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異世界魔法少女短編集

脇役の魔法少女だけど主人公をかばったら死んでしまったので異世界ではスローライフを送ります

作者: 音無來春

「そこまでよデストルドン! 大人しく観念しなさい!」

「くっ、魔法少女どもめ……。かくなる上は、貴様らを道連れにしてやる!」


 不審な動きをするラスボスに、私の体はとっさに反応した。


「危ない!」


 前に出て防御魔法を放った瞬間、周囲が爆発に包まれた。

 私の体が吹き飛ばされて、目の前が真っ暗になって、耳にキーンと雑音が鳴り響いた。


「お願い、目を覚まして! 目を覚ましてよ、リリ!」


 私を呼ぶ声が聞こえる。重い瞼を開けると、私がかばった魔法少女が、私の体を抱いて泣いていた。


「あなたが、生きてて、良かった……」

「リリ! リリーーー‼」


 体はボロボロ、指一本動かせない。瞼が落ちる。私の意識が消えていく。

 友達の泣いている声が遠ざかっていく。私の体が宙に浮いた感覚に陥る。


「……あれ?」


 気づいたら私は知らない宮殿にいて、目の前に王様らしき人が佇んでいた。

「よくぞ来た、別世界の勇者よ。さあ、この伝説の剣を手にし魔王討伐へと向かうのだ」

「え。いやですけど。普通に」


 私は王様の誘いを断った。

 そして王宮が慌てふためく中、魔法を使って空を飛んで出ていった。

 それから郊外にある小さな村を見つけて、一人暮らしを始めた。


「リリちゃん、いつも手伝ってくれてありがとうねぇ」

「いいえー。魔力を込めて甘くしといたから、またサラダにして食べてね」


 と、こうして近場にあるおばあちゃんの畑を手伝っている。

 自己紹介が遅れたね。私の名前は莉々里利理(りりさとりり)、またの名を魔法少女リリ。


 日本の東京で魔法少女として日夜戦っていたんだけど、最後の敵との戦いの最中に敵ボスが自爆した。

 私は友達をかばって、その時のダメージで死んでしまった。

 そしてこの異世界に召喚されて、今に至る。


 元の世界では魔法少女として精いっぱい頑張ったんだから、この世界でくらいのんびり生活してもいいはずだよね。


 というわけでこの村で農作業を手伝ったり、村を襲ってくる悪いモンスターを倒したりして、命をかけた戦いなんて無い平和な日々を過ごしているのです。


 魔王の討伐とか冒険者ギルドとか、もうそういうのはお腹一杯。

 幸い(いや)しの魔法は得意で、野菜を育てたりご老人方の痛めた肩や腰を治すのには向いていた。


 労働を終えて一呼吸着いたこの瞬間だけが、私の癒しだ。

 空の色が少しだけ、元いた世界より優しく見える。


 私はこの世界でようやく、魔法少女であることを楽しめていた。


◆◇◆◇


 ある日の早朝、トマト畑にステッキをかざして魔法をかけていた時の事。

 トマトに魔力を込めて甘くしていると、上の方から声が聞こえてきた。


「わっ、わわわっ、うわぁぁぁぁああああ‼」


 空から女の子が降ってきた。


「うわっ! リリリ・リフレクション!」


 反射的に呪文を唱え、空気を固めてクッションにする反発系防御魔法を放つ。

 落下してきた女の子は、ぽよん、と跳ねて、畑の中におしりで着地した。


「あいててて。うぅ、助かりましたぁ」


 日本の学生服っぽい制服の上に黒いローブを羽織(はお)っている。少しぽっちゃりとしているが愛嬌(あいきょう)のある顔立ち。頭には黒いとんがり帽子。手には使い古されたボロボロのほうき。


「大丈夫? あなたって、もしかして魔法使いさん?」

「はい。空を飛んでいたのですが失敗しちゃって……はっ、ごめんなさい! トマトが!」


 女の子のお尻の下にはトマトの木が、ぽっきりと折れて下敷きになっている。


「まかせて。リリリ・リターン!」


 呪文を唱えると、折れた木が修復されて、何事もなかったかのようにまっすぐに伸びた。


「うわぁ。とっても器用なんですね!」

「このくらいどうってことないよ。それであなたのお名前は?」


 聞くと、女の子はハッとした面持ちでずれたとんがり帽子をかぶり直した。


「わたしは魔法学園第一候補生、ミミ・ミーミリアです! よろしくお願いします!」


 そうぺこりとおじぎするその腕には、学園の腕章と思われる金色のリングが身に付けられている。


「私はリリ、よろしく。魔法学園って都会のほうでしょ? そんな学生さんが、どうしてこんなところに?」

「それは、実は……その……」


 とても言いづらそうにもじもじしている。

 察するに家出か何かで抜け出してきたんだろう。


「ま、ここまで来たんならゆっくりして行きなよ。うちでご飯でも食べてく?」

「いえいえ! 助けていただいたのにそんなことまで」

「いいよいいよ。都会からのお客さんなんて珍しいし、丁度収穫したトマトがたくさんあるし」

「でも……」


 私はためらいがちなミミの腕をがっしりとつかんだ。


「遠慮しないで。私も一人暮らしで寂しくってさ、話し相手が欲しかったところなんだよね」

「は、はぁ。そこまで言ってくれるなら」


 そうして半ば強引に家の中へ連れ込んだ。

 なんだか思い出すな。

 生前、私がかばった魔法少女の女の子は、こんな感じに周囲のことをよく引っかき回していた。

 私の方は引っかき回される側の一人だったわけだけど。


 あの子、私が死ぬ時、泣いていたな……。


◆◇◆◇


 なべ、フライパン、お玉に菜箸。魔法で浮かせてお手玉のように操って、火は自前の魔法で用意して、ぐるぐると中身を回しながら複数の料理を調理していく。


「はいお待ち。トマトのスープとサラダと鳥肉の燻製(くんせい)と、あと自家製のパンね」

「うわぁ。おいしそう! いただきます!」


 目の前に料理が出されるやいなや、ミミはむしゃぶりつくように食べ始めた。

 きっとすごくお腹がすいていたのだろう。


「そんなに急いで食べなくても、お代わりならたくさんあるからね」

「はい! ありがとうございまふ!」


 そう言って笑う口周りにトマトスープがべっとりとついている。

 私はそれをふき取ってあげながら、それとなく聞いてみた。


「魔法学園ってどんなとこなの?」

「はい。えと、魔法使いの養成学校で、魔王討伐のために日々勉強を頑張っているんです」

「へえ。大変そうだね」

「はい。私なんて不器用で要領が悪いから、ついていくのに大変で……。あっごめんなさい。ついグチっぽくなっちゃって」


 私は笑って首を横に振った。

 そんなことを気にするなんて、まじめな子だなぁ。


「いいよ。私はその話、もっと聞きたいな」

「その、わたし、戦うのが苦手で。臆病で、模擬戦でもずっと負けっぱなしで……」

「うんうん。それでそれで?」

「それで、その、逃げてきちゃったんですよね。あはは」


 ミミは自信なさげにうつむいた。

 そうか、この子は私と同じで。


「別にいいんじゃない?」

「え?」

「戦いってさ、別に魔法で敵と戦うだけがそうじゃないと思うんだよね。こうやって野菜を育てて、働いて料理して食べるっていうのも、十分戦いなんじゃないかなって思うんだよね」

「それはそうかもですけど、でも……」

「いいんだよ、別に弱くたって。魔法を使えなくたって人より劣っていたって。自分の力で日々の生活ができていれば、それでいいんだ」


 そう言うと、ミミはおどろいたように目をぱちくりとさせた。


「なんか、リリさんって変わってますね。熟練(じゅくれん)の経験者、みたいな」

「いやいや! 大した事ないよ。私なんてまだまだ」


 確かに人生は2週目ということになるのだけど、前の世界では15までしか生きてないし。

 ただ魔法少女として戦っていただけで、そこまで大それたことはしていない。

 でもミミはそんな私を見て、目をキラキラと輝かせた。


「あの、わたしをリリさんの弟子にしてくれませんか⁉」

「弟子? 私の?」


 今度はこっちが目を丸くしていると、ミミは私の両手を掴んだ。


「リリさんのこの指、細やかですべらかでしなやかで……。すごく腕のいい魔法使いと見ました!」

「いやいや、これはしっかり野菜を食べて栄養バランスが取れているからで」

「先ほども素晴らしい器量で魔法を手足のように使いこなしていましたし」

「あんなの別に大したことないって。魔法学園の生徒なら誰だってできるでしょ」

「私はできません」


 ミミは一瞬悲しそうな顔をした。

 少し失言だったか。


「あ、ごめ」

「だからこそ、リリさんに魔法を教えてもらいたいんです!」


 強い意志のこもった目になった。

 どうやら本気で言っているらしい。


「ま、そこまで言われたら断れないな」

「ありがとうございます、師匠!」

「リリでいいよ。ちょっと魔法を教えるだけだからね」

「はい! リリ師匠!」


 こうして、魔法使い見習いのミミが一緒に暮らすことになった。


◆◇◆◇


 私たちの朝は早い。日の出とともに目を覚まし、畑に向かう。

 土を耕して種を植えて水をやって肥料をあげて魔法をかけて、そして収穫。

 魔法があるからといって楽できるわけじゃなく、むしろ魔法のおかげでさらに忙しい。

 ミミは「これも修行だ」と張り切って一緒に農作業を営んでいる。


 最初の方は「虫が怖いですー」とか「もう疲れて動けませーん」とか言って根を上げていたが、今ではすっかりたくましくなった。

 もう立派な魔法農家として十分やっていけるだろう。


「って、わたし農家になりたいんじゃなくて強くなりたいんですけど!」


 とミミがトマトケチャップを作りながら言った。

 トマトを加熱して各種調味料やスパイス、そして美味しくなる魔法を調合している。

 ぺろりと味見してみたが、一般に出回っているものと遜色(そんしょく)ないくらいに仕上がってきている。


「うんうん。かなり腕が上がってきたね。でもちょっと酸味(さんみ)が強いかなー」

「ししょー、いつになったら攻撃魔法を教えてくれるんですかぁ?」


 文句を言いつつも、巨大鍋をグルグルとかき回すその姿は魔女っぽくて様になっている。

 私はトマト畑にやって来た害虫(がいちゅう)(でかい)を攻撃魔法で駆除した。


「ほいこんな感じ。いっつも教えているでしょ」

「普通の弱攻撃魔法じゃないですかぁ。そのくらいだったら私でもできますよう」

「ははは。魔法農家だったら()()()()()で十分だよ。ほらほらもっとかき混ぜて」

「うぅ。手が疲れましたぁ」


 最初のころは1分ももたずにギブアップしていたのに、今では20分前後ケチャップが完成するまで行けるようになった。上出来と言っていいだろう。


「はい。お疲れさんのトマトジュース」

「うぅ~、いつも飲んでるけど、やっぱりおいしい」


 私のお手製ジュースを、ほっぺたを(ふく)らませながらチューチュー飲んでいる。

 以前はぽっちゃりしていたわがままボディもすっかりスレンダーになった。

 正直言って、ここは学校にいるときよりも過酷な環境だろう。


「さ、次はゲンおじいさんの牧場に行くよ」

「ぷはぁ! ちょっと休憩させてくださいよぉ」

「ほらほら、口周りが汚れちゃってるよ」


 私が口周りを吹いてあげると、ミミは目をギュっとつぶる。

 何だか妹ができた気分で、こっちまでほっこりとする。


 収穫したトマトや出来上がったケチャップを、転移魔法で王都に送りお金をもらう。

 そして次の牧場でも大忙しだ。牛の乳しぼりからの、鶏の卵を拾って詰めて転移して。

 朝の作業だけでも魔力や体力をかなり消費する。もはや戦いよりもキツイ。


「つ、疲れたぁ~」

「さて、仕事の後はご飯だ!」


 牧場でもらった新鮮(しんせん)な鳥肉を、焼いてお手製トマトソースで食べる。

 ミミも最初のころは鳥さんがかわいそうだと泣いていたが、今では慣れたものである。

 さっきまで世話していた家畜(かちく)を料理して、がつがつ食べる。


「鳥さん、トマトさん、いただきます。……うぅ~、おいしいぃ~!」


 人間、空腹には勝てないものなのだ。

 そして仕事を終えても一日の終わりではない。


「リリお姉ちゃーん‼」


 と元気を持て余した子供たちが突撃してくるのだ。

 私はそれを魔法で受け流しながら、同時に10人くらいを相手する。


「リリリ・リフレクション!」

「きゃはははは!」


 ぽよんぽよんと子供たちを空中にはね上げながら、追いかけっこにかくれんぼ。

 私が現代から持ってきた知識を使ってフルに遊びつくす。

 一方ミミは体力が尽きたのか、ばったりと倒れてしまった。


「うぅ。もう、無理……」


 と地面に倒れているところを、子供に木の棒でつんつん突っつかれている。

 やれやれ、まだまだ修行が足りないようだ。


◆◇◆◇


 そんなこんなで晩ご飯を食べてお風呂に入って歯を磨いて就寝時間。

 いつもなら疲れ果てて気絶するように眠り込んでいたのに、今日のミミはめずらしく夜遅くまで目を覚ましていた。


「どうしたの? 明日に備えて早く寝ないともたないよ」

「そうなんですけど。わたし、こんなことしててもいいのかなって……」


 そう言って布団をくしゃっと握りしめ、うつむく。


「こんなことって、これも十分生きていくのに必要なことだと思うけど?」

「そうなんですけど、学校では戦闘以外の魔法に価値は無いって感じで。弱かったら何の意味もないってずっと言われてて……」


 与えられた価値観というのはそう簡単に(ぬぐ)えるものではない。

 ましてこの世界で魔法のために生きてきたとあれば、そう思い込んでしまうのだろう。


 でも、魔法っていうのはもっと自由だ。


「ねえ、ちょっとついてきてよ」


 私はミミを連れ出して、夜の散歩に向かった。

 リンリンと虫たちが美しく鳴き、ざわざわと草が優しく(ざわ)めく。

 2人で小道を歩いて、森のはずれにある小さい畑に着いた。


「これって、薬草ですか?」

「そ。私が何にも知らないときに作った最初の畑」


 私はそのうちの一本をちぎり、ミミに手渡した。


「あんまり質は良くないし、そんなに体力も魔力も回復しない。もうかるかなって思って始めたけどさ、競合も結構多くてなかなか売れなくて、全然うまくいかなかったんだ」

「そうだったんですね。リリ師匠が、意外……」


 今思うと農業をなめていたみたいで少し恥ずかしい。

 そのあと村の人たちを手伝いながら、少しずつ知識を(たくわ)えていって今に至るわけなんだけど。


「まあこの品種はそんなに手間もかからないし、多少放っておいても育つから。それに」


 私は薬草ごとミミの手を両手で握って魔力を込めた。


「リリリ・リリーブ」


 呪文と唱えると手のひらがほんの少し温かみを帯びる。

 ミミの頬がほんのりと赤くなって、表情が柔らかくなる。


「わぁ! なんだか体がポカポカしてきました!」

「これは不安とか悩みとか、そういったものを軽減させる魔法なんだ。薬草を介して効果を増強してるってわけ」

「確かに少し楽になったかも。……ついでに眠くなってきちゃいましたぁ」


 ふわぁ~、とあくびをかいている。

 そのあどけなさに、ついついつられて笑ってしまう。


「心が苦しいと眠れなかったり体調不良になったりして魔法に影響することがあるからね。人間余裕を持つのが一番だよ」

「魔法でこ、んなことも、出来るんですね……。さすがリリししょー……スヤスヤ」

「おーい、まだ寝るなまだ寝るな」

「はっ。ごめんなさい! わたし、戦闘用の魔法しか知らなくてこんな魔法があるの知りませんでした!」


 呼ばれてビクッと体が反応している。

 わが弟子はかわいいなぁ。


「ま、そこまで気にすることは無いんじゃない? 魔法っていろいろだし人間だっていろいろさ」

「そう、でしょうか。やっぱりリリ師匠って大人だなぁ」

「大したことないよ、私なんて。ミミはさ、もっと自由になった方がいいよ。人間、泣きたいときに泣いて笑いたいときに笑うのが一番だ」

「……はい!」


 元気が出たようで、ミミは屈託のない笑顔を浮かべている。

 ちなみに最後のセリフは前世の友達の受け売りなのだが、上手く伝わったようで何よりだ。


 でも、あの子は元の世界でちゃんと笑っているだろうか。

 そう思うと泣きたくなってくる、でもミミがいてくれると笑顔になれる。

 そんな夜だった。


◆◇◆◇


 ある日の事。近所のおばさんが血相を変えてやってきた。


「あんたたち大変だよ! 王宮政府の役人がやってきて、これを」


 すっと差し出された紙を見てみると、来月から税金が上がる内容が記されていた。


「こんなに……。これじゃあ、やっていけなくなる農家が出て来ちゃうよ」

「あいつらほんと自分勝手だからねえ。リリちゃんのおかげでせっかく村が潤ってきたってのに。それと、ちょいと家の中に隠れといてくれないかい?」

「え?」


 不思議に思うのもつかの間、押しこまれるように家の中へ入れられた。

 すると遠くの方からザッザっと大勢の歩いてくる足音が聞こえてきた。


「すまない。ここにリリ殿はいないか?」

「ここにゃいないよ」

「そうか。どこにいるかは知らないか?」

「知らないね。山の方にでも行ってるんじゃないかねえ」

「では伝言を頼む。至急王都へ応援に来ていただきたい、と」

「はいはい。分かったよ」


 なんて会話が聞こえてくる。

 ちらりとドアの隙間からのぞいてみると、そこにいたのは王宮で王様の近くにいた騎士とその部隊であったであった。

 彼らが去っていくと、おばさんはほっとした表情で家の中へ入って来た。


「もう大丈夫だよ。あいつら行ったから」

「さっきの人たちって……」

「王都の奴らさ。前線が魔王軍に押されてるからって、リリちゃんに頼ろうって魂胆(こんたん)さね」

「そっか……」


 それからしばらく様子を見て、騎士団の人たちが村を出たことを確認してから、私たちは家に帰った。

 ミミの表情は、少しだけ暗かった。


「師匠、あの」

「ミミは、私が戦った方がいいと思う?」


 そう聞くと、答えに(きゅう)するようにすっと顔を伏せた。

 こんなことになっている理由は分かっている。

 私が戦いを放棄(ほうき)したからだ。


 最初に勇者としてこの世界に召喚されて、それを拒否して、のんきにスローライフを送っている。

 そのせいで敵に侵攻されて国の財政が苦しくなって、結果的に大勢の民衆が苦しんでいる。

 この村だって、例外ではない。


「私、王都に行くよ」

「⁉ それって……」


 これ以上は限界だろう。私のわがままで数多くの犠牲(ぎせい)が生まれてしまっている。

 これ以上は、勝手に胸にわいてくる何もしない罪悪感に私が()えられない。


「私、戦うよ。本当は嫌だけど、でも、私にしかできないことだから」

「だったら、わたしもお供します!」


 ミミは言った。強い意志と覚悟を持った瞳をこちらに向けて。

 そうして私たちは村の人たちに別れを惜しまれながらも、王都行きの馬車に乗った。

 ガタガタと揺れる乗り心地の悪い車内を、無言のピリピリとした緊張感で過ごした。


 王宮に着いて、王様に怒られるかと思っていたがむしろ歓迎された。

 豪華な食事の後、すぐに戦線の説明をされた。


 敵陣地にはカーミラという魔女がいて、こちらの攻撃がすべて防がれ、向こうの攻撃は一撃でこちらが甚大(じんだい)な被害を及ぼされるという。もはや絶体絶命の、ほぼほぼ打つ手の無い状況だったようだ。


「リリ様がカーミラを倒すか、せめて食い止めてさえくれれば、残りの部隊で総攻撃を仕掛けられます。これが我々の勝てるラストチャンスといっていいでしょう」


 騎士団隊長はそう言った。

 これで命がけの闘いの日々に逆戻りか。


 そう思ったその時、ミミが手を上げて言った。


「あの。リリ師匠をこの世界に呼び出したのは王様なんですよね。だとしたら、元の世界に戻すのも可能ですか⁉」

「ミミ、知っていたの?」

「すみません、おばあさんに聞きました。リリ師匠はこの世界の住人じゃないんですよね。そもそも、この世界の問題を他の世界の人に頼るなんて、最初からおかしいと思わなかったんですか!」


 王様や騎士団の人たちは閉口した。

 そしてバツの悪そうな顔で隊長が答えた。


「我々とて遊んでいたわけでは無い。だが、他に手はないほど追い詰められているのだ。勇者という幻想にすがるしか、もう無いのだ……」


 そうだ。人々はみな一生懸命生きている。

 それは役人だって王様だって何も変わらない。

 それなのに、私は。


「だったら、わたしが戦います!」


 ミミは自前の杖をギュっと握りしめ、そう言った。


「学生が何を言っている。我々が束になってもかなわない相手だぞ」

「わたしはリリ師匠の弟子です! そして、この世界の住人です!」


 隊長が困ったように私の方を向いた。私はミミに危険な目に合ってほしくなかった。

 でも彼女が振り絞った勇気と決意に、信じてみたいという思いが強くなった。


「うん。私からも、一度この子に任せてみてくれませんか。危なくなったら、私が行きますから」

「ううむ。勇者がそう言うなら……」


 渋々ながら納得してくれたようだ。

 そして決戦当日、ミミは一人で魔女カーミラの元へ(おもむ)いた。


「あら。かわいらしい先兵さんだこと。まさかあなた一人で(いど)んでこようというわけじゃないでしょうね」

「そのまさかです! ミミミ・ミラルクルショット!」


 ミミが杖の先から魔力の弾丸を放った。

 防がれてしまったが、敵は予想以上の速さと正確さに驚いているようだ。


「ふうん。少しはやるようね。ならばこちらも少し本気を出そうかしら!」


 カーミラは髪の毛を逆立てながら、魔法の光線を四方八方にはなった。

 それらの全てがミミに向けられて、嵐のように降り注ぐ。


「ミミミ・ミラクルネット!」


 網状の魔力の防御壁を生み出し、攻撃を防いでいく。

 もとは畑を害虫や魔物から守るためのものだが、いい感じに防御魔法として働いている。

 しかしそれは敵の攻撃の全てを防ぎきれず破れてしまい、数発着弾してしまった。


「きゃあぁぁぁ!」

「ふっ、他愛もない。すぐにとどめを刺してあげるわ」


 カーミラが魔力をためている。強力な魔法を放つつもりだ。

 だがミミは、ボロボロになりながらもグググっと立ち上がった。


「あなたは、何時間も汗水たらして土を耕したことがありますか?」

「はぁ? 何を言っているのかしら?」

「あなたは収穫した農作物を包装して転移する単純作業を何時間も繰り返したことがありますか?」

「あるわけないじゃない。そんな底辺のする事」


 ミミは杖を握りしめ、キッと敵をにらんだ。


「なら、あなたは仕事の後に元気盛りの子供たちと遊び倒したこともないでしょうね!」

「ふん! 低俗で薄っぺらい(ほこ)りですこと。消えなさい!」


 強力な魔法の一撃がカーミラから放たれる。

 それをミミは畑仕事で鍛えた足でしっかりと踏ん張って、杖の先で防御魔法を展開し防いだ。


「だったら、わたしはあなたに負けません!」


 ミミの魔法の力は、日々の魔法を使った農作業により強化されていた。

 単純作業を繰り返すことにより魔力を底上げし、魔物や害虫の駆除で実践経験を培い、魔法を使った食品加工により練度を高めた。

 今まで(つちか)ってきた日常生活の全てに、意味があったのだ。


「な、何ですって⁉」

「うおおおおお! ミミミ・ミラクルミストスプレー‼」


 ミミの杖から細かい魔力の粒子が散布される。これはイナゴ(すごくでかい)の大群が押し寄せてきた時に使う強力な殺虫剤魔法だ。もちろん魔物相手にも有効。

 それらの一粒一粒が強力な威力をもって、カーミラに降り注ぐ。逃げ道がないほど大量にばらまかれているため避けることも出来ず、その全身を圧倒的なまでの物量で一気に焼き焦がした。


「ぎゃあああ‼ こんな小娘なんかにぃ⁉」


 最終的にドカーンと爆発を起こし、カーミラは倒れた。

 こちらの軍は一瞬あっけにとられていたが、すぐに気を取り直した。


「や、やってくれた……! 全軍、突撃―!」


 反転攻勢。人間軍が一気に攻めて敵の牙城を崩す。

 戦いは勝利した、かに思えた。


「許さない。許さないわ、小娘ぇ」


 カーミラの体内で魔力が高まっているのを感じる。

 イヤな予感がする。


「観念して下さい! もう勝負は付きました!」

「ええ。負けを認めてやるわ。でもお前は生かしては置けない!」


 カーミラの体が内側からボコボコと膨れ上がり、破裂する。

 体内で極限にまで高めた魔力を暴発させて、自爆したのだ。


 近くにいるミミは避けられない。だから。


「リリリ・リフレクション!」


 私はミミの前に出て、防御魔法を放った。


「師匠! どうして⁉」

「言ったでしょ。ミミが危険になったら行くって!」


 やっと分かった。私がこの世界に呼ばれた理由。

 それはこの子を、この世界の主人公を守るためだったのだ。


 前の世界でもそうだった。私はずっと友達の引き立て役だった。

 魔法は防御や回復系の補助的なものが多かったし、戦いとか正義とかそういう面倒なことは嫌いだった。


 私は生まれながらにして脇役だったのだ。

 私の存在自体が、誰かを引き立てるためのものだったのだ。


 でも、それでいい。


 大切な人を守れるのなら、私は主人公じゃなくたって構わない。


「師匠ーーーーー‼」


 ミミの呼ぶ声が聞こえる。周囲が爆炎に包まれる。

 また同じ幕切れだけど、こういう終わり方も案外悪くない。


「……あれ?」


 気づいたら私は普通に立っていた。

 煙が晴れた時、私の放った防御魔法はしっかりとミミと私を守っていた。

 そして気づいた。

 ミミが日々の農業で強くなっていたように、私の魔法も強化されていたという事に。


「リリ師匠! ありがとうございましゅうううう!」


 ミミが泣きながら飛びついてきた。涙と鼻水がべっとりと服に付く。


「やれやれ。強くなったのに、泣き虫なところは変わらないね」

「だって、怖かったんですよおおおお! うえええええええ!」


 これじゃまだまだ元の世界には帰れないな。

 この世界の泣き虫主人公様には、私という脇役が付いていなくちゃダメみたいだ。

 でも注意しよう。時に脇役は、主人公を食ってしまう時もあるから。

 これから私たちは魔王軍と戦う事になるわけだけど、それはもう語る価値のない話だ。

 だってこの物語の題名は「脇役の魔法少女だけど主人公をかばったら死んでしまったので異世界ではスローライフを送ります」なのだから。

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