けられた。


 どれだけ八神誠が化け物じみていようと、飛鳥にとってそれは最早見慣れている光景だ。


 前時代の自衛隊の軍事演習場のど真ん中で、飛鳥は表情が見える距離まで誠に接近する。


 誠も飛鳥に気付いたようで、自分を砲撃してきた一個小隊ではなく飛鳥に目を向けている。


「よう、ずいぶんご機嫌な挨拶じゃねえか?」


「あなたにはこれぐらいがちょうどいいでしょ」


「まぁな。変な探り合いされるよりは、よっぽど好感が持てる」


 自分が殺されそうだったにもかかわらず、誠の態度は変わらない。柄が悪く好戦的で傍若無人。


 その悪ガキのような性格は、飛鳥の知る養成校時代と何も変わっていない。


 「それで?こいつはどういう状況なんだ?」


 顎で飛鳥の後ろに控える一個小隊を指す。


「院の研究内容の窃盗により、あなたに抹殺命令が出ているわ」


「おいおいちょっと待てよ。確かに勝手にいなくなったのは悪かったが、だからって俺が院の研究内容を盗むなんて―」


「貴方が昨日一緒にいた子」


 その飛鳥の言葉に誠の表情に僅かな変化があった。それだけで十分だった。


 昨夜、逃げるように自宅に帰った飛鳥に、軍から連絡が入った。


 先日の院襲撃の解析が終了した。そこで盗み出された研究内容の奪還の任務に就くよう言い渡され、送られてきた資料を見て驚愕した。


 盗まれた物は三つ。その内二つは神器を使った技術であり、見つけ次第その組織の排除まで記されていた。


 そこに驚きはない。院の研究の秘匿性は理解している。


 驚いたのは三つ目。それは研究内容と決して結びつけることのできない、一人の少女の捜索であり、そして飛鳥とつい数時間前に会合を果たした、誠と共にいた少女だったのだ。


「なるほど。確か昨日、顔合わせた時は何も言ってなかったから大丈夫だと思ったんだが、どうやらそう甘い世の中じゃねえみたいだな」


「否定しないの?」


「してもどうせ軍は俺を殺そうとするだろ? 実際俺はお前らが捜してたイオと一緒だった。だったら俺がやるのは言葉じゃなくて、こっちだ」


 言葉と同時に誠が神撃を放つ。飛鳥が過去に幾たびも受け、そして屈していった唯一の神撃。


 鬼神―八神翔の後継者で、世界中の神託団に警戒されている切り札の本気。


 飛鳥も世間では天才と呼ばれている。神に愛された世代と呼ばれる中でもトップクラスの実力を持っており、そしてそれを自負してもいる。


 だが―それでも誠を目の前にすると、その自信はあっさりと崩れ去る。


 神器が使用できず、神撃でしか戦うことができない誠に否応無しに屈するしかなかった。


 以前誠が言ったとおり、過去のこの二人の対戦成績は誠の全勝。


 養成校入学後の初の手合わせの際、今まで負ける事がなかった神器戦闘―しかも誠は神器無しの生身―で完全な敗北を喫してから、飛鳥は一度も勝つ事が出来ていない。


 ならば今回もそうか―いや違う。今回は神器戦闘ではない、生死をかけたルール無しの殺し合いなのだ。


 そしてその条件ならば飛鳥は一矢報いる、もしくは誠を越える方法を知っている。


「行くぞ」


 短く呟き、誠が動き出す。十数メートルあった距離を愚鈍に、そして圧倒的な速さを持って直進で詰める。


 誠の戦い方は単純だ。能力破壊で神器の攻撃を無力化しつつ接近し、近接戦闘で制圧。

 

 能力破壊と優れた体術、その二つが必要不可欠な戦い方。単純だからこそ、崩し難い。


 特に能力破壊は、それそのものが何かしらの神器の能力ではないのかと疑わせる類の脅威を持っている。


 ―だがそれも「神器戦闘だったなら」という話である。


 迫り来る誠に対し、飛鳥の手に握られていたのは愛器のレーヴァテイルではなく、一丁の拳銃であった。


 それを視認して誠の表情が険しくなる。飛鳥には聞こえていないが、舌打ちもしているはずだ。


 そして直進から一転し、的を絞らせないように左右に体を動かしての蛇行に切り替える。

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