第15話
「聞こえなかったのですか? クソ虫」
どうやら聞き間違いではなさそうだ。なるほど、これは決して穏やかな出会いではない。
「幾年の眠りから覚めてたら裸体を視姦されていた。これは早々に死にたくなりますね」
少女は僅かに顎を上げ、鋭く細めた目で誠を見下す。
気品溢れる姿なのだが、先ほどまでの繊細な美しさではなく、少々棘があるきつめの美しさだ。
花で喩えるなら断然薔薇になるだろう。気の強さがうかがえる。
少しでも下手に出たら厄介だ。
「だからいつまで見ていると言っているんです!」
「おぉ悪い悪い」
卵形の物体から出てきた少女に怒気がこもった声を出され、誠は少女から目線を外す。目線の先にハンガーにかけられている白衣を発見する。
誠は白衣を取り、少女に向かって放り投げた。
「とりあえずそれ着てくんねぇか?話そうにも相手の目を見ながらの方がいいだろ?」
建前だ。実際には相手の姿を視野に入れずに会話をする危険を避けたかった。
少女は活動的なタイプには見えないが、見えないところで何かされてはたまったものじゃない。
少女は神器との融合の被検体であるかもしれないのだ。
「まぁいいでしょう。私としてもそっぽを向かれたままで会話されるのは、酷く嫌悪感を覚えますので」
了承と取って良いのか、衣擦れの音が誠の耳に聞こえる。
「もういいですよ」
誠は少女に正対するように体を動かす。裸の上に白衣、そして少女の抜群のプロポーションもあり中々の破壊力だ。
「そっぽを向かせたのはそっちじゃないのか?」
「どんな理由があろうとも女性の素肌を見て良いわけがないでしょう」
「なるほど、この場に居合わせた時点で俺の負けって事か」
自分の不運を呪うしかない。この少女に出会ってしまったことを呪うしかない。
「因みにあんたが誰か聞いて良いか?俺は八神誠、歳は十七。他に聞きたいことがあればどうぞ」
急ぎ早に自己紹介を済ませる。それを見た少女は一度開きかけた口を閉じる。名乗るなら自分から、と言い出しそうなタイプであることは間違いなさそうだ。
少女は一度息を吐き、再び口を開く。
「私はエデンプログラム、ガイア4。イオ・トライバルです。年齢は……分かりません」
「イオ……?」
その言葉に誠は怪訝な顔をする。頭に何かが引っかかった。
「何か?」
「いや、なんでもない。イオって呼べばいいのか?」
「差し障りはありません」
何の問題もなく受け答えをするイオ。それに対して誠は言葉の意味を理解しようとする。
エデンプログラム、ガイア4。
数字から、彼女が何人かいるうちの四番目の存在であることが窺える。
だがエデンプログラムとは何か、誠には聞き覚えが無い。軍の養成校に通っていた経緯から一般には出回っていない情報をある程度は持っている。
しかしその中でもエデンプログラムなど聞いたことも無い。
もしやそれこそ院の公にされていない闇の部分なのでは無いか。
「一つ伺います」
思案していた誠はイオの言葉に我に帰る。
「ここはどこですか?」
「ここか?ここは日本政府直属の神器研究機関、院の地下だ」
「日本?それに神器の……研究機関?」
するとイオは大きく目を見開いた。ここまで表情らしい表情を見せなかったイオだが、驚きを隠しきれなかった様子だった。
だが誠はイオの様子に違和感を覚えた。それも、イオは自分が神器の研究施設にいることではなく、神器の研究施設の存在自体、そして日本という国名に驚いているように感じたからだ。
どこからか拉致監禁をされたのならば驚きは前者であろう。ショックで記憶を失っているだけとも考えられなくもないが、それにしては態度が堂々過ぎるのが気になる。
「あれから何年……再び……姉妹の誰かが?」
イオの呟きを誠は正確に拾うことが出来なかった。何かを真剣に思案している様子だった。その姿に誠も迷っていた。
イオと名乗るこの少女が、果たして自分の敵かどうか。この場に、そしてカプセルの中にいたからにはただの少女で無いのは明らかだ。
しかし、分かるのはそれだけだ。イオがどう普通では無いのか、同年代の少女と何が違うのかなどさっぱり分からない。ある一点を除いてだが。
軽く会話をして抱いた印象として、意志の強さや全く動じない心の持ち主などは分かるが、誠が知りたいのはそういったことではない。
だがイオ自身何か思うところがあるようで、明確な答えが返ってくるとは思えない。
そんな時だ。
誠の背後、自動ドアが突如として開いた。驚いて振り向くと、先ほど最後に出て行った割腹のいい男が部屋に入ってきた。
欠伸をしながら入ってきた男は部屋の様子を見て一瞬にして表情を変えた。
しかし目線は本来不法侵入者である誠ではなく部屋の中央、卵形の物体の前で堂々と立っているイオに注がれている。
「な、な、な、ななな何で動いて!!」
そして体全体を震わせながら声を発する。男にとってイオは物体の中でずっと眠ったままだった。それが突然動き出した。
信じられないのも無理は無い。
「う、うわぁ!!」
男は突然声を上げて部屋を出て行く。人を呼ばれる、そう思った誠は逃げる男を取り押さえようとすぐさま動いた。
しかし、誠の動きは無駄に終わった。
男は部屋を出た瞬間、突然頭から血を流して、受身を取らずに転がるようにして倒れこんだ。
誠には見えた、男が倒れる瞬間に何かが男の頭を貫通し、血が噴出したのを。




