第9話 ウサギと切り株とスライム
ビンッと弦が音を立て、矢がスライムに向けてまっすぐ飛んでいく。
大きくて、動きがゆっくりなスライムだ。どう考えても避けるイメージは浮かばない!
命――中――――嘘っ! 避けた!? コイツ、潰れて避けたぞ!
矢が通りすぎたあと、悠々とまた饅頭に戻り、森へ進むスライム……。あの動きでなんで避けられるんだよ……。
「避け、られましたわね」
「あ、ああ。なんであの速度で避けられるのかわからないよね……」
「まったくですわ。お母様の医院で見かける赤子がハイハイで歩き回る方が早いくらいですもの」
うまい例えだと思う。俺も亀くらいか、と思っていたし。だけど攻略法を思いついたぞ。
「リズ、今度は潰れることを見越して地面スレスレか、地面に突き刺すように撃とう」
そうすれば、潰れて避けることはできない。
「わかりましたわ。またせーの、ですわね」
「ああ。二発目用意! 行くぞ! せーの!」
ビンッ――これは当たる!
二本の矢はさっきの軌道と違い、斜め下へ向かって横並びで飛んでいく。
そのまま――刺され!
――――よっし! 刺さったぞ!
「やりましたわ!」
「まだだ! 続けて打ち続けるぞ!」
二射目の矢を矢筒から取り出したんだけど……。
『痛いわね! さっきからぴゅんぴゅんと! あなたたち、私に恨みでもあるの!』
「……スライムが喋った?」
「……しゃべりましたわね」
『スライムだって喋っても良いじゃない! それで私をなぜ攻撃してくるのよ! ちょっとこっそり切り株を食べてただけじゃない!』
これ、声じゃなくて頭に直接聞こえてきてるんだ!
……こっそり? 潰れてないときは丸見えだったぞ?
「え、いや、あのな――」
『食事中だったけど、あなたたちが来たから邪魔しちゃ駄目だと思って切り株諦めたのに! こうなったら切り株全部食べちゃうからね!』
「うん、それは良いと思うんだけど……」
「はい。切り株はお食べになっても木こりの方に喜ばれますでしょうし……」
『え? 良いの? 本当に? ここの切り株全部だよ?』
このスライム……悪い魔物じゃないのか?
「うん、あっちに積んである木材は食べると怒られるだろうけど、切り株は後で掘り返したりしないと駄目だから、食べてもいいよな?」
「ええ。全く問題ないと思いますわ」
『ふえ~。あなたたちもしかして良い人間? 切り株くれるし……。うん! じゃあぴゅんぴゅんしたことは忘れてあげても良いわ。特別なんだからね!』
どこのツンデレですか!
『くふふふ。美味しそう、ゴクリ。じゃ、じゃあ切り株食べちゃうからね?』
「どうぞお召し上がりくださいですの」
「うん。じゃあ俺たちも邪魔しないようにここ離れるから、ゆっくり楽しんでね?」
数個の切り株に覆い被さりに移動するスライムを横目に、森の奥へ進むことにした。
「ドライ。お話のできるスライムさんを見ますと、もう倒す気にはなりませんわね」
「うん。狙いはホーンラビットに切り替えるしかないよな」
「その、ホーンラビットさんはお話しにはなりませんよね?」
「……その可能性もある、よな。よし、見つけたら、最初は話しかけてみよう」
「わたくしも、それがよろしいかと思いますわ……」
だが、その心配は、取り越し苦労に終わった。それも一番良い結果で。
まず見つけたのは探していたホーンラビット。ゴールデンレトリバーサイズのウサギだ。
ウサギだけど可愛くなかったです。ヨダレをたらし、牙をむき出しにして飛びかかってきたし。
でもちゃんと――
『こんにちは。えっと、はじめまして。俺はドライ。ホーンラビットさんは話せますか?』
『こんにちは。はじめましてですわね。わたくしはエリザベスと申します。あなたのお名前をうかがってもよろしくて?』
――と、挨拶したらさ、攻撃してきたわけですよ。
その可能性も想定していたので難なく倒すことができた。その後数匹のホーンラビットを倒した後だった。
そう、次に出会ったのはスライム。スライムなんだけどめちゃくちゃ小さかった。
いや、切り株食べてるだろうスライムが特別大きかったのかもしれない。
それでもホーンラビットより少し小さいくらいだから、あの喋るスライムと会う前に思っていたサイズよりは格段に大きかった。
そして出会ったなら話しかけるよな? ちょっと戸惑いながらもリズと話をしている最中――
『小さいですわね……このスライムさん』
『小さいな。でも違うのは大きさだけだしぃ!』
――そう。スライムは素早く飛び跳ねて体当たりをしてきたんだ。なんとか避けたし、呼び掛けもした。
『ちょっと待って! うわっ! スライムさんは話せるんでしょ! おわっ!』
『落ち着いてくださいまし! きゃ! 話せばわかり合えますわ! ひにゃ!』
避けながら話しかけているうちにどんどん数が増え、『倒そう!』『ですわね!』と、戦う決意をしたときには七匹も集まっていた。
それから、倒すのは簡単だった。剣術があるからか、俺もリズも一匹目を一撃で倒せてしまった。
そのときは『はへ?』『ほへ?』と、変な声が出てしまうほど手応えもなくだ。
少し混乱していたが、次から次へと突っ込んでくる集まったスライム七匹をサクサク倒して、今なんだけど……。
「スライム、喋らなかったな」
「はい。お話できませんでしたわね」
「思ったんだけどさ、今倒したスライムが普通のスライムなんじゃないかな」
「あら、奇遇ですわね。わたくしもそう思っていたところですの」
「だ、よな。あっ、スライムは溶けてしまうんだ」
「そのようですわね。ホーンラビットさんはお肉も毛皮も残してくれますのに、残念ですわ」
だけどホーンラビットの解体は失敗だらけだった。
やっているうちにスキルとして覚えたから途中からは毛皮も綺麗に処理することができたが、最初の方は毛皮はボロボロで、肉も少ししか取れなかったもんな。
その戦利品は背負い袋に入っている。次、ホーンラビットだと、もう入らないほどぎゅうぎゅう詰めだ。
ここらで一度引き返した方が良いだろうな。
「リズ、一旦戻ろうか。背負い袋もそろそろいっぱいだし」
「ですわね。それにちょうどお昼になりますわ。採りたてのホーンラビットを焼いて食べませんこと?」
うん。それは俺も思っていた。
「いいね、そうしよう」
そして切り株だらけの場所に戻ってきたんだけど、喋るスライムさんがホーンラビットに攻撃を受けていた。
『んんんん~この根っこの先っちょが良いのよね~。あっ、このウサギ! 私の切り株でつまずくなんて! 変な味になったらどうしてくれるのよ! あっち行きなさい!』
と、まったくではないけど、気にしてないみたいだな……。