第41話 初対面
「お帰りなさいませお嬢様。と、お客様ですね。ようこそおいでくださいました」
玄関を入ってすぐのホールで出迎えてくれたのは白髪交じりのメイドさん。
「アン、ただいま戻りましたわ。こちらはクリーク辺境伯家のドライ、お母様のところにまいります。案内は不要ですわよ」
アンさんと言うらしい。他は気配すらないのが気になるけど、伯爵家だし見えないところにたくさんいるんだろう。
クリーク家だとメイドや執事、雑事を行う使用人が余裕で百人越えてるもんな。
「クリーク辺境伯家のドライ……様……」
そういって凛としたメイドさんの顔色が悪くなり、固まってしまった。
あー、やっぱり噂を知っていて、信じちゃってるんだろうな。だったら初めて会った今この時が噂を塗り替えるチャンスだ。
リズの顔を見てコクリと頷いたあと、手を離してメイドさんに向き直りて挨拶をした。
「どうも、クリーク辺境伯家三男、ドライ・フォン・クリークです。本日はエリザベス嬢のお母さんのお見舞いにお邪魔させてもらいした」
丁寧な挨拶を見て驚きを隠せていないメイドさん。だけど顔色は少し戻った。
まあこれだけで解決とはいかないだろうけど、最初の一歩は踏み出せたと思う。
「ほら言ってた通りでしょ? ドライは噂のような方ではございませんの。とてもお優しい方ですからそんなに緊張しなくても大丈夫ですわよ」
「そ、そうでございますね。では、お茶の用意をして奥様のお部屋にお持ちいたしますね」
「ええ、お願いしますわ。ドライ、行きましょう、お母様に紹介しますわ」
「うん。じゃあアンさん、失礼しますね」
リズに手を引かれ屋敷の奥へ。背後で、『本当にまともなご挨拶を……』とか聞こえたけど、少しずつまわりの認識を変えていかなきゃな。
……おかしい。クリーク家で俺が住んでいる使用人の屋敷より小さいお屋敷だとしても、誰とも会わないって……。
振り替えるとホールで会ったメイドのアンさんも見えなくなっている。というかアンさん以外まだ誰とも会っていないよね……。
「ねえリズ、使用人さんが姿を見せないけど、俺ってやっぱり嫌われてるのかな?」
手を引かれ廊下を進んでいるとき思わずそんな質問をしてしまった。
「え? うちの使用人はアンだけですわよ? お母様についてきてくれたのはアンだけですわ。あと、この屋敷の管理をしてくれている老夫婦は裏に住んで、庭木などの手入れをしてくれていますわよ」
「……え? ということは使用人は三人だけ?」
こぢんまりしているとはいえ、貴族、それも伯爵家の屋敷に三人?
……少なすぎるだろ! イルミンスール伯爵はなにを考えてるんだよ!
「ですわ。アンが優秀で助かってますの。お母様の病気が酷くなるまでも、本家の別棟に三人で住んでいましたのよ。だからドライのように一人ではありませんでしたわ」
「そうなんだ。なら、メイドのアンさんは家族みたいなものだね」
「ええ。その通りですわドライ。ほら、着きましたわよ」
ついにリズのお母さんにご対面だ。ホールから程近いあまり大きくなさそうな部屋にいるんだな。
でも、考えようによれば近い方がいいのか、その方がアンさんも呼ばれたらすぐに来れるだろうし。
「隣がわたくしの部屋ですの。あ、そうですわ! ドライ、このお屋敷にも魔法陣を書いてくださらない? クリーニングだけでも書いてくださればアンの仕事も減りますから」
「いいよ、使えそうな魔法陣を片っ端から書いちゃおう」
「よろしくお願いいたしますわね。じゃあ入りますわよ」
コンコンコンと扉をノックしながら――
「お か あ さ ま わ た く し で す わ 入 り ま す わ よ」
――と。うん。リズってこの言い方気に入ってるんだな。
『どうぞ』
「ドライ、私が呼びにくるまで待っていてくださいましね」
「うん」
カチャリと扉を押し開け部屋見踏み入れるリズ。療養中だから服とか身だしなみを整える時間は必要だよね。
待つこと五分ほど、中からお呼びがかかった。
よし、行くぞ。初対面だから印象よく行かなきゃな。
内側から扉が開き、リズが顔を出した。
「どうぞですわ」
そういって手を前に出してきたので、そっと下から手を添えてエスコートの体勢に入る。
いつの間にか来ていたアンさんが扉を全開にして、『どうぞ』と小さく頭を下げた。
……うん。ミラさんに続き、アンさんには逆らわないようにしよう。まったく気配が無かったよ……。
「失礼いたします」
十畳ほどの部屋だ。ちょうど真ん中に置かれたシングルベッドに上半身を起こしている女性いた。
リズが大きくなったらこんな風に美人になるんだろうな。いってた通りリズの顔サイズの大きなものをお持ちだ
……ヤバい、ガン見してしまった。幸いリズは気づいてないようだけど……反省。
ちなみに俺の寝ているベッドよりデカイし、ふわふわそうだ。俺の部屋のベッドも変えなきゃな。
なるべく胸に視線がいかないよう努力しながらベッドの少し手前で止まる――
「お見舞いに来てくれたそうね、エマ・フォン・イルミンスールと申します」
「ご丁寧に。クリーク辺境伯家三男、ドライ・フォン・クリークです。本日はエリザベス嬢に無理を言い、お見舞いにうかがいました」
「もう二人とも、固い挨拶は終わりですわ。それよりお母様、飲んでもらいたいものがございますの」
「あらあらうふふ。リズの想い人の凛々しいドライ殿を、このままもう少し見ていたかったのですが、何を飲ませていただけるの?」
まだエスコートしたままだった手をきゅっきゅと握り浄化ポーションを催促してきた。
早速出すんだな、と握り合う手と手の間に上手くストレージから浄化ポーションを出す。
「これですわ! わたくしとドライが錬金してつくってきたものですわよ。お母様の病気が治るかもしれませんの」
思っていた流行り病ならこれで治るはず。原作だとリズが聖魔法で治すんだけど、浄化ポーションで治るならそれでいい。
それから治ったとしても……治ったことは秘密にして、このままこのクリークにいてもらうつもりだ。
でないとイルミンスール伯爵領に戻ればまたないがしろに扱われる日々に戻るだろう。
まあ今も似た状態だけど、気の知れたものだけだからこのままの方が良いに決まってる。
「まあ。二人が作ってくれたのね。錬金術も驚きだけど、ありがとう、いただくわね」
キュポンと栓を抜き、緑がかった透明の浄化ポーションを口につけ――