第62話 外堀が埋まっているのかもしれない
「見知っているものもいると思うが第三王女のアンジェラだ。このたびドライの婚約者になった」
へえ。俺の婚約者か……ん? 婚約者?
式場が俺たちが壇上に上がったときより騒がしくなり、聞き取れないけど俺たちのことを話し始めるものもいる。
………………あまりのことに思考停止していたけど。
婚約者ってなんだよ! 王女だぞ! 王女で賢者だぞ! 何考えてんだこの悪戯王は!
目線でだけでも文句を言ってやろうと横に視線を持っていくと、ニヤニヤ笑う王様と、めちゃくちゃ驚いた顔の賢者アンジェラ。
娘にも言ってなかったのかよ!
『アンジェラ様をドライの婚約者にね。中々考えたわね』
『そうでございますね。グリフィン王国王女との繋がりにはやはり自国の王女でしかつり合いが取れないとの判断でしょう』
な、るほど? いや、でもアンジェラ王女殿下は賢者で魔王倒しに行くアーシュの奥さ……いや、アーシュは駄目だけどどういうことだ?。
それに聖騎士になってアンジェラ王女殿下の付き人になるリズもそうだけど……今朝の流れ的にあんな勇者に渡したくない。
というか渡したら駄目だ。せめてまともな人と結ばれて欲しい。なら……それまでのカムフラージュ的な立ち位置の婚約者なら有りか?
リズの暴走がなければいいけど……仕方ない……王様をシバくのはしばらく保留だな。
『それにアンジェラ様の母である王妃様も帝国の皇女です』
そうなのか! そんな設定知らない……それもそうか、ファラはこの入学式の時点でもういないはずのキャラだったからな。
『そうなのよね。お母様の実の妹で何度もあったことあるし。それもまた双子の姉妹だもんね。その点でもアンジェラ様はドライの婚約者に最適だわ』
『ア、アンジェラ王女殿下が……ど、どうしよう、わたくし、ドライに捨てられちゃいますわ』
『リズ、捨てたりなんてしないよ。リズが正妻になるんだろ? もし本当に婚約者にっていうなら順番的にアンジェラ王女殿下は第三夫人だよ』
『政治的に難しいところだけど、わたくしたちにとってはそこがおとしどころね』
『本当にわたくしが二人を押し退けて正妻でいいですの?』
『当然だよ。このことに文句を言われたら断ればいいさ――』
そう。俺たちには王様に文句をつけたり断る権利がある。
あれは浄化の旅が終わってすぐ、王様の頼みで村を定期的に襲う下級ドラゴンを倒しにみんなで行ったんだ。
でも倒してから実は村は遥か昔に廃村になっていることに気づき、父さんを連れて問い詰めに行ったら――
『や、止めろ! ちょっ、ちょっとした冗談だったのだ!』
――と言った途端、父さんはその太くたくましい腕を一振。そして――
『ドライもみんなも殴っておけ。こやつの悪戯だ。遠慮などいらん思い切りやっても良いぞ。なに、私が許す』
――と。当然殴らなかったけど、それ以来、公の場以外は文句を言おうが何をしようがいいことになり、敬語も無しでよくなった。
土下座していたもんな、王様なのに……というか、考えたらカサブランカ王は悪戯だけど、グリフィン王はサボり魔だよな……大丈夫か?
まあ、なれたとはいえ、前世の記憶がある俺にとっては付き合いやすくて助かってはいるけどな。
『――だって俺たちは断われる権利を持ってるんだぞ』
『そうよね。だからリズは安心しなさい』
『はいですわ』
そんなことを念話で話していると――
「静まれ」
大声ではないけど、騒がしい雑音に負けないよく通る声で一言。
式場は一瞬で静まり返った。
凄いな。王様のスキルか何かだろうか、普通あの程度の声で静まり返っている式場でも後ろまでは聞こえないはず。
これまで挨拶していたものたちは、王子も含めて声を増幅する魔道具を使っていたもんな。なのにのに王様は生の声だ。
「しかしドライには先に二人の婚約者がいるのは先ほど言った通りだ。だからアンジェラは第三夫人として婚約者になってもらう」
『マジかよ!』
『やるわね。わたくしたちの懸念を今ので取っ払ったわ。ここまでしっかりとした考えを待ってる王様の子がアレだなんて……育て方を失敗したのね』
『え? ほ、本当にわたくしが二人を差し置いて正妻?』
俺と同じことを考えて、うんうんと頷くファラ。本当にどう育てたんだと思う。その横で今度はオロオロし始めるのリズ。
「もし不服があるものがいるなら、ドライ以上の功績を持ってきてからにしてもらおう」
それは……中々難しいんじゃないかな? 例えば魔王を……そうか、アーシュが魔王を倒せばもしかするとアンジェラ王女はアーシュの婚約者になる可能性もあるんだよな。
今朝だけの言動を考えると、アンジェラ王女があまりにも不憫だ。
「このことについては皆も楽しみにしているであろう建国祭で大々的に発表することになる」
はぁ、建国祭でもやっぱりあるんだ。なら話すこととか考えて練習しないと駄目だな。
「これで祝辞は以上だ」
言いきった。という顔で司会をしていた人に目配せをして入学式は閉式となった。
「どこへ行く。この後話があると言っただろう。お前たちはこっちだ」
「え? だけど教室に戻らないと駄目なんじゃないの?」
「大丈夫だ。サボれ。後で担任には連絡を入れるように言っておく」
「サボッ! ……王様、グリフィン王の真似ですか?」
「そうだ。今日はグリフィン王も来てるからな。一同が顔を会わせられる機会は中々無い。貴重な経験になるぞ」
「……わかりました。でも連絡は先にしておいて欲しいです」
「……ちっ、意気地の無いヤツめ。わかったそうしよう」
「……舌打ちしたのも意気地が無いってところも聞こえましたからね」
「な、なんのことだ? 行くぞ、美味い菓子も用意してもらってあるから急ごう」
観覧席を見ると、父さんやイルミンスール伯爵様が席を立ち移動を始めていた。
だよね。父さんたちも呼ばれなきゃおかしいもんな。
俺たちは仕方なく、壇上から降りずに王様の後について行くことにした。
「俺がドライ様の奥さん……ど、どうしよう……」
ボソボソと下を向いて歩き、何か呟いているアンジェラ王女が段差を踏み外した。
ヤバッ――