第12話
飛鳥と父親の元は決して仲が良いとは言えない。飛鳥を生んで直ぐに母親が亡くなり、父親に付き添い世界各国を回った誠とは違い、元は飛鳥を施設に預ける事が多かった。
その時の事が募り募って飛鳥は父親を避けるどころか、赤の他人のように接し始めた。
お父さんと呼んだ記憶は当に無くなり、軍に入隊を決めた時から階級である総督と呼んでいる、と誠は又聞きで聞いたことがある。
その父親がネオビックバンに関わっていた。引き起こした張本人かどうかは分からない。だが不信感が更に募るには十分なものだ。
その飛鳥の様子に誠は声をかけなかった。
しばらくしてその沈黙した空気を、簡易的なアラーム音が破壊した。
「! ……ごめんなさい」
ハッとした表情で我に帰り、飛鳥は慌てながら席を離れて携帯の呼び出しに出る。
「はい……そうですが……いえ、そのような事は何も…………何ですって!?」
慎重に返答をしていたところで急に声を荒げ、周囲を見渡すように首を回す。
「今いる場所からは確認できません。はい、分かりました。私も直ぐに向かいます」
急ぎ早に話を打ち切り、誠に振り向く。
「何か緊急みたいだな。構わねえからさっさと行けよ」
「……貴方はどうするの?」
飛鳥は聞く、念を押すように。
「自分が売られた喧嘩は買うが、わざわざ面倒事に首を突っ込む趣味はねえよ」
「……そう。ならここにいてくれる? 昔はどうであろうと今の貴方は一般市民、守られる側の人間なの。ここで大人しくしていて頂戴」
飛鳥は複雑そうな顔を浮かべると、そのまま飛び出すように部屋を出て行った。
一人残された誠は、言われた通り大人しくソファーに横になり、目を瞑った。そして自身の感覚、神力探知能力に全神経を集中させる。
サーモグラフィーのように神力を感じ取った誠は、建物の真逆の場所で大きな神力のせめぎ合いを感知した。
神器を研究する場所であるため、様々な場所から神力が感じられるが、その場所だけ神力の動きが活発であった。おそらく神器戦闘が行われているのだ。
大体の場所が感じられるだけで詳しい状況が分かる訳でもなく、院を襲撃するなんて大それた事をする輩がいたもんだ、と感知を切り上げようとしたところで、
「―――――」
何かが聞こえて誠は反射的に体を起こした。
「―――――」
それは歌のような何か。しかし耳、というより直接頭に響くようなものだった。
何かの神器の能力か、そう思い再び神経を研ぎ澄ませる。先ほどの戦闘現場を除き、探知を行っていった結果……誠は自身の足元に目をやった。
「この下に院の施設はねえはずなんだが?」
養成校時代に院に来た事は数え切れないほどで、内部構造も殆ど熟知している。だからこそ建物の地下、地面の中から神力の微細な反応が感じられた時直ぐにこれだと確信した。
そう思ったら最後、誠は周囲を警戒しながら部屋を抜け出した。
飛鳥に言った言葉は嘘ではないが、今誠を動かしているのは純粋な好奇心。先ほどから聞こえる声が一体何なのか、この声の先に何があるのかというものであった。
騒ぎが起きているとはいえ、軍の人間が駐屯する院の中を我が物顔で闊歩するのは少々どころか、かなりの危険が伴っている。
流石に誠も真面目な警備員を力ずくで黙らせたくはないため、遭遇しないように警戒を強めて進んだ。
その一方で罪を犯しているという背徳感が逆に心地良いほどに感情を揺さぶり、息が詰まるほどの緊張感に心を躍らせていたのも事実だ。
幸いまだ院の関係者と遭遇はしていない。遭遇したらどうするかと考えるが、そんなものなるようになると割り切る。
迷路状に入り組んだ廊下を、耳に響く音を頼りに進んでいく。
始めは地下に入るためにはどうすればいいかと迷っていたが、進むに連れてその音の感じ方に変化があることに気付いた。そしてそれを頼りに進んだところ、何故か開いている地下に進むゲートを見つけ、忍び込んだのだ。
人工灯に照らされた地下に入って直ぐ、誠は突き当たりを曲がろうとした足をすばやく引っ込めた。曲がった先で、自動ドアが開いた音がしたからだ。
「やっと休憩だよ」
「退屈すぎて嫌になるな」
片目だけで自動ドアを覗き込むように見る。白衣に身を包んだ数人の研究員が自動ドアを通って退出している。皆体をほぐす様に伸ばしたりと、疲労がたまっている様子だった。
地上での戦闘の連絡が入っていないのか、研究員たちに切迫した様子はない。地上の神力の反応は弱まり始め、そろそろ戦いの終結が予想される。
幸い研究員は誠が身を潜めているのとは反対の方向に歩を進めている。
―あの部屋か。
誠の中にある何かが自動ドアの先にある物に反応した。
不思議な感覚だが、確かに誠はあの部屋にある何かに吸い寄せられている。しかし自動ドアは一度しまってしまうと、外から入るにはセキュリティーキーが必要になる。
よって誠が入室できるタイミングは研究員が退出して、自動ドアが閉まるほんの短い間だけ。
しかもそのタイミングで研究員の誰かが振り向いた瞬間アウトだ。もちろん余計な音を立てただけでも終了のお知らせだ。
いくつもの幸運が重ならなければ成功しない。いわゆる達磨さんが転んだ、である。




