第28話 お部屋訪問
デカいな……これで通用口だろ……バスケのコート何面できるんだよ……。
ミラさんの先導で屋敷に入ったのはいいんだけどデカ過ぎる。これなら正面玄関だとホールでサッカーができるんじゃないかと思えるほどだ。
さすが公爵の次の位なだけあるのかもしれないな。
……いや、お城の位置を考えると、これで正解か。
クリークの街は魔の森と隣国のすぐ側だ。この城は街を守るための砦のように一番外側に建っている。
だとするなら、この大きなホールは兵士たちを集めたり、待機させるためにはこれくらいのデカさが欲しいのかもしれない。
ホールを抜け、使用人が使う通路に入る。これもまた城に来たお客さんと、使用人がなるべく会わないための配慮だそうだ。
だからそんなところを俺とリズは、まあ、『なんでここにいるんだ』と思われるだけだろう。
だけど兄さんたちは違う。何事かと通る通路へ皆が何かしてただろうにわざわざ出てきて、壁際で頭を下げて通りすぎるまで並んでくれるのだ。
『ドライ、出てきてくれていますし、向かうがてら浄化していきませんこと?』
『いいね。じゃあ俺が右でリズは左ね。なるべくたくさんの人を一度にできるよう頑張ってね』
『はいですわ。ドライを虐めてきたものたちですが、攻撃魔法で! じゃなくてその心根を浄化してやりますわよ!』
うん。一瞬手にファイアーボールが出かけてたよね……なんとか踏みとどまってくれたみたい……。
だけど、洗脳されてない人はたぶん大丈夫だろうし、洗脳されていた人たちもやりたくてやった訳じゃないはずだからね。
どんどん進み、ほぼ城の中央に位置する、執事やメイドでも、メイド長やメイドの中でも貴族の子女たちが待機したり、休んだりする区域に入った。
「一番奥、右がゲヒルンの部屋です。アイン様のお名前を使わせていただいてよろしいでしょうか」
「はい、大丈夫ですよ。使ってください。ドライは準備をよろしくね。それと、くれぐれも洗脳されないようにお願いします」
「うむ。なぜこのような暴挙を長年に渡ってやってきたのか聞きたいところではあるからな。頼んだぞドライ」
「はい。部屋に入って、洗脳されてもすぐに浄化すれば良いんでしょ? リズもお願いね」
「はいですわ。ドライをあんな処遇にした黒幕ですもの、ちょっとくらい痛い目にあわせても問題ありませんわよね」
う、ん。大丈夫そうだ。痛い目にあわせるだけなら……ね。
ここまで来ると使用人の数も激減して、すれ違うものもいなくなる。
そして、話し声が聞かれないように黙ったままついにゲヒルンの部屋の前に到着した。
「では――」
コンコン――
ミラさんが何度かノックをした後、扉の向こうから声が聞こえてきた。
『どちら様でしょうか』
「アイン様がおみえです」
『何ですと? アイン様がこちらに?』
「はい。開けますよ」
『……今はお会いできる格好ではありません。着替えてお伺いいたしますので、部屋でお待ちください』
ガチャガチャ――
何か言ってますがミラさんは聞く耳持たずでドアを押した。が、鍵がかかっているようです。
「アイン様がおみえなのです。開けなさい」
『なぜだ? アイン様は自室でお待ちください』
シーンとした通路に、扉の向こうでガサガサと動く音が微かに聞こえてくる。
「開けない。と言うことでよろしいですね。嫡男であるアイン様をこのような廊下で待たせた挙げ句、部屋に帰れと?」
そう言いながら中腰になったミラさんは針金のようなものをどこからか取り出し、素早く鍵穴に差し込むと――
ガチャンと、重い金属音が聞こえた。
ピッキングかよ! それに早いよ!
「入ります」
『な、な、なに! ま、待て! なぜだ部屋に帰れと言っただろう!』
うん。帰れとか完全に命令じゃん。それに待つわけないよね。
ミラさんが先頭で、ツヴァイ兄さん、アイン兄さんが続き、その二人の巨体に隠れるように俺たちが後に続く。
いや、勝手に隠れちゃうんだけどね。
「ゲヒルンよ。兄上が足を運んだのだ。すみやかに開けぬか。不敬であるぞ」
「ツ、ツヴァイさ、ま」
驚いてるところに、俺もアイン兄さんを真ん中に左にツヴァイ兄さん。右側に俺もならんでおく。
ゲヒルンはロマンスグレーで背が高く背筋がピンッとのびた姿勢の良いお爺さんだ。特徴は……岩城○一先輩に似ているかな。
あ、岩城○一先輩と比べるなんて失礼なことを。すいません先輩。
「そ、それにドライだと! ドライ! キサマは城への出入りを禁止している! すみやかに牢屋へ戻れ!」
「ふむ。クリーク家の三男に向かって執事がそのような言葉を投げ掛けるとは、やはり腐っておるな」
そう言って目配せしてきたので、鑑定したらやっぱり洗脳スキルを持っていたし、コクリと頷いておく。
というか、この人の、洗脳のスキル以外がなんだか商人っぽい。計算とか目利き、話術なんて持ってるし。
まあ計算も目利きも、話術だって執事が持ってても便利なスキルではあるのか。
『気を付けなさいドライ。こんなに簡単に行ってるときは落とし穴があるに決まってるの』
『イス、そうなの? 確かに凄く順調だけど……そうだね、慎重に――嘘! この人も洗脳されてるよ!』
もう一度鑑定して、しっかりと見直すと、『なんで今それを見落とすんだよ!』と言いたくなる(洗脳)の文字がどーんとあった。
『ほら見なさい、ならかけた人も分かるでしょ?』
『えっと、かけた人は――ガイツ・ボッタクリーノ? 誰だろ?』
聞いたこともない名前の人だ。たぶんこの城にいる人だと思う。ミドルネームがないから平民だよな。
「チッ! やはりまともに戻っているようですね。ですがそちらから来てくれたのですから歓迎いたしましょう馬鹿貴族ども」
「ほほう。馬鹿貴族とな? くくっ、本当にその通りである。だが、ついに正体を現したようであるなゲヒルン」
本当に楽しそうに笑うね、そう言えばツヴァイ役の演者さんもこんな笑い方してたよ。
「ツヴァイ、キサマがここ数日おかしな動きをしていたから監視と、あわよくば暗殺まで考えていましたが、こうして私の前に来てくれましたので、一つ、面白いものをお見せしましょうではないですか」
うん。こっちも悪者顔だよ。さて、取り押さえる予定だったけど――
「ゲヒルン、いったい何を見せてくれるんだい?」
「チッ、アインも解けてるようですね、さすが貴族様は耐性が強いから面倒です。クソ当主もしぶとくて何度もかけ直さなければなりませんし。仕方ありませんね。ほら皆さん私に注目してください」
『ドライ、とりあえずこの人の洗脳を解いちゃいなさい。問い詰めるのははそれからで良いんじゃない』
『そうだね。どうやるのかちょっとみておきたかったけど――』
「スキル! 洗脳!」
あ、言うだけなんだ……。いや、違うぞ! ほほう、何かゲヒルンから糸みたいなのが伸びて、みんなのおでこ、当然俺にもくっついた。
「くははははは! 間抜けな奴等だ!」