第13話
―出来るか。いや、やる。
養成校時代に隠密行動の訓練は受けている。研究員といっても、純粋な戦いにおいては素人と同じである。気づかれることは無い。
となると心配は偶然が重ならないことだけ。強硬手段は取るだけあとの処理が面倒だ。
ちょうどこの時、入室に必要なカードキーを首から提げた研究員が部屋から姿を現した。
小太りの男、おそらく研究室の主任か何かであろう。戦闘の素人どころか、運動すら苦手なタイプだ。
誠はこの人物が最後の退出者と判断し、タイミングを見極める。主任は一度周囲を見回してから誠のいる方向に背中を向けた。
若干遅らせて、誠が動き出す。自動ドアはいつ閉まるか分からない。スピードが命。
間一髪、前転して自動ドアに滑り込んだ誠は、顔を上げて室内を見渡す。
あまり広くない立方体の室内、しかし部屋の中にあるものは誠の想像を遥かに超えていた。部屋の中央に鎮座している巨大な卵形の物。台座のようなものに乗せられ、下部に大量の太い管のようなものが設置されている。
また、出入り口である自動ドアがある側以外の壁が全て巨大なモニターになっており、タッチパネル式の端末機器が何台も付属して、膨大な量のデータが目まぐるしく表示されている。
誠はまず中央にある卵形の物体の調べることにした。周囲をぐるりと回った後、何回か叩いてみる。
神器、しかも一般ではめったに見られない高ランク神器と判断。物体から感じられる神力の量と質がそれを証明している。
しかし何の能力を有しているのかも、そして所有者もまったく分からない。形状的に内部に何かを格納しているように見えるが。
思案していると、誠の視界の隅にあるモニターで動き続ける画面があるのを見つける。数多くある画面の中で、滑らかな曲線を描きながら緑色の光が左から右へと流れていた。
「心電図……か?」
少なくとも誠にはそう認識できた。心臓の電気的な活動をグラフにしたもの、つまりこの物体は何らかのカプセルで生物の研究を行っているということか。
ではその生物とは何なのか。
院は神器を専門に研究を行っている組織だ。つまりその生物というのも神器と何らかの関係を持っているのだろう。
生物と神器の関係で初めに思い至ったのは生物と神器の融合である。神器を体内に埋め込み、常に能力を発動できる状態にする研究だ。
これは神器が発掘された初期、まだ神器の取り扱いについて法律が定められる前の話。つまり法律が定められた今、生物と神器の融合は最大の禁忌とされ、禁止になっている。
理由は簡単な話、肉体と神器の拒絶反応だった。
移植された被験者は始めの数日は平然と過ごすが、遅くとも一週間をリミットに身体、精神共に異常をきたす。最終的に廃人になり、生命としての終わりを迎えることになる。
同じような実験が世界中で行われ、そして世界中で問題となった。それ故に神器と生物の融合は神器研究の禁忌とされることになった。
誠が記憶する限りそうなったはずである。では、はたしてこの心電図は一体何なのか。
院が極秘で神器と生物の融合の研究を行っている、別にありえない話でもない。
こんな地下施設を持っているのだから外部に漏れないように研究を行うことも可能だろう。もしこの仮定が正しければ誠は正真正銘院の、いや日本政府の闇の部分に手を突っ込んだことになる。
再び背後にある卵型の物体を見る。生物と神器の融合という仮定が生まれてから改めてみると、この物体が生物を収納しているカプセルに見えなくもない。
「こりゃ、やべぇなんてもんじゃないな」
想定を越えた最悪の事態。
流石に危機感を覚え、誠は心電図のモニターを前に一歩後ずさす。
その時だ、急に頭に何か刺すような衝撃が走った。
突然の、しかも耐え難い痛み。誠は体を支えられずにバランスを崩す。それは正しく神撃を喰らったのと同じ感覚だった。
「くっ!」
誠の頭にあったのは、今すぐここから出なければならないという意識だけだった。
これ以上ここに留まるのは命に関わる。
ここで見た物は墓まで持っていく秘密になる。
一刻も早くここから出る。決断し、震えて情けなくなっている足に鞭を打って立ち上がる。何故自分がこうも疲弊しているかは分からない。
神撃による攻防戦において誠は負けを知らない。だから理解できない。だが今はそれにかまっている暇など無い。
動悸は激しく、息苦しさを覚える。好奇心は猫をも殺す、まさにその通りだ。
正直もう体が言うことを聞かない、動けと命令を送るが節々が応答する素振りが無い。
一体何が……もはや思考、意識すらおぼろげになっていた。立つこともままならず、誠は後ろにあったカプセルに倒れ掛かる。
すると誠の頭に駆け巡るものがあった。それは映像だった。




