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この作品には 〔ボーイズラブ要素〕が含まれています。
苦手な方はご注意ください。

どっちか選べ

「俺と付き合うか、俺と付き合うか、どちらか選べ」

「………はい?」


同じクラスの石川(いしかわ)は放課後の教室に俺を呼び出して、とてつもなく謎な選択を迫った―――。






あ、また…。

授業中、休み時間、ホームルーム中、ふとしたときに強い視線を感じる。その視線の元は、探さなくてももうわかる。石川だ。

石川はよく俺を見てくる。その視線の意味が気になるけれど、聞いていいのかわからないし、仲がいいわけではないから気軽に『なに見てんだよ』と言えない。

この視線はなにを意味しているんだろう…。


昨日、駅に向かう道で前を歩く石川を見つけた。声をかけてみようかと思ったけれど、なんと声をかけていいかわからずやめた。しばらく歩くと石川がきょろきょろと周りを見回し始め、うしろを歩いている俺に気付く。そしてふっと口元を緩めて、俺の隣に並んだ。


水野(みずの)も帰りか」

「うん」

「駅まで一緒に行こう」


イケメンスマイルで微笑む石川。石川はかっこいい。だから余計にいつも俺を見ている理由が気になる。俺が平凡すぎて見慣れないのだろうか。いっそ今、聞いてみるか。


「あのさ、石川…」

「なんだ」

「………」


どう聞いたらいいんだ。どうして俺を見てるんだ、って? なんだか自意識過剰な奴みたいな気がしてきた。気にしすぎなのかもしれない。


「……いや、なんでもない」


そうだ、考えすぎだ。たまたま俺のほうを見ているだけで、俺を見ているわけじゃないかもしれない。俺の隣とか、俺のうしろを見ている可能性だってある。その可能性のほうが高いじゃないか。


「水野、明日の放課後、時間あるか?」

「? うん」

「教室で待っていてくれないか」

「いいけど…?」


なんだろう。まあ、なんでもいいか。俺は昔から色んなことを深く考えすぎるところがあった。もうちょっと考え方を変えてみよう。




そして、やってきた今日の放課後。

石川は俺に謎すぎることを言い放った。


「なに…?」


付き合うか付き合うか選べって、どっちも同じじゃない?


「どちらか選べと言っている」

「いや…え? おかしくない? 付き合うか付き合うかって言ったよね?」

「だからどちらか選べ」

「???」


俺の理解力が足りない? 言葉の裏の裏の更に裏とかを読まないといけない質問だったりするの? 疑問符が次から次へと浮かぶ。


「どうするんだ」

「えっ」

「決めないなら俺が決めるぞ」

「ええっ!?」


なに、どういうこと!? 俺、どうなっちゃうの!? 石川は俺と付き合いたいの!?


「い、石川は俺が好きなの…?」


恐る恐る聞いてみる。


「いや」


真顔で首を横に振られた。なんか腹立つ。


「愛してる」

「!?!?」


顔がよくて頭がよくて運動ができて、でも性格があぶないって致命的じゃないか。他がどんなによくても性格があぶないのはまずい。


「で、でも俺、男だし…」


にやり。石川が笑う。怖い。


「そんなこと、俺達にはなんの障壁にもならない」


自信満々。なんだかそう言い切られるとそんな気がしてくる。

でもよく考えろ。そもそも俺達は固い絆で結ばれた恋人同士でもなんでもないんだ。冷静になれ、俺。


「とにかく、水野が決められないなら俺が決める」

「待ってよ! 決められないんじゃなくて、選択肢がおかしいんだよ!」

「おかしくない。俺は『付き合う』以外の答えを聞きたくないんだ」

「ええ…?」


そんな自分勝手な…。


「水野、もう一度聞く。俺と付き合うか、俺と付き合うか、どちらか選べ」

「………」


それはもう、逃げ場がないってこと…?

いや、まだ勝算はある。なにも答えずにこの場から逃げ出すことだ。そしてなにもかも忘れる。全部聞かなかったことにする。そうだ、そうしよう。

いち、にのさんでダッシュしよう。


…と思ったのに。

手を掴まれてしまった。


「付き合うか?」

「………」

「それとも付き合うか?」

「………」


どっちも一緒じゃん!!

…なんだかもう、どうにでもなれって気持ちになってきた。


「水野、どっちだ」

「………わかったよ」

「わかった、とは?」

「付き合えばいいんだろ!?」

「そうだ」


満足そうな石川。もう逃げられないのはわかっているけれど、やっぱり早まったかも、と今更思った。






とりあえず付き合うことになった。なってしまった。だけど悲観していたって仕方ない。まずは石川を知るところから始めよう、と決意する。


「水野、昼を俺と一緒に食べるか、俺と一緒に食べるか、どちらか選べ」


「水野、帰り俺と一緒に帰るか、俺と一緒に帰るか、どちらか選べ」


………。

なんて言うか、もしかして石川って不器用なだけ?って思えてきた。訳すと『一緒に昼ごはん食べたい』、『一緒に帰りたい』なわけで。自分勝手のように感じられる言動も、慣れてくると可愛く見える。


最初は意味がわからないと思っていたけど、告白されたときに言っていた、『付き合う』以外の答えを聞きたくない、という言葉から想像しても、石川はめちゃくちゃ俺が好きなのかもしれない。…石川に言わせると、愛してる、が正しいようだが。

じゃあそれはどうしてだろう? …考えてみてもわからない。


駅まで石川と並んで歩きながら色々考える。ていうか石川と並んで歩いていると、しょうがないことだけど目立つな。平凡街道を歩いてきた俺にこの注目度は刺激が強い。ちょっと離れて歩きたい。


「なぜ離れる」

「…見られてるから」

「見させておけ」


俺と違って石川は堂々としている。その姿がまたかっこいい。


「……水野は俺と歩きたくないか」


珍しく謎なことを言わない石川にびっくりしてバッグを落としてしまう。石川は屈んでそれを拾いながら、言葉を紡ぐ。


「俺だけが愛している自覚はある。だが、それでも俺は水野と一緒にいたい」

「………」


なんで急にそんなしおらしいこと言ってんの? もっと自分勝手なことを言うのが石川じゃん。付き合うか付き合うか選べとか、わけわかんないこと言って混乱させるのが得意技なんじゃないの?


「…どうしてそんなに俺なの?」


なにを言ったらいいかわからなくて、ちょっとずるいけど話を逸らしてしまった。すると石川は立ち止まって自分の首を指差す。


「首」

「首?」

「水野、首にホクロがあるだろう」

「うん」

「それがエロくて」

「………」


呆れがそのまま顔に出ていたんだろう。石川が笑い出す。こんな風に笑うんだ、と今更知って、少しどきどきする。


「きっかけは、だ」

「ふーん」


それでも、エロいから好きになったわけだ。ふーん。


「気になって見ているうちに、目がすごく綺麗なことに気が付いた」

「目?」

「ああ。すごく澄んでいる」


そんなこと、初めて言われた。ちょっと恥ずかしい。つい、視線を低い位置に落としてしまうけれど、石川は俺の顔を下から覗き込むように視線を合わせる。


「その瞳で俺を見ないかと、気が付けばいつも水野を目で追うようになっていた」

「……」

「水野」


急に優しい声で呼ばれて、心臓が跳ねる。そんな自分自身にもっとどきっとする。


「次の日曜日、俺とデートするか、俺とデートするか、どちらか選べ」

「……どっちも一緒じゃん」

「『デートする』以外の答えを聞きたくないんだ」


おかしくて笑ってしまうと、石川が嬉しそうに微笑んだ。

……どうしよう、頷くしかできない。






日曜日、石川とデートをした。とは言っても、ショッピングモールで買い物をしたり、食事をしたりとデートらしいかと聞かれたら『?』という感じの内容だけど。

私服の石川は制服のときより目立って、周囲の視線をめちゃくちゃ集めていた。でも不思議と前のように離れて歩きたいとは思わなかった。むしろ『これが石川なんだから』と理解できた。

手を繋いだりするわけでもなく、並んで歩く。ただそれだけのことがとても楽しくて、あっという間に時間が経ってしまった。


「そろそろ帰る?」


俺が時間を確認すると、石川がすっと俺の手を取り、きゅっと軽く握った。なんだろう、と顔を見ると、寂しそうに微笑んでいる。


「楽しかった」


優しい声。でも、なにか違う感情を含んでいるようにも感じられる。気のせいか。


「うん、俺も」


デートなんて初めてだから、どんな感じなのかと思ったけどすごく楽しかった。石川以上に俺のほうが楽しんでいたかもしれない。


「また」

「水野」

「? なに?」


またこういう風にふたりで出かけたいって言おうとしたら、言葉を遮られてしまった。真剣な瞳の石川。



「俺と別れるか、俺と別れるか、どちらか選べ」



なにを言われたのか一瞬わからなくて固まってしまう。頭の中で石川の言葉を繰り返して、それから口を開く。顔が引き攣ってしまった。


「………え?」


なんの冗談?


「決められないなら俺が決める」

「ま、待ってよ! なんで急に…?」

「言っただろう。俺だけが愛している自覚はある、と。もう無理して付き合わなくていい」

「………」

「思い出をありがとう」


軽く握っていた俺の手をぎゅっと握って微笑む石川。


「……っ」


喉が詰まって言葉が出ない。なんだよ、なんでまたそういう自分勝手なことを言い出すんだ。

―――めちゃくちゃ腹立つ!!!


手に持った紙袋を石川に力いっぱい投げつけると、悔しいことに石川はそれを綺麗に受け止めやがった。


「ひとりで勝手に思い出作りしてろ!!!」

「水野!!」


石川なんてもう知らない! 好きにしろ!!

俺はその場から駆け出した。




「……はぁ」


ショッピングモール内を適当に走り回って、フードコートで足を止めた。さっき石川とふたりで食事をしたところ。視界がゆらゆらしてきて、でも泣くのが悔しいから奥歯をぐっと噛み締めて堪える。


「……石川のばか」

「悪かった」

「!!」


振り返ると石川が立っている。


「なにもう追い付いてんだよ!! 俺は怒ってんだ!!」

「だから悪かった」


心底反省した顔をしている石川を見たら、怒りがすーっと鎮まっていく。でも許したくない。怒っているだけじゃなくて傷付いてもいるんだ。


「……石川は、もう俺…いらない?」

「水野?」

「俺、またこうやってふたりで出かけたいって思った」

「………」


石川が持っている、俺が投げつけた紙袋を指でつまんで軽く引っ張る。


「……石川が俺の服選んでくれたの、嬉しかった」

「水野…」


頬が熱い。こんなの恥ずかしいけど、でも伝えないと伝わらない。


「お、俺とこれからも一緒にいるか、俺とこれからも一緒にいるか、どっちか選べ! ばか!!」

「…!!」


石川が目を瞠って、それから複雑な表情をする。それはなにを表しているんだ。


「…確かに俺はばかだな」

「そうだよ、大ばかだ」

「本当に悪かった…」


手を差し出されて、ちょっと恥ずかしいけれど手を重ねるとぎゅっと握られた。


「これからも一緒にいさせてくれ」

「……ばか」


手を繋いでフードコートを後にする。目立つかな、と思ったけれど、それよりも石川を離したくなくて、手を繋いだままで歩いた。




END

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