第72話 空を飛ぶ勇者(三度目)
「抵抗しやがって! こうなったら全力で行くぞ! 死にやがれ暗殺者ども!」
そう言いながらアーシュを取り囲む男たち四人の内の一人に剣を振り下ろすが男たちはそのすべてを避け、受け流し勇者の攻撃をさばき続けている。
そうだ御者さんは――いた! くそ、酷い火傷だぞ! 護衛は何をして――
そうか、アンジーの護衛はアンジーを護らなきゃ駄目だから馬車の周囲から動けないのか……。
必死な顔でタワーシールドを構え、勇者が放つ魔法が馬車に飛んできた時にはを受け止める覚悟なんだろう。
その中の一人は片ひざをつきながらも馬車を背後に焼け焦げた盾を構えている。まだ護衛さんたちは大丈夫そうだ。なら優先順位は!
御者台から落ち、火傷の為か荒い息をしている御者のおじさんに駆け寄りる。同時に回復魔法と聖魔法の再生をおじさんと四匹の馬へ同時にかける。
おじさんほどではないが馬も背中の毛が焼けてしまい地肌が見え、興奮していて、今にも走り出しそうだ。
火傷を負ってすぐだったからか、火傷はすぐに引いていき、馬たちの興奮がマシになり、おじさんの呼吸も戻ってきた。
おじさんの横には焼け焦げた盾が落ちている。
……ってことは魔法を盾で受けてこの火傷かよ。キャロラインに怪我をさせた複合魔法をまた使ったのかアイツ……。
「暗殺者とは誰のことだ! 訳のわからんことを! 私たちは護衛だ!」
護衛?
「避けんなこの暗殺者! おとなしく死んどけ! 全力の魔法受けてみろ! オラッ!」
「お前なにやってんだ! こんな街中で魔法なんか使うなよ! ってヤバッ!」
護衛と叫んだ男たちではなく、見当違いの方向へ手を伸ばしている。
その先に小さな女の子と大人の女性が震えて固まっていて、その前には同じ制服を着た三人がいる。
見当違いじゃない! アイツあっちを狙ってんのかよ!
こうなったら魔法の軌道をふさぐしかない!
回復した御者さんを残し、まだ興奮して足踏みをしている馬のお腹の下をくぐり抜けて加速。
近くにいた女の子の前に出て護衛の三人が腕をクロスして魔法を受け止めようとしている。
そんなんじゃだめだって! 盾無しじゃ死んじゃうよ! 結界は――もう間に合わない――こうなったら――っ!
「弾けろ!」
放たれた魔法の軌道にギリギリ間に合い、飛んできた魔法。おもいっきり殴る。
ドカン!
熱っ!
魔法が 弾け、一気に熱気が爆風と一緒に広がる。
「「きゃぁぁぁあ!」」
思ったより熱が強い! このままだとこのあたり一帯の人が火傷しちゃう!
「魔法陣! クーラー! 急冷!」
しゃがんで石畳に手をついて、全力で大きな魔法陣を描き、魔力を流し込む。
ブウウウウウウウウウウウ――
と、大きな音を立てクーラーが発動してあたり一帯の気温を急激に下げることができた。
「停止!」
数秒だけの発動で元の気温より少し肌寒くなったところで魔力の供給を止め、余った魔力を魔法陣から抜いた。
「誰だ! せっかくの全力魔法をぶん殴るとか狂ってんだろ! てか邪魔すんじゃねえ!」
「なにやってんだ! こんな魔法を街中で使えば大惨事になるだろ!」
「……は? お前は……ってことはこの暗殺者お前の仕業か極悪人ドライ!」
「だから先程から言ってるだろう! 俺たちは護衛であって暗殺者ではない! 何を訳のわからんことを!」
俺はそんなことしないと言おうとしたのに男たちの一人がアーシュ対して怒鳴り付けてくれた。
「そんな分けねえだろ! そこにいるリズを今も三人で取り囲んでたじゃねえか! 俺はちゃんと見たんだぞ!」
そう言い指差した先には俺と、三人の護衛。それに抱き合い震える女の子と女性がいる。
……この二人のどちらかがリズちゃんかリズさんなのか?
よく見ると女の子の方はリズたちと同じ制服を着て、女性はカイラさんとよく似たメイド服を着ている。
「そこの方は我らが護衛しているローゼン伯爵家のお嬢様と、その使用人だ! それに名はリズではない!」
「ローゼンだあ!? んなわけ……あれ? リズじゃない? ……だ、誰だお前! じゃあリズはどこだ! ……ドライ! 貴様だな! 極悪人ドライ! リズをどこに隠しやがった!」
コイツ確かめもせずに原作の暗殺者だと思って攻撃したのかよ……というか、話にならないな。
「何黙ってやがる! 言わねえならお前を倒してから探すだけだ! くらえ! 複合魔――」
「撃たせるか!」
ダン! と石畳を蹴り加速。一瞬でアーシュの目の前まで移動して、パンパンに腫れたままの顔に右手で張り手を叩き込んだ。
バチン! と左斜め上に飛ぶアーシュ。
「ヘブッ!」
キレイな放物線を描き、本日三度目の空を飛ぶ勇者。当然今回も漫画やアニメであーなったらこうなるを実践してくれるように、必然的? ん~確定的に、かな? まぁ、顔面から地面に落ちた。
コイツ……勇者だけど、もう野放しにしてられないな。いくら魔王を倒すのに必要だと言ってもやりすぎだ。
「君。助かった」
戦っていた護衛たちが駆け寄り声をかけてきた。
「いえ、お怪我とか大丈夫ですか?」
パッと見た感じ……軽い火傷と切り傷だけのようだね。あ、アンジーの護衛の方を治してやらなきゃ。
「ああ。かすり傷だ。って――これは!」
「あ、みなさん動かないで下さいね。回復魔法で治してますから」
体が青い光に包まれたからか、驚く護衛たち。
「そんな……触れてもいないし、一度に複数人に回復魔法が使えるのか……」
「はい。近くだったら十人くらいまで治せますよ。っと、これで大丈夫ですね」
「あ、ああ……十人も一度に、だと……」
「はい。もう大丈夫かな。そうだ、コイツ、少し見ててもらえますか?」
手足を縛られ転がるアーシュを指差すと、あんぐりと口を開けたまま、コクリと頷いてくれたので、アンジーの護衛さんのところに戻る。
「大丈夫ですか、すぐ治しますね」
膝をついていた護衛さんも回復魔法で治療して、『終わったよ』と馬車の中に声をかけ――
「ドライ!」
馬車の扉が開き、飛び出してきたリズを抱き止めた。