プロローグ
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年平均マイナス四十度、秒速六十メートルのブリザードが吹く氷に覆われた大陸―南極。
見渡す限りの白い大地は厳しい自然を体現するかのごとく、生物の営みを、命をことごとく削っていく。
時期は四月の初め、南半球である南極では秋という季節に当たるのだが、真夏である一月でも氷点下を上回らない環境は、防寒具などを一式揃えたとしても生半可な精神力では耐えることできない。
とても人間が満足に住むことができない土地。だがそれは決して南極に人がいないというわけでは無い。
大陸の中央部に人の影があった。身が凍るほどの極寒、吹き飛ばされそうな突風に晒されながらも、彼らは南極の大地に足をつけていた。
防寒具や防風着で厚く覆われ、目出し帽を着け完全に身体と外界との接触を断ったその姿は、決して大げさなものではない。その状態でも凍えるほどの寒さを感じているのだ。
そうだからこそ、彼らの目の前にいる一人の女性は、ひときわ異彩を放っていた。
南極の大地に相応しい亜麻色の長い髪、しかしその美しさには不釣合いなボロボロの薄手のローブだけを羽織った女性。
その腕の中には、生まれたばかりに見える赤子が抱かれていた。
突風にローブが靡き、吹き上げられた氷の結晶が女性の体を覆う中、女性はその赤子を守るように抱きかかえていた。
そして極寒の地にいながらも、その体には一切の震えは見えない。
「この子を……頼みます」
芯の通った強い意志を感じさせる口調と共に、女性は目の前にいる彼らに赤子を優しく手渡した。
「あんたは……どうするんだ?」
赤子を受け取った先頭の男が女性に問う。赤子は男の腕の中で僅かに身じろぐ。
「私にはもう、これ以上力が残っていません」
女性は気弱い笑みを零す。整った顔立ちのこともあり、そんな表情も十二分に美しい。
「どうかその子を、同属に見放されてしまったその子を、あなたたち人間の手で、どうか」
「……了解した」
しばしの沈黙の後、男は力強く答えた。
「あんたの子供は、俺が責任を持って育てて見せる」
男は抱える赤子を見て、僅かに強く抱いた。
女性は男の返事に満足気に頷き、一度赤子の顔に手を添えた。
「あなたの未来に幸多からんことを」
頬を撫でられた赤子はそこで目を開き、母親を視界に収めて嬉しそうに笑みを零した。
しかしその瞬間、女性の体が細かい光の粒子になって霧散し、ブリザードに飲まれるように空高く舞い上がっていった。
時と共に、赤子の表情も凍りついた。
そして赤子のつんざくような泣き声もまた、ブリザードへと吸い込まれ―
同時に、世界中で原因不明の大災害が引き起こった。




