第71話 大通りの出来事
学園を出て王城に向かうため玄関前で馬車が到着するのを待っている。
電車と同じ感じだな。乗り降りしやすいように地面が乗り口の高さに合わせるようになっているし。
でもコレ落ちたりしないように柵とかあった方がいい気がするよな。まあ都会でも有るところと無いところはあったけど……。
なら土魔法で柵を作って――
「俺も、じゃなくて、わたくしも本当は歩いて学園まで来たいんだけどな――き、来たいのですが、王族はさすがに駄目だとオヤジ、じゃなくてお父様が危険だと許してくれないのです」
土魔法を使おうとした時、まだ見えない馬車が来る方向を見ながらアンジェラが話し始めた。
……あー、うん。喋りにくそうだな……普段通りでいいって言うか。
「アンジェラ王女、俺は気にしないから普段の喋り方でいいと思いますよ。自分のことは『俺』、王様のことは『オヤジ』でも。一応他の人が見聞きできるようなところでは控えた方がいいかも知れないけどね」
「ほ! 本当か! ……でも、変だと思わないのか? 俺、女だし、王女だし、学園がはじまるから必死に直そうとしたんだけど――」
喜んだのもつかの間、昔話をしながらも、しょぼんとうつむいてしまった。
どんどん顔が見えなくなり髪の毛の分け目が俺に向けられている。
やっぱり気にはしていたんだな。でも、そんなことがあったのか……。
アンジェラは勇者の活躍を物語にした本を幼い頃によく読み聞かされていたそうだ。
そこで勇者の活躍に感動して大大大スーパーウルトラ信者となり、その喋り方を真似していたとのこと。
途中途中でリズもファラもキャロラインでさえ――
『私も信者ですわよ』
『そうね、ラストシーンで何度も涙が出たわ』
『あ、私も院長先生に読んでもらってました。大好きな物語です』
――と、みんなも勇者の物語を読んだことがあり、もれなくファンなようだ。
「それでな。読み聞かせてくれていたのが俺の魔法の先生で、さっき教室にいたレオ爺なんだ」
レオ爺!? レオナルド先生がアンジェラの魔法先生……そうだよな賢者と呼ばれるようになるんだもんな、魔法師団の元団長で王族の公爵だけど、同じ王族だから先生でもおかしくない、か。
「凄く読むの上手いんだぞ? 『魔法の詠唱の練習にもなるからな』と言ってたし」
レオナルド先生ことレオ爺は身振り手振り付きでバリバリ感情を入れて読んでくれたそうだ。
もちろん勇者だけじゃなく、他の仲間たちのことも、声色を変えながら。
……レオナルド先生、先生もほぼ確定で大ファンだと思う。
「だからレオ爺にお願いして勇者のところを俺がやるようになったんだ」
するとやはり身の回りにいるものは幼いとはいえ、いや、幼いからこそ物語の勇者になりきり演じているアンジェラを褒めまくったそうだ。
王様もほめちぎり勇者の衣装を特注で作らせプレゼントしてもらったそうだ。
鎧に盾、さらには勇者の剣までも。当然幼いアンジェラが装備できるように軽量化の魔法陣付の魔道具……。何に金かけてるんだよ……なんとなく気持ちはわかるけどさ。
「そんなことをほぼ毎日やっていたらこの喋り方が癖になってな、意識してないとこの喋り方が出てしまうんだ……やっぱり女がこんな喋り方……」
「そんなこと無いよ。男だって『俺』『僕』『私』『我』とか色々あるしね」
「そ、そうか。な、ならドライ様たちの前ではこのままでいいんだな?」
「うん。個性的で可愛いと思うよ。みんなもそう思うだろ?」
「か、可愛――」
まるで怒られていた子が許された時のように嬉しそうな顔をしている。少し顔を赤くして。
「ですわね。わたくしもアンジェラ王女殿下の喋り方はそのままでも可愛いですし、良いと思いますわ」
うんうん。原作のアンジェラは俺っ娘じゃなかったけど、『俺っ娘』か……うん。可愛い。
「わたくしのお姉様の一人は『僕』だから気にならないわね。それにわたくしもリズやカイラほど綺麗な喋り方じゃないしね」
僕っ娘のお姉さんがいるのか。でも言う通りファラもどちらかと言えば王女らしくないよな。
まあ、十歳の時には国の外に出て隣国との交渉について来ていたほどだし。その行動力に合ってると思う。
「わ、私もいいと思います! 妹たちの中にも『俺』って言ってる子がいますから!」
そうか、キャロラインはミレニアムの王女だけど、孤児院で育ったからたくさんの妹がいるだろうし。
「ありがとうみんな! 俺、凄く嬉しいぞ! そうだ! みんなは俺のことアンジーと呼んでくれ!」
アンジェラのその一言で俺たちは――
俺はそのままドライ。
エリザベスはリズ。
ファラフェルはファラ。
キャロラインはキャル。
――そう敬称無しで呼び合うことになった。キャルだけはまだ自分が王女と知らないので手こずったけどな。
リズも自分だけ王女じゃないと落ち込みかけたけど、ファラの『正妻なんだから堂々としてればいいのよ』と励ましてくれて元気を取り戻してくれた。
間もなく馬車が到着して乗り込み、王城に向けて走り出したんだけど、王城へ続く大通り途中で突然馬車が止まってしまった。
「どうして止まったんだ? ……外が騒がしいぞ。おい! どうなってる!」
箱馬車のため、天井近くにある明り取り用の小さな窓しか無いためまわりを見ることができないが、アンジーの言う通り金属が擦れ合う音と魔法が弾ける音、それと何人もの男の声が聞こえている。
動きのある気配は八つ。コイツらが暴れているようだな。助けに入った方がいいのか……。
いや、この馬車には王女が三人と伯爵令嬢が乗ってる。優先すべきはこの四人のことだけど……。
『申し訳ありません。魔法を放ち、剣を振り回しているものがおります。王女殿下たちは外に出ませんよ――グアッ!』
ドン! と大きな音と馬車が揺れるほどの衝撃と同時に御者さんの悲鳴が聞こえた。
「どうした! 何があった! 返事をするんだ!」
アンジーが御者台につながる小窓に向かって叫ぶが御者さんの声は帰ってこない。
グズグズ迷っている間に、たぶん魔法が当たったか、爆発した拍子にで御者さんは怪我を負ったんだと思う。
こうなったら悠長に馬車の中にいるわけにはいかない。
頑丈さを重視した馬車の出口は一つ。内鍵の分厚い扉だけだ。
「みんなは馬車から出ちゃ駄目だからね。俺が見てくる!」
「ドライわたくしも――」
「リズは馬車の中を守って! 鍵は俺がいいと言うまで開けちゃ駄目だよ!」
リズがついてこようとしたけど、そう言って押し止め、馬車から飛び出した。
「なんなんだよこれは!」
そこで目にしたものは剣を振り回し、魔法をところ構わず撃ちまくる勇者と七人の男たちだった。