第75話 この人も身が軽いな!
「ミュール、また明日な!」
「今日はゆっくり休むといいわ」
アンジーとファラがミュールと呼ぶことになった新しい友達に手を振る。もちろん残りの俺たちも――
「ミュール、またな!」
「また明日ですわミュール!」
「ミュール、様、また明日」
――挨拶を交わす。キャルはまだ『様』を外して呼ぶことができていない……。
直にミレニアムにカサブランカ王からの報せが届き、使者が来るはずだ。
その方に確認してもらうまでは本人に王女だとは知らせないことになっている。
まあ、王女だとわかったとしても、キャルの感じだと、すぐには信じられないし、この感じも変わらないだろうな。
孤児から聖女になって、聖女の称号を剥奪されたんだ。それが今度は王女だしね……。
手を振りながら馬車へ乗り込むアンジーとファラ。それに続くリズとキャル。
「は、はい! また明日よろしくお願いいたします!」
一生懸命手を振るミュールと、その横では深くお辞儀をするメイドさんと護衛の皆さんに見送られ最後に俺が馬車に乗り込み、ゆっくりと走り出した。
走り出した馬車の中では興奮気味のアンジーが――
「俺、入学式当日に友達ができたぞ! 夢みたいだ!」
「あら、アンジー、私たちは友達とは違うの?」
「ぬ? いや、ファラとリズ、キャルも友達だぞ? それにドライの婚約者同士だ! ……ち、違うのか?」
「その通りですわ」
「だろ? ふう。ビビらせやがって。夢だった同い年の友達ができたと思っていたからな。遊んだり色々やりたいことがあるんだ」
「あら? 同い年でしたらヒエン王子殿下もそうですわよね? 遊んだりなさらなかったのですか?」
「うへっ……」
ものすごく嫌そうな顔だ。……アンジーとヒエン王子は腹違いで同い年だけど、遊んでは来なかった感じか。
「アイツ、頭はいいのに、いや、顔もいいんだろうが目が嫌だ。ジロジロ俺の胸ばかり見てくるんだぞ? 気持ち悪すぎる」
「あ、それ、わかりますわ。教室でわたくしの胸もジロジロ見ていましたわ、少し血走った目で」
なんだと! あ、いや、リズのはイスのお陰なんだけどそれでもアイツそんなことをしていたのか!
学園から排除するようなことを言ってたのになんだよそれ!
「だろ? その目線が嫌過ぎてって理由で専任のメイドが何人も辞めてしまったくらいだ」
「ちょっと待って! ならなぜわたくしに言い寄ってきたのよ! わたくしの胸はアンジーほど無いわよ!」
「ファラはその艶々の黒髪のせいだな。ヤツは黒髪巨乳好きと城のものなら皆知っている。専任メイドは全員黒髪巨乳を指定しているくらいだ」
「どうしよう。わたくし、今すぐにでも髪の色を変えたい気分だわ。ドライと同じ色だからお手入れは欠かしていないのに」
ヒエン王子、欲望に素直すぎだろ……というか王様とか身近なものが注意したりはしないのかよ……。
「……ううっ、思い出したらゾワゾワ来ますの。あのものの前ではイス様に少し小さくなってもらおうかしら」
そうか、あの王子黒髪&巨乳好きなのか……それにしても、義理とはいえ血を分けた家族にそんな目を向けるとか……。
まあアンジーの胸は暴力的にアレだ。リズはイスの擬装だけど、そんな目で見ていたのは許せないな。
「うん。リズはそうした方がいいかもね」
「どう言うことだ? リズは胸の大きさを変えられるのか? 教えてほしいぞその方法」
蚊帳の外の俺と、年相応サイズのキャル。
「楽しそうです」
「話の内容はアレだけど、入学式初日にってアンジーの意見には賛同するよ」
「はい。アーシュがいない時の孤児院もこんな感じでみんな仲良く笑い合えていました」
「はは、昔からどうしようもなかったんだな」
ヒエン王子をディスりながら馬車は王城に到着し、俺たちはそのまま王たちが待つ部屋に通されるようだ。
アーシュは当然、王様に会うこともなく、衛兵から城の兵に引き渡され、地下牢に連れていかれる。
これでしばらくは会わなくて済むなと見ていたら、ブツブツ言ってたアーシュが騒ぎ始めた。
『おい! ヒエンを呼べ! ここの王子だ、知ってるだろ! 俺様は勇者でヒエンの友達だぞ! 言うこと聞きやがれ!』
勇者は王子を呼ぶように何度も叫ぶが誰も取り合わない。
衛兵が引っ張ってきた荷車から引きずり下ろされ、俺たちとは別の通路へ消えて行くのを見て俺たちも移動を始める。
さて、どうするか……もう会いたくも、リズたちに会わせたくもない……。はぁ、だけど魔王がなぁ……。
限界突破のスキルは覚えられるのか? 超越者はどんなスキルでも覚えられるはずだから……頑張ってみるか。
とりあえずの目標はそれと建国祭のことだよな。っと到着かな?
案内のメイドさんが立ち止まり、大きな扉をノック。そして中へ呼び掛ける。
「アンジェラ殿下、ファラフェル殿下たちをお連れしました」
『入れ』
中から王様の声が聞こえてきた。通常なら謁見まで待たされるのが当然なんだけど、急を要する件なので予定をずらして王様たちの方が俺たちを待っていたようだ。
大扉が開かれ、中に通されると、いるだろうなと思っていた四人プラス、女性が待っていた。
「早速だがキャロラインは隣の部屋で聖痕を確認してもらえるか? 大丈夫だ、確認するのは女性がしてくれる」
「え? あ、は、はい。わかりました」
王様がそう言い、入ってきた扉じゃない小さめの扉を指差した。
「残りのアンジェラたちはそこへ座れ、っと、そうだな、その前に紹介は必要か」
隣の部屋へ消えたキャロラインを見ていたら、王様が見知らぬ女性を紹介してくれるそうだ。
「ミレニアム女王だ」
え? ミレニアム女王? どう言うこと?