第73話 場の空気が読めないヤツ
騒動を見ていた人に呼ばれたのか、やって来た衛兵たちに荷車へ乗せられたアーシュを見送る。
「とんだお騒がせ野郎だったわね。でもこれでもう会うこともないでしょ? なんだかドライを目の敵にしていたから清々するわ」
「ファラの言う通りですわ。勇者かなにか知りませんが、無礼はなはだしい男でしたもの」
「無茶だよな、こんな街中で魔法をぶっぱなすとかオヤジが許さないだろうよ」
「同じ孤児院の出身ですから……いつかはこのようなことになるだろうとは思っていました」
うん。全面的に同意だよ。ほぼ間違いなく処刑になるだろう。
白昼堂々と街中で貴族令嬢の護衛を原作の暗殺者と誤認して襲ったのだ。
さらに俺たちの馬車にも流れ弾が当たったのも重大な罪になる。
良くて奴隷落ち、普通なら断罪でこの国の刑罰、斬首刑のギロチンが待っているはずだ。
同じ転生者の身としては、なんとかならないか、と思わなくもない。
学園で俺に絡んでくる程度ならなんとでもなったかもしれないし……。
でも、この件は俺だけに降りかかったことじゃないもんな。
そう思いながら怪我を治してあげた護衛たちと、ローゼン伯爵令嬢のミュールさんを見る。
ミュールさんは、まだ震え、メイドにしがみついたままだ。メイドさんも怖かっただろうけど、衛兵の質問に護衛たちと一緒に答えている。
こっちは俺と護衛たち、それと御者のおじさんから話を衛兵の詰所で聞きたいと言われたけど、馬車に乗せていたのが、貴族と王族。
それも馬車から降りた俺と、御者、護衛だけにしか聞くこともほぼ無い。
だからこの場で簡単に説明で済ませてもらうことにした。
気を利かせてくれたのか、俺たちから話を聞いてくれたんだけど、やっぱり早く結果を知りたい。
なのでローゼン伯爵令嬢たちの話が終るのを待っていたんだけど――
「ローゼン伯爵令嬢様。ご協力ありがとうございました」
「ひぃ! は、はい!」
終わったようだけど……衛兵さん。気を遣っているんだと思うけど……その笑顔で挨拶は、怖がられるだけだと思いますよ……。
助かったと思ったら、ツルツルの頭にムキムキマッチョで厳ついヒゲ面の人に笑いかけられるんだもんな……。
ひきつった顔でメイドさんの腕に抱きつく伯爵令嬢が、凄く気の毒に思えてならない。強く生きて欲しい。
伯爵令嬢が話の最後だったのか、ムキムキの衛兵さんが俺たちのところにやって来た。
「お待たせいたしました。被害者全員の話をまとめますと――」
入学式帰りのローゼン伯爵令嬢は、普段歩いたこともない王都の街並みと露店商を覗き見しながら帰っていたそうだ。
そこへ突然アーシュが剣を抜き、魔法を放ちながら襲いかかってきたそうだ。
見ると、伯爵令嬢がいた背後の露店商は焼け焦げ、おそらく果物を売っていたんだろう、壊れた屋台と、色とりどりの果物が散らばっている。
というか……暗殺者からリズを守ろうとしたんだろ? それで魔法をリズがいると思ってるところになぜ撃てるんだ?
まさかヒロインだから勇者が撃った魔法は当たらないとか脳内花畑なこと思っていたのか?
……本当に理解ができない。
「話を統合し、通常ならおそらく斬首刑が下されると思うのですが……」
何か言いにくそうな衛兵さん。予想だと王子が絡んでる可能性もほんの少しあるけど、おそらく教会認定勇者ってところだろう。
「騒ぎを起こした犯人、アーシュ・フォン・ロホですが、養子とはいえロホ男爵家であり、教会が認定した勇者でもあります」
やっぱりな。
「ですので今回の件をまとめたものを王に上げ、采配をお任せし、その結果出るまでは牢へ放り込んでおく他やりようがありません――」
そう、なるか。まあこれで王様が判断するまで、牢屋に入っているだろうし学園にも来ることはないだろうから、ひとまずは安心かな。
と、思ったのもつかの間、苦虫を噛み潰したような顔で、衛兵さんはとんでもないことを言い始めた。
「――が……おそらく教会は牢屋ではなく、教会で見ておくと言って来るはずです。アーシュ・フォン・ロホはこれまで何度も騒ぎをお越していますが毎回教会が……その、連れて行きますので」
「は? 駄目でしょ? それに今回はアンジェラ王女とファラフェル王女が乗っていた馬車にも流れ弾とはいえ御者の人に当たったんですよ? 護衛の人にも!」
「それは、その、そうなのですが……我々衛兵ではどうすることも」
少し強めに詰め寄ると、しどろもどろになる衛兵さん。
そうか、衛兵さんたちは日々王都を守るために走り回り、暴漢を取り押さえるときに怪我もする。
なら回復魔法目当てで教会にお世話になることも多いから強く出れないのはわかる気がする。
でも教会に連れていかれたら、勇者特権で明日には無罪でしたって顔で学園に来てしまうだろう。
ここまで駄目な勇者のことだ、ほぼ確実に絡んでくるのは目に見えている。
……こうなったら――
「――では、ちょうど今から王城に行くところでしたから、衛兵さんたちはアーシュを連れてついて来てください」
「いや、しかし、あのものはすでに運ばれてしまいましたので」
「呼び戻せばいいでしょ? ほら、誰かを走らせてここまで戻って越させて下さい。それとも教会に言われても引き渡さず牢屋に入れておいてもらえますか?」
「……わ、わかりました。おい! 誰かロホ男爵令息を乗せた荷車を呼び戻せ! 急げ!」
こうなったらキッチリ型にはめてしまわないと、原作でこの後起こる事件の邪魔になると確信できる。
ひとりの衛兵が、見えなくなった荷車を呼び戻すため、走り去った。
あとは王様に任せておけば教会でもそう簡単には手は出せないだろ。
っと、これでリズの暗殺未遂事件はクリアだろ。なら次は十日後に迫った建国祭だ。
本当ならアーシュが勇者として、国民へ大々的に紹介される予定だったけど、今回はおそらく見送られるだろう。
だけど、紹介が無くなったとしても、そこで起こる勇者初の活躍の場は無くなりはしないはずだから……俺がやることになるんだろうな。
呼びに走ったものが帰ってきたのはそれから三十分ほどたってからだった。
「おい! どこに連れていく気だ! 俺様は勇者だぞ! 早くコレを外しやがれ!」
……ホント、場の空気が読めないヤツだな……それに……。
「その通りです。早く勇者様の手枷、足枷の拘束を取りなさい」
誰だよこの人……。