第14話
部屋の一室、対面する形で座る二人の男。片方は茶色の少し癖の強い髪のやや童顔な男。その正面に座るのは短い黒髪の整った顔立ちの男だった。
「お前が怒っているのは今朝の会議の決定だろ?」
一息ついた後、黒髪の男が話を切り出す。
「当たり前だ。あんなこと認めてたまるか!」
眉を吊り上げ茶髪の男は怒りを露にする。
「僕は人間をあんな風に自分たちの代わりにするために生み出したわけじゃない! 宿敵を倒した今、僕たちに神器はもはや不要になったはずだ。それが何故まだ新たに神器を生み出し、そして人間を利用しようとするのか。上層部の考えには理解に苦しむ」
「お前にとって人間がどんな存在か、俺は理解しているつもりだ。しかしだオルフェウス。上層部はこの案件に対し、殆どが反対意見を持っていない。そればかりか早急に話を進めようとしているほどだ」
「それはつまり、お前もその一員ということかイエーガー・リンク元帥?」
オルフェウスは牙をむき出しにするようにイエーガーをにらみつける。
「ここで俺が反対すれば、この地位にまで上り詰めた今までの努力が水の泡だ。それに俺一人の反対でどうこうできる案件でもない。俺以外の元帥、クリラとかなら話を通せるかもしれないが、それでもまだ少ない。それに、これは王も納得してのことだ」
オルフェウスは悔しそうに顔をそらす。
「しかし、だからといって僕は断固として反対だ。起源追求計画は今まで僕たちが一切の手を加えないで観察を行ってきた。それを今更……」
「これはまだ発表段階じゃないんだが、上層部では起源追求計画を満了という形で終結させようとしている」
「何だって!?」
オルフェウスは驚きのあまり勢いよく立ち上がる。
「聞いた話ではもうある程度成果が上がりきっていて、ここ五十年では目覚しい進化がなく研究結果も芳しく無いらしいな」
「それは……」
「これ以上の見通しが立っていない起源追求計画は、神器計画の最終実験には最良の試験場なんだ。考えようによっては人間を争わせることで戦争のメカニズムを解明できる機会でもある。そうすればいくらか痛手をこうむるが、人間界を存続させることは出来る」
オルフェウスは口を開かなかった。ただ下を向き、葛藤に耐えた。
「頼むから問題は起こさないでくれ。もう所帯を持ったお前が反乱の意思を示せば、それはお前一人だけの被害じゃない。ラキアや娘達のこと、分かっているだろう?」
イエーガーは諭すように言う。
それに対してオルフェウスは何も言うことが出来ず、ただ一言を呟いた。
『……ラキア』
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脳裏に浮かんだ映像にノイズが走り、言葉が反響した。
「ラ……キア」
それに続き、零れ落ちるように無意識に口から言葉が発せられた。
そして、その場に変化が起きた。
寄りかかっていた卵形の物体の下部から突如として煙が噴射され、続けて物体から何かが駆動する音が響き渡る。
じかに触れていた誠はその振動を感じ取っていた。物体の内部で何かが起きているのだ。
一体今度は何なんだ、そう思った時、認識する。
先ほどまでの虚脱感が一切消え失せていた。あれほどまで心身ともに疲弊していた状態が嘘の様に平然としている。
―こいつが動き始めたから?
誠は未だ重低音を発し続ける物体を見つめた。先ほど誠が当てられた神撃の発信源となると、身近にはこれしか存在しない。
物体の突然の起動、誠の記憶に何かスイッチになるようなものを触った覚えは無い。
だとしたらこいつは何だってこんなタイミングで起動したのか。
思考に意識を奪われ、誠はこの場から立ち去らなければならないということを完全に忘れてしまった。
今はただ、この物体がどうなるかを見極めることしか頭になかった。
駆動音を発していた物質は次の段階に移行したのか、次第に音を小さくしていった。
そして完全に音が消えた瞬間、プシュっという空気を排出する音と共に卵型の前半分を展開し始めた。
まるで花が開くさまを高速で見ているように2つに分かれ、展開された前半分。
次第に中の様子が見えていき、そして誠は思わず生唾を飲んだ。
卵の中にいたのは、一人の少女だった。
棺のような柔らかい布が敷き詰められていた内部で、その少女は一糸まとわぬ姿で手を腹部に沿え、死んだように瞳を閉じていた。
思わず誠は目を見張り、呆然としてしまうほどだった。一種の芸術作品、あまりそういった感性がない誠でさえ感動を覚えた。
長く艶やかな亜麻色の髪にヨーロッパ系の端正な顔立ち。
絹のような肌は人工の光すら煌びやかに反射し、輝いて見える。凛々しさを感じるその姿はただただ美しかった。
そして驚くべきことに少女の胸元、鎖骨のやや下の部分に緑色の楕円型の宝石のようなものが埋め込まれていた。
しかし何より不思議たらしめたのは、誠がその少女に懐かしさを覚えたからだ。
すると、長い睫毛を携えた少女の瞳が僅かに動いた。何回か小さく瞬きを繰り返し、ゆっくりと瞳を開く。
琥珀色の、とても澄んだ瞳。少女の立ち姿に相応しい瞳だった。
少女は瞳を動かし、そしてその瞳が誠を見定める。
目が合った誠は、その琥珀色の瞳に何か圧倒的なものを感じた。
威圧しているわけでもなく、ただ見られているだけなのに酷く緊張を強いられる。
誠を見た少女は心なしか驚いた表情を見せる。続いてゆっくりと薄ピンク色の妖艶な唇が小さく開かれ、少女の声が発せられる。
「何を見ているんですかこのクソ虫?」




