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水底からの電話

作者: 小鳥遊ゆう


雨の夜。


男は、濡れたネオンの光が反射する公衆電話ボックスの中にいた。女とのデートは散々で、タクシーも捕まらない。苛立ち紛れに、彼は古い電話帳をめくった。


すると、そこには、もう存在しないはずの村の村外局番が、まるで誰かの悪戯のように記されていた。ダムに沈んだ村、水底に消えた村外局番。男は半信半疑で、その番号をダイアルする。


「……はい、もしもし」


聞こえてきたのは、水底から響くような、かすれた男の声だった。男は冗談かと思い、「どちらさんですか?」と尋ねる。


すると声は言った。「あんたの電話番号を教えろ。お礼に、この村の宝を分けてやる」。


男は笑って、自分の番号を教えた。そんな馬鹿げたやりとりを、彼は面白いと思ったのだ。




アパートに戻ったのは、もう日付が変わる頃だった。


疲労困憊で鍵を開け、部屋に入った途端、男は異変に気づいた。床に、小さな水たまりができている。傘から滴った水だろう、と最初は気にも留めなかった。


しかし、その水たまりは、見る見るうちに広がり、まるで生き物のように床全体を這い始めた。


「なんだ、これ……」


男は、自分の足元が冷たい水に浸されていることに気づいた。慌てて玄関のドアに駆け寄る。だが、鍵は開いているはずなのに、ドアノブはびくともしない。何度も引っぱり、押してみるが、まるで壁の一部になったかのように動かない。


次に、男は窓へ向かった。窓ガラスに手をかけ、開けようとする。しかし、これも同様だった。窓は固く閉ざされ、どんなに力を込めても開く気配がない。男は、部屋の中を見回し、近くにあった椅子を掴んだ。


「割れてしまえ!」


そう叫び、力を込めて窓ガラスに投げつけた。だが、鈍い音だけが響き、ガラスには傷一つついていない。


男は、水の水位が膝まで達していることに気づいた。慌ててベッドの上によじ登り、その上に身を寄せた。だが、水は容赦なく水位を増していく。やがて、水はベッドのシーツを湿らせ、マットレスを濡らし、男の胸元まで達した。


水底から響く声に導かれ、見えない鎖に引かれていく。男の頭が完全に水面の下に没した、その時。


彼は、水の中から水面を見上げた。


すると、そこには、自分を覗き込むように見ている人物がいた。その人物は、男に向かって何かを言っているようだったが、水のせいで声はかき消され、何も聞き取れない。ただ、その人物の口の動きから、男は一つの言葉を読み取った。


「これで、あんたも村の一員だ」


男は、その声が、先ほど公衆電話から聞こえてきた声と同じであることに気づいた。





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