第64話 聖女がやって来た?
あっ、目を覚ましたけど大丈夫かな?
ヒザの上でまだ抱っこしたままのアンジェラ王女と目があった。
「ドライ様が目の前に! ……はぁ、夢かよ」
「夢ではないぞアンジェラ」
「え? オヤジ? え? あれ? 俺、ドライ様に抱っこされてりゅっ! …………きゅぅ」
声をかけた王様と俺を何度か見比べたあと、また他人には見せられないような顔で気を失ってしまった。
幸せそうではあるけど、見世物にするのは違うな。
アンジェラ王女の顔を胸にそっと押し付け、顔を隠してあげる。
その、まあ、むにゅりとイス付きのリズほどもあるアレの感触が気持ちいいとか考えなくもないけど、今は忘れておこう。それより――
「……王様。これはいくらなんでも可哀想じゃないですか?」
ジト目で王様を見ると、声を出さずに笑い、パンパンと太ももを叩いていた。
「くくくく。そのようだな。でも可愛いだろ? 息子と娘で八人子供がいるが、アンジェラが一番おもしろい」
「そこは可愛いだろ! やっぱりおもしろがってるじゃないですか! まったく」
「くくくっ。アンジェラのことは任せたぞドライ。では……話を戻そう」
ひとしきり笑った後、威厳のある顔に戻った王様と父さんが話を再開させる。
イルミンスール伯爵様も、あきれた顔をしていたけど真剣な顔に戻った。
「教会の勇者と聖女についてだな」
「ああ。その二人については色々と調べさせた。が、……勇者は駄目だ」
「駄目、とは?」
「うむ。魔物の被害で九歳で孤児となり、孤児院に入っていたんだが、『俺は勇者だ』が口癖の言動のおかしなヤツ、との認識だったようだな」
そうなると、孤児院に入った頃には転生していたってことか。おそらく両親が魔物に殺されたとき一緒に。
「勇者を名乗るのは幼いものにはたまにあることだからそう気にすることではなかったのだが――」
はぁ……孤児院では孤立していたらしい。主人公で勇者の俺に逆らうなと、やりたい放題だったなんて……馬鹿すぎるだろ。
魔王を倒すのは俺だとか、王になってハーレムだとか……気味悪がられて当然だよね。自分からフラグをへし折りに行ってるようなもんだし。
というか王になるとか普通にヤバいよな。それはもう王様を押し退けるって言ってるようなもんだろ……。
子供だからで許される言動じゃない。不敬罪で捕まり処刑まっしぐらなはずだけど、光魔法と限界突破のスキルが判明して助かったと言うことか。
それで勇者認定されてからはさらに傍若無人、傲慢無礼、厚顔無恥を体現してきたと……。
さらには同じ孤児院にいた聖女も含めた幼馴染みたちも、気に入らなければ殴る蹴るが当たり前の扱いだったとか……。
あれ? 原作通りに幼馴染みではあるけど、聖女が勇者とくっつく未来が見えないんだけど……。
というか駄目勇者は聖女の名前とか知らなかったのか? メインヒロインの一人だぞ?
もしかして推しがリズで、聖女とアンジェラのことは知らないとか? そんなことないよな?
いや、でもハーレムって言ってたなら名前や容姿、身分はわかっているはずだよね? ……謎だ。
もしかすると、自分が主役の世界だから何していても上手く行くとか思っているのか?
俺は自分が冤罪で処刑されると知って、なんとしてでも生き残りたいとこれまでも頑張ってきたからわかるけど、どんどん原作とは変わってきてる。
苛めが続くはずだったクリーク家の苛めを洗脳を解くことによって無くし、ツヴァイ兄さんに犯され殺されるはずだったファラを助けた。
それに、おそらく原作のままなら疎遠になっていたはずのリズとの仲を深めたのもある。
そして大きなところだと、大陸全土に広がるはずだった熱病を教会のアザゼル派が企てた陰謀を暴き、阻止したことだろうな。
熱病の呪いが原作通りに進んでいたら、教国の権威は絶大な物になっていたはずだ。それこそ今の駄目勇者でも問題ないくらいに。
『教国認定の勇者様だから』
『魔王を倒す勇者を見いだした教国だから』
って、表向きは誰も文句を言いにくくなっていたはずだ。
……もし原作通りになってたらと思うと……あの転生駄目勇者が王様? ……怖っ! 熱病の流行を阻止できて本当に良かったよマジで!
そういえばあのスタンピードもクリークの街のほとんどを壊し、復興のために増税して領民が苦しむはずだったよな。
まあ、それもどうせドライである俺が遊び呆けているから余計にしぼり取られていると噂がたって、さらに恨まれていたんだろうけど……。
本っ……当に! ……ひとつずつでも解決してきて良かったよ。諦めていたらと思うと……マジで怖っ! ギロチン待ったなしとか怖っ!
考えるだけで震えがきそうだよ……それにこの五年でクリーク辺境伯領の領民の誤解はほぼ完璧に晴れた。よな?
魔の森の脅威を減らすために、覚えた土魔法で街の外壁を補強もしたし、中洲地帯周辺の水害対策として堤防を作ったりしたよな。
そうそう感謝するのはクリークの街に出入りする商人たちだ。
冤罪なんだけど、極悪人ドライが改心して罪滅ぼしをしていると、少しずつ広めてくれたお陰でもある。
「――そこでだ。話に出たもう一人の聖女なんだが……」
「王よ、何をためらっている。らしくないぞ?」
次は聖女の話か。学園に入学したのも驚きだけど、聞いていた感じでは勇者と共に旅立つとは思えない。
いや、旅立ったとしても仲良くなり、あの勇者と結婚とか可能性は皆無だ。
「そうだな。では入れ、キャロライン」
キャロラインって聖女の名前だ……え? ここにいるの!?
カチャと俺たちが入ってきた扉とは別の、学園長室に続く扉から一人の女の子が出てきた。
学園の制服を着た金髪青目でマッ○ナ・グレイスにそっくりで美少女だ。だけど……なんだよその傷……。
「……失礼いたします。キャロラインと申します……」
顔以外の見えている肌、首や手、スカートの裾から伸びる細い足に火傷のような傷があった。