第28話
翌朝、昨日のうちに連絡しておいた縁にイオを迎えに来させ、誠は一日ぶりの一人の時間を過ごしていた。
一重との約束は昼過ぎであり、それまでの午前中は部屋の片付けなどの雑務に襲われていた。
何分昨日から不本意ではあるものの、新たに住居人が増えたのだ。
昨日はイオ関連の騒ぎで満足に買い物も出来なかったため、空になった冷蔵庫に補充をしていった。
数日は大丈夫だと思った量を平然と平らげられたため、今月のエンゲル係数が心配である。
買い物中に社に食費だけでも請求することを心に誓った。
そしてあらかた家事を片付けたところちょうどいい時間になり、誠は一重に会いに学生連の本部がある一区に向かう電車に乗り込んだ。
はっきり言って誠は一重が苦手である。嫌っていると言っていい。
あの、人を食ったような話し方、手のひらで転がされているように感じる余裕たっぷりの態度。そのどちらも気に喰わない。
だが、それでも誠には一重に頼らなければならないことがあった。背に腹は変えられない事情がある。
一重の持つ軍とのパイプ、そしてそこから流れてくるネオビッグバンの真相。
それを得るために、誠は稲葉一重という悪魔に魂を売っているのだ。
そこまでしてネオビッグバンの真相を知りたいのは、誠の出自が関係していた。
実のところ誠と父親の翔の間には血の繋がりはない。
幼い頃に戦場で拾われ、そのまま養子という形で八神家に迎えられた―という記録になっている。
誠は養成校に入学した時点で自身の出生を探り始めた。当時既に翔が謎の失踪をしていたため、過去に翔が訪れた場所と時期を調べた。
神力の大幅な増加を受けているということで、ネオビッグバン時には生を受けていたことは分かっている。
それを踏まえて独自に調査をしていたところ、そこで軍の情報規制という壁が立ち塞がった。
ちょうどネオビッグバン前後の三年間、翔の活動記録が機密情報扱いを受けていたのだ。
それ以降の記録で手ごたえが掴めなかった誠は、ネオビッグバンにこそ何かあるのではないかと感づくが、軍はその情報を決して出す事は無く空振りに終わってしまう。
隠す、という事は何かやましいことがあるということだ。
このまま軍に入隊して内部から探りを入れる、という選択肢もあったが、十二神将であり総帥の石動元の存在を避け入隊を拒否し、外部から情報を探る選択を選んだ。
だが軍が規制を敷いている情報が、外部からそう簡単に手に入るはずが無く、外に出たことを後悔していたところ、社の紹介で一重と会合することになった。
いけ好かない要注意人物ではあるが、その分味方である限りは信用できる。
その一重のおかげで誠はネオビッグバン当時、南極に八神調査隊が派遣されていた情報を聞き、それがネオビッグバンに繋がっている可能性が高いとの確信を得る事が出来た。
そして誠の体質、神器が発動出来ないわけもその出生に何かがあるのではないか、とも。
だからこそ今回も、一重が得た新たな情報に食いつかずにいられなかった。
その見返りに何を要求されても、誠にはその条件を飲む覚悟がある。
この件に関してはもう誠はなりふり構っていなかった。無駄なプライドも何もかもかなぐり捨て、貪欲に情報を求めた。
だからこそ、昨夜のイオの煮え切らない態度には苛立ちを覚えた。
イオも誠の言った事が最善であることを自覚していたはずだ。最善を得るために代償を払う。
だがそこに踏み出すには己の殻を破る必要がある。かつての誠がそうであった。
何も一重を始めから信頼していたわけではない。逆に適当な話を並べたら、報復する気でいたほど警戒をしていた。
養成校で無敗を誇っていたことでのプライドもあった。
だからこそ一重が誠の持つ情報を越えるものをちらつかせた時も、簡単には飛びつかなかった。
一重の交渉術はこちらに服従を強いるようなもので、それが気に入らなかった。
だが最終的に誠は一重の話を受け入れた。それが最善だと理解し、自分を押し殺した。
イオ自身も今の状態がよくないことを理解しているはずだ。
情報を集めるには非効率的で、前に進みようがなく、最終的に行き詰ってしまうことが予測できない頭ではない。
「彼女たちに会う訳には行かないのです」
ちらりと最後のイオの言葉が脳裏を過ぎる。
説明しないとは言ったが、感情的になり少し口を滑らせたのだろう。
会う訳にはいかない、とは会う事でイオに何かしらのデメリットが生じるということだ。
つまり今のイオの中でそのデメリットと、姉妹によってもたらされる情報というメリットを天秤にかけた場合、デメリットの方が大きいと判断していることになる。
そのデメリットが何か、それは誠には分からない。
だが例え姉妹に会う事で何かを失う危険があったとしても、それをしなければ納得できる答えは得られない。その葛藤がイオに迫られている。
またイオ自身が言っていたように、このままずるずる生活していてもオルテガが再び強襲をかける。
「借りは近い内に返させてもらうよ」という要の言葉からもそれは推測できる。
その時にどうするか。組織化された集団に立ち向かえるほどイオは戦力を保持していない。
確かに巻き込まれれば誠も前回のように戦闘に参加するが、それでもイオを守る義理も無ければ、十二神将相手に他人を気遣う余裕があるかも怪しい。
イオに課せられているのはオルテガに連行されるか、軍にいるであろう姉妹に頼るかのどちらか一方。
時間制限付きの完全二択なのだ。
と、あれこれと思案している内に、誠は学生連本部の建物にたどり着いた。
学園都市の行政を司る五階建ての建物は、夏休みであるにも関わらず業務に追われる学生の姿がそこかしこにあった。
学生連とは学園都市という巨大な学校の生徒会という立場であり、管轄である文部科学省からは半ば独立し、学生による自治を行うための組織である。
その関係上、役人などの政府に属する人間は学生連のOB、OGが大半を占めており、学生連会長ともなれば政府に対して決して細くないパイプを持っていることになる。
その学生連会長に会うべく、誠は他には目もくれず五階にある会長室にと向かった。
一学生が持つには少し仰々しい両開きの扉の前に立ち、誠は一度深呼吸をする。
一重との会話は精神をすり減らす。しっかりと覚悟を決めてから取っ手に手をかけて扉を引こうとした所で、異変が起こった。
突然体を謎の浮遊感が襲う。
本来下にかかっているはずの重力が右や左、上などに目まぐるしく変化を続け、平衡感覚が失われる、グルグルと体が揺れる。
「しま―ッ!?」
転移神器―そう判断しても後の祭り。
視界がぶれ、抗う術なく誠は会長室の扉の前から、強制的にまったく別の場所へと転移させられてしまう。
誠の神力でもここまで発動してしまうと能力破壊は間に合わなかった。
転移完了による浮遊感が収まったと同時に、すぐさま周囲を警戒―しようとした所で、またしても誠は後手に回ることになる。
否、転移した時点で後手に回っていた。
「なっ―」
眼前にはすでに視界を埋め尽くすほどの遠距離神器の砲撃が展開されていた。
唸る雷轟、荒ぶる劫火、そして眩い閃光。
天変地異を再現したそれらは、怒涛の如く誠を飲み込んでいった。




