第27話
「崩壊したってことは人間が負けたってことか?」
「いえ、決着はつかなかったとするのが正確だと思います。確かに神は強力な存在でしたが、何分人間より絶対数が明らかに少なかった。さらに人間側にはお父様が持ち出した遠距離砲撃神器カタストロフィーに、私たち姉妹の力もありました。人間側も、そして神側も割合的な犠牲に差はなく、明確な致命打に欠けて戦いは長引きました。
最後は神側の人界破壊神器ハルマゲドンで地上のすべての生物が死に、そしてハルマゲドンの反動により神側も多大な痛手を受け、人界の管理を放棄するしかなくなりました。
そうして人間は神から解放されはするも、終結時に亡くなってしまった創造主であるお父様無しでは、以前よりも遥かに途方もない時間をかけて一からの進化を必要としました」
自由を手にしても、それを喜ぶ人間が消え去ってしまった。なんとも皮肉な話だ。
「私はその戦いで深手を負い、地下研究所でラキア、お母様の中で治療を行っていました。なのでそれ以降の人間と神との関わりは分かりません」
「人と神の争いか」
「信じられませんか?」
誠の呟きを適当と受け取ったのか、イオの声音に厳しいものが混じる。
「そういうわけじゃねえよ。でもだからって話を聞いただけで感じ取れるものなんて全体の何割もないだろ。俺に出来るのはそういう出来事があったと記憶することだけだ。ここでお前を大変だったなぁと労うのは、それこそお前も望んでねえだろ」
「確かに……それはその通りです」
イオの言葉には悲痛な思いが感じられたが、そこには同情してほしいという類のものは含まれていなかった。
逆に強い意志、その事実を真摯に受け止めている印象を与えていた。
「だけどどうにも腑に落ちねえことがある。そんな出来事があったにもかかわらず、何でお前の姉妹はそれぞれ別々行動してんだ?」
五大神託団はその影響力故、対立し互いに仲が良いとは言えない関係が成り立っている。
だがその上層部には姉妹がいる。かつて結託し、人間とともに戦った仲間が。
「人神戦争後、他の姉妹も私と似たようにそれぞれの管理地で眠りにつきました。そして長い年月を経て目覚めた時、彼女たちに何が起こったかはわかりません。ただ……」
そこでイオは言いにくそうに口を動かした。
「仲は悪くないはないのですが、多少そりが合わないというか。特に私の上である姉三人の我が強く、それが影響している可能性は十分に考えられます」
「お前以上の我の強さとか、正直勘弁してほしいんだが」
「なら、なおさらオルテガには注意が必要でしょう。他の二人に比べ彼女には妥協という考えはありません。無理往生を貫く性格ですのであなたとは相性が悪い……いえ、寧ろ良いのかも知れません」
「嬉しくねえ情報だな。って事は、お前は何で自分があんな場所にいたのかについては何も知らないんだな?」
イオは古代の時代からあのカプセルの中に入り治療を行っていた。
確かに初めて見たイオは永い眠りから目覚めた、という表現がしっくり来る。
「おそらく眠っていた地下研究所からあの場所に移されたのではないかと思います」
「んで院で眠ってるお前を、そのオルテガって奴が回収しに来たと」
「えぇ。私に何をさせようとしているかは分かりませんが、今の彼女が私を必要としているのは否定できないでしょう」
わざわざ軍に喧嘩を売る危険を冒してまで回収しようとしたほどだ。相当の思いれがあるのは確かだろう。
「あっちがもう一度来たらどうすんだ?」
「手を貸すつもりもありませんし、みすみす誘拐もされるつもりはありません。そのためにあなたについてきたのですから」
「おい待ちやがれ。俺は別にお前のボディガードになった覚えはねえぞ? お前が勝手についてきただけだからな」
「えぇだから勝手にあなたの隣にいるのです。そうすればあなたも巻き込まれて間接的に私を守らなければならなくなる」
「俺ただのとばっちりじゃねえか! ふざけんな! 守ってもらいたいなら、それこそ軍にでも行きやがれ!」
元々イオは院で管理されていたこともあり、保護を申請すれば当然通る立場だ。
「いえ、それは無理です。忘れたのですか? その軍にも姉妹の誰かが関与している可能性があるのですよ?」
イオを除く現存する姉妹の数は、五大神託団に軍を加えた数と一致する。それは昨夜の話し合いで推測されている。
「あぁそうだったな。って事はあれか。軍に手を貸している姉妹がお前を院で匿っていたところ、その存在を知ったオルテガがお前を略奪に来た。だけどお前はそのどちらにも組みする気はないと」
「はい。姉妹の誰であろうと私はその手を取る事はおろか、接触するつもりはありません」
「じゃあ今のお前は何がしたいんだよ?」
誠の質問にイオの表情が険しいものに変わった。
「お前の置かれている状況もある程度は理解したし、お前がどこの組織にも属さない事も聞いた。だけどそんな状況でお前に何が出来るんだよ?」
尋ねる誠の声は厳しく、何か叱咤するような声音だった。
「はっきり言わしてもらうと、そのオルテガって奴に会って現状を聞くのが一番手っ取り早いだろ。それがダメなら軍の奴でもいい。何をするにも、とりあえずお前の状況を理解しているそいつらに接触するのが、理にかなってんじゃねえのか?」
イオはこの世界の情勢をよく把握できていない。
そしてイオの過去をよく知らない誠にはイオに何を教えれば良いのか見当もつかないし、イオの質問に満足な答えを返せるとも限らない。
なら誰に聞けば良いのか、同じ境遇の姉妹が適任であるのは火を見るより明らかだ。
「大方小せえプライドが邪魔して頼ることも出来ねえんだろうよ」
「違います。そんなことではありません」
「何が違うんだよ。言って俺を納得させてみやがれ。お前の遠回りなやり方がイライラすんだよ」
するとイオは分かりやすい表情で誠を睨んだ。
「あなたに説明する必要はありません。どうぞ勝手に癇癪してください。私は彼女たちに会う訳には行かないのです」
誠が苛立っているのと同じようにイオも苛立ちを感じさせる声音を発する。
ピリピリと、一触即発の空気が両者の間に流れた。お互いが、相手の理屈を受け入れることを拒否していた。
「……廊下の右の部屋を勝手に使え」
吐き捨てるような声を出し、誠はリビングを後にした。




