第1話
式が始まってから三十分ほどが経過した。会場となっている建物、日本政府直属対神器犯罪神託団―軍の養成校の体育館は重々しい空気に包まれていた。
卒業式であるからと言えば納得がいく静けさではあるが、しかしそうだとしてもこの静けさは何か違う厳格な雰囲気を持っていた。
卒業生の中に笑みを浮かべるものなどは一切いない。まるでマネキンと思われても仕方がないほどに無表情無感情を貫き、壇上で祝辞を読み上げている養成校校長の言葉に耳を傾けている。
政府より認定された優秀な神力を持ち、通常六年掛かる神託者教育カリキュラムを僅か三年で消化、更にそこから一年の実戦経験を積んだ十六歳、五十人の少年少女はこの度晴れて養成校を卒業し、現場に配属される。
しかし彼らは、血を吐くような訓練を受け養成校を卒業しても、それがゴールではないことを理解していた。ここからが彼らの本当の闘いの場なのだ。
現代の技術を軽く凌駕するオーバーテクノロジーを秘めた古代遺産、神器。神器を所持する者、俗に神託者と言われる者たちの登場は世界のありようを変えていった。
神器、いや神器にかかわらず大きすぎる力はそれ相応の恩恵と、損害を与えるという二面性を持っている。その大きすぎる力を英知と捉えるか、兵器と捉えるかの違いだ。
損害の部分とは、神器を兵器と認識した者たちによる対立である。それは国家間にのみならず民間、つまり日常にまで大きな影響を及ぼしている。
神器犯罪と呼ばれる現象が世界各国で起こったのだ。
そんな中日本は全世界に先駆けて、神器所持者―神託者によって構成される政府直属の神器犯罪対策神託団、軍を設立する。
目には目を、歯には歯をの如く、神器犯罪を同じく神器を用いて取り締まるという考えを発表したのだ。
それに続き、世界各国も同じような神託団を設立、自国の神器犯罪の抑制に当たった。
そして今ではその神託団は国の代名詞とも言われ、国力の目安としても認知されるほどにまでなった。
その中でも神器の発掘量が全世界で三十%を誇り、またどこよりも先んじて軍を設立した日本は優秀な神託者を多く輩出しており、軍養成校卒業はそれだけでも世界的なステータスになりえている。
この養成校を卒業する彼らは「神託者」の中でも指折りの才能を持ったものである。
故に例年卒業式には注目が集まるものであり、世界各国から関係者が出席をする恒例行事になっているのである。
しかし、今年の卒業式は例年と比べ様子が異なっていた。軍以外の出席者は昨年度をはるかに超える人数であり、客人でありながら立ち見をしている者の姿が多く見られる。その背広姿の男たちの目線は今日卒業する五十名に注がれていた。
「また、君たちの世代は世間で言われるネオビッグバンに生まれた世代ということで、長年教鞭をとった私たちの中でも例年を越える力、技術を有すると確信しております。しかし、それはあくまで現段階においての話です。その力、技術などはそれ自体が重要なのではなく、それを使う人間が重要であることを肝に銘じておくように。能力を過信し、己の進むべき道を見失わないよう、心がけてください」
校長が発した言葉、ネオビッグバン。十六年前に起こった、世界規模の神力暴走事件である。
本来神器を動かすことのみに使われる力、神力が暴走し被害を引き起こした事件であり、世界中に大きな爪痕を残した。
過去にそのようなことが起こった例も無く、十六年たった今も原因は不明となっている。
そんな中、そのネオビッグバンはある特定の人物に多大な影響を与えた。それが胎児である。
ネオビッグバン発動当時に胎児だった者、彼らは成長するにつれて他の代の者たちより平均して神力が強化されている傾向にあった。
そしてそれは、今回卒業する彼らが恩恵を受けた世代であり、それ故この卒業式に出席している外部の人間が多数詰め掛けているのだ。
通常軍の養成校を卒業できる人数は入学者二百人に対してその十分の一の二十人ほどであるが、今年はその二倍。これは軍の訓練がぬるくなったわけではなく、ネオビックバンの影響が引き起こした数字であった。
各国の神託者の状況はそのまま国力に繋がる。外部からの見学者は、日本の神託者の未来を見定めるために来たと言って良かった。
式は校長の祝辞で終わり、続いて卒業生の軍の配属先が発表される段階になった。
これは養成校の卒業式でもあり、軍の叙任式でもある。
校長に代わり、軍のトップである男が壇上に立つ。顎鬚を生やし、厳格な表情で卒業生をにらんだ男に会場の空気は一層重さを増す。
日本は自国の土地を大きく十二に分割し、それぞれを軍の部隊が統治している。今辞令を読み上げている男自身、その部隊の一つであり首都東京を拠点に活動している第一部隊に所属し、十二人いる世界最強の神託者―十二神将の一人である。
卒業生五十人は自分がどの部隊に配属されるのか神妙な面持ちで聞き耳を立てる。例え自分の名前が都心から離れた場所になろうとも彼らに一喜一憂などは無かった。ただ黙ってその辞令を受け入れていた。
そして名前を読み上げていた男が、辞令が書かれていた紙を畳み、卒業生に目を向ける。
「以上四十九名を現時点を持って対神器犯罪対策組織、軍の一員とする」
マイクを通した男の言葉に、会場は静寂に包まれた。しかし暫くの後、会場全体がその異常を察知した。卒業生が五十名の内、四十九名が軍に所属するという違和感。
養成校の卒業生はそのまま軍に配属される決まりになっていただけに、この事実は外部の人間を震撼させた。
「失礼します!!」
どよめきに包まれた会場に凛とした少女の声が響いた。声は卒業生の最前列、壇上に一番近い位置、卒業生主席が座る場所から発せられた。
声を発した少女―石動飛鳥は立ち上がり、壇上にいる男に目を向ける。
その目は、とてもこれから所属する組織のトップに向けるようなものではなかった。殺気に似た気迫を感じさせる鋭い視線だ。
「発言を許した覚えは無い。座りたまえ」
しかし男は飛鳥の発言を許そうとはしなかった。飛鳥を凌駕する厳しい目つきで睨む。
―だが、
「いえ、座りません!」
飛鳥は引かなかった。男の部下でも泣いて逃げ出すほどの威圧感を与えられながらも、飛鳥が怯む事は無かった。
「状況の説明を要求します。卒業生に対し、叙任される人数が一名少ないのはどういうことでしょうか?」
飛鳥の言葉に男は何も答えなかった。男にはわかっていた、こうなった飛鳥は例え何があろうと引くことが無いことを。いったい誰の血か、彼の娘は異常なほど頑固に育っていたのだ。
「もしや、それは対象の人間が彼だからですか?」
飛鳥の言葉に、対する会場の反応は二種類だった。彼の存在を知っている軍関係者からすれば、飛鳥の言葉に納得がいった。しかしそれを知らない外部の者は、状況の整理がつかずに、眉をひそめるばかりだった。
彼とは誰か。会場はこれまでとは違う、切迫とした空気に満たされた。誰もがこの親子の問答に注目を集めていた。固唾を呑み、次に何が行われるのかを見守っていた。
口を開いたのは父親のほうだった。
「彼の抱えている問題は君たちのほうが良く分かっているだろう。それを考慮し、本人と話し合った末の結論だ」
「話し合った結論って、あなたたちが無理矢理追い出したんじゃないんですか!?」
「たとえそうだとしても、彼がこの場に出席していない時点で、叙任される権利を失っている」
「それだってあなたたちが!」
「これ以上の狼藉は軍法会議にかけられるぞ。上官命令だ」
食い下がる飛鳥を、父親はその一言で黙らせた。いや、父親としてではない。言葉通り、上司としての言葉だった。その姿を見て飛鳥は口惜しそうに小さく、父さんと呟く。
しかし、その目線を向けられても男は一向に構わず、
「それではこれにて養成校卒業式、並びに軍叙任式を閉式とする」
その一言でその場を終わりにした。




