第29話 制圧
「くははははは! 間抜けな奴等だ!」
あっ、俺とリズに伸びてきたのはくっついたと思ったけど、ギリギリくっついてない。
触れる瞬間に消えていってるよな……イスが聖魔法が使えたら大丈夫って言ってたのはこれだな。
「ふう、言葉遣いが乱れましたね。それより洗脳が解けていたので焦りましたが助かりました。ツヴァイは近々殺るか洗脳し直すか計画していましたが、そっちから来てくれるとは手間が省けましたよ」
……もういいかな、あとは浄化してから聞けばいいし、浄化!
よし、リズ以外、ビクッとしたけどこれで洗脳は……うん。みんな洗脳の状態異常は無いね。
ゲヒルンも――ん? 消えてない? なんで? ……あっ、これか!
ステータスの装備に【精神支配の腕輪:ガイツ・ボッタクリーノ】が見える。
そうか、スキルの洗脳はツヴァイ兄さんのように解けたりするかもしれないからか。考えられてるな。
解けた時、近くにいればまだ洗脳し直したり挽回も出きるだろうけど、そうタイミングよく切れたりはしないだろうし。
というかこんなのがあるってことは奴隷にしちゃう魔道具もあるのかもしれないな。気をつけなきゃ。
ん? ……というか、この魔道具があれば洗脳してから嵌めてしまえば楽なのに、なんでやらないんだ?
……まあ、やってないんだから数を準備できないとか、何か理由があるんだろうけどね。
「それにイルミンスール家のゴミ娘ですか、確か当主が気まぐれに手を出したメイド、低級貴族の娘でしたか……使い道はありませんね」
なんだコイツ! リズどころかお母さんまで! 絶対許さない!
「……待て、焦る必要はありません。近頃生け贄ドライによく会いに来ていますから、アインやツヴァイと一緒に苛めてもらいましょうか……贄が抱える負の感情はいくらあっても良いですからね」
生け贄とか負の感情とか分からないけど、とりあえず一発ぶっ飛ばしてもいいよねっ!
「お前! リズやリズのお母さんに謝れ!」
「なにグフォ!」
一足でゲヒルンの目の前まで飛び込み、おもいっきりお腹に拳をめり込ませた。
続けて、くの字になり下がった顎へ肘打ちを入れると、ゲヒルンは吹き飛ぶまではいかなかったが、床に倒れ込んだ。
「聞いてるかゲヒルン! 謝らないなら――」
「待つのだドライ。ゲヒルンはもう気絶しておるぞ」
「え?」
……本当だ。白目むいてる。
「ふむ。落ち着け、ドライよ。そのまま続ければ聞きたいことも聞けんようになるのである。だが、今のが洗脳であるか……指先ひとつ動かせる気がしなかったぞ」
「ふう、本当にそうだね。浄化で洗脳が解けると分かっていても、もう二度と体験はしたくないよ。ドライ、ありがとうね」
「うむ。ドライには感謝しかないのである」
「ドライ様。本当にありがとうございます」
「あ、うん、ごめんなさい。リズとリズのお母さんが馬鹿にされて頭に血がのぼっちゃいました」
「ドライ、わたくしとお母様のことでそんなにも怒ってくださりますのね♡ 幸せですわ♡」
リズがイスの巨乳を押し付けるように腕に抱きついてきた。それに目がハートになってるし……可愛い。
でもイスが潰れてるからほどほどにね。
……だけど、聞かなきゃいけないことはたくさんある。だからここで止めるのは正解か。
本当なら洗脳を使用した者は今すぐにでも殺さなきゃいけない。少し遅くなるだけで、洗脳された人が取り返しのつかないことをしてしまう可能性だってある。
洗脳で処刑、殺しちゃうってことか……普通にゲヒルンはそれを使った凶悪な犯罪者とはいえ、人の命を奪うのが正しいと考えている。
元の世界では本当に考えられない思考なのにな。
「とりあえず逃げ出さないように拘束しちゃおうよ。ドライはロープかなにか持ってない?」
「アイン様、拘束具でしたら私が持っておりますので――」
いつの間にかミラさんの手にはロープが握られていて、驚いている内にゲヒルンを縛り終わっていた。
「――拘束いたしました」
早いよ……見えなかったし……。っと、そうだ、ゲヒルンが起きる前にみんなに言っておかなきゃな。
「アイン兄さん、ツヴァイ兄さん。実はこのゲヒルンも洗脳されていました。今もまだ精神支配の腕輪で洗脳されたままです」
「なに! 本当であるか!」
「まさか、そんなことあり得るのですか……」
「その洗脳した人は、ガイツ・ボッタクリーノ。この名前は知っていますか?」
鑑定で出た名前を出すと、顔が歪むツヴァイ兄さんとミラさん。
「ボッタクリーノ商会長のガイツでしょうか……クリーク辺境伯領で一番大きな商会の?」
「アイン兄さんは知っているのですね、商会の会長、か。洗脳が使える商会長ならどんな大きな商談もまとめ放題だよねそれ」
「なるほど。学園から帰る前、なぜ潰れていないのか不思議であったが、そういうことであるか。実はな――」
潰れていない? どういうことだ?
ツヴァイ兄さんはミラとの出会いから昔あったことを話し始めた。
「――その事を当時も執事をしておったコヤツを通して父上に進言していたのだが、揉み消しておったのであろうな」
「見ず知らずの少女、ミラさんをお助けしたのですわね。ツヴァイ様も洗脳される以前はドライのように良い方でしたのね」
ジト目のリズ……可愛いけど、ちょっと止めてあげようね。
「う、うむ。ドライをだな、虐めておったことはだな、本当に申し訳なく思っていてだな……」
可愛いけど迫力があるみたいで、ツヴァイ兄さんはしどろもどろに鳴ってる。それに……。
「リズ、ツヴァイ兄さんが困ってるし、ミラさんも……うん、ミラさんは幸せそうだから置いといて、今は」
……やっぱりうっすら目を開けている。今目が合ったし。
それでも床に転がり動かないゲヒルンに声をかける。
「……ねえ、起きてるんでしょ?」
そういってわき腹を強めに蹴ってやった。だって、さっきから薄目を開けてたし。
「グフッ!」
「ふむ。ゲヒルン。起きたのであれば話を聞こうではないか。ガイツ・ボッタクリーノのことについてもな」
「ど、どなたですかな、その方は――」
「あ、外し忘れてましたね。ほいっと」
精神支配の腕輪を手首から引き抜いてやった。
「なにを! ……っ! う、嘘だ……」
うん、正気に戻ったみたい。
ゲヒルンはみるみる顔が青くなり、カタカタ震えだした。