◆第17.5話 クリーク家の面々(次男ツヴァイ視点)
ぬぅー! なんたる失態をファラフェル王女の前で晒してしまったのだ!
「ツヴァイ様! いけません――」
「黙れ! 私が暴れようがメイド、お前が掃除に来ておるのだろう! すぐにキレイにいたせ!」
煌びやかな調度品の銅像を壁に掛かる絵画へ投げつける。
「これは二百年前の巨匠が描かれた名作でございます!」
何っ! このメイド、今まで横で私の横で止めようとしておったのに、なぜ絵画の前で銅像を受け止めておるのだ?
「ええいうるさい!」
テーブルの上にあった水差しを絵画とは逆にある、テラスに出るガラス張りの大扉に投げつけた。
「ツヴァイ様! このガラス扉もクリーク家の創始者ヌル様が当時の王から賜ったものでございます!」
は!? どう言うことだ? 絵画の前におったメイドがなぜこちらにおるのだ?
そっと後ろを見るが、メイドはおらず、銅像が元の位置にっ! 水差しもだと! メイドは!?
メイドは横におるだと……このメイドには逆らっては駄目だと私の中で危険をしらせる鐘がなり続けている。
「メイド……」
「はい、ツヴァイ様」
「お主、何者だ?」
「っ! わ、わたくしは先日ツヴァイ様付きとなったミラと申します! あの、以前街で暴漢に襲われそうなところを助けてもらったものです!」
「何? 私がそのようなこと……」
「あれはわたくしがまだ十歳の頃でございます――」
ミラと名乗るメイドが語り始め、いつもなら無視であるが聞いているうちに思い出してきた。
頭痛と共に。
あれは五年前、十五になり、王都の学園へ向かう途中であった。あの頃は前年まで毎日兄上に虐められ、学園で再会することを憂鬱に思っていた。
……虐められていた?
馬車に乗り、貴族や豪商が屋敷を構える区域を出てすぐだった。
御者さんと話をしながら様々な店が建ち並ぶ大通りを進む。
そこへ路地から走り出てくる女の子が私の乗る馬車の前を遮ったのだ。
御者は乱暴だったがなんとか馬車を止め、事なきを得た。そして――
「御者さん! 大丈夫ですか!」
馬車の戸を乱暴だが足で蹴り開け、飛び出した。
良かった、御者さんは無事か。あんなに急制動をしたから馬車から振り落とされてるかと思ったよ。
「坊っちゃん! 馬車にお戻りください! ぼ、暴漢がおります!」
「何っ!」
御者さんが言った通り、四頭引きの馬の前で剣を抜いた暴漢に襲われる女の子がいた。
どうする。相手は大人三人。一人は剣を、二人はナイフを持って女の子を取り囲もうとしている。
私にできるのか……。っ! 私はクリーク辺境伯家の次男! 辺境を護る家の者だ! か弱い娘の一人も護れなくてクリーク家の名を名乗るわけにはいかない!
「待てっ! 大人の男三人がよってたかって追い詰める相手ですか!」
「誰だテメエ! 関係ねえガキは引っ込んでろ!」
「そうはいきません。私はクリーク――って怪我しているじゃないですか! 大丈夫かい君」
男たちと女の子の間に入り、名乗る途中で気がついた。腕や足が真っ赤に染まっていた。
なんで気づかないんだよ、血だらけじゃないか!
「あなたたち、この子が何をしたのですか? このように怪我を負わせ、殺そうと思うことなのですか?」
「ソイツはな! 借りた金を返さねえなら身を売れと言えば嫌だとかぬかす! なら後は奴隷にでもして金を回収するしかねえんだよ!」
「そうだ! だってのに奴隷商に連れていこうとしたら噛みつきやがって! 見ろこの歯形を!」
「こっちは脛を蹴られて青アザになってんだぞ!」
確かに歯形と青アザはあるな。
「なるほど。あなた方が一方的に悪くはないとわかりました。では君、まずは怪我の治療が先ですね。御者さん。お願いできますか?」
「あ、あの、この人たちが言ってることは本当です。でも私が借りたお金は大銅貨一枚。なのに十日で金貨一枚返せと無茶なこと言ってくるんです」
「大銅貨一枚が十日で――」
大銅貨 10 →銀貨 1(銅貨100枚)
銀貨 10 →大銀貨 1(銅貨1000枚)
大銀貨 10 →金貨 1(銅貨10000枚)
だから……千倍じゃないか!
「なるほど。では返済のためにうかがいたいので、教えてほしいのですが、どちらの金貸しですか?」
「おっ? 払ってくれるんなら誰でも良いぜ。俺たちはこのクリークで一番の金貸し、ボッタクリーノ商会だ」
「兄貴、金貨一枚と今回の怪我は教会で治してもらわねえと」
「そっすよ兄貴。三人の治療代金貨三枚でどっすか?」
「それは取りすぎだぜ。ま、間を取って借金が一枚、治療代はおまけして二枚だな。あわせて金貨三枚だ。払えるか坊っちゃんよ」
そうだ。そして女の子を治療したあとボッタクリーノ商会を潰すよう父上に進言しに戻った記憶がある。
よく見ればミラの手に残る傷も知っている。
……私はなぜこんなことを忘れていたのだ?
それに兄上に虐められていたことも忘れていたのだ?
学園を卒業し、屋敷に帰ってきてからずっとあったイライラと、霞がかっていた頭がスッキリとしている。
……そうだ。私はなんてことをしてきたんだ……メイドに乱暴し、弟のドライにも辛く当たっていた。
まさか禁忌とされる洗脳? なら誰が私に? もしかして兄上が? いや、今日のドライの件でも兄上は私を助けてくれていた。
ならばあの私を虐めていた兄上も私と同じなのかもしれない。
……この屋敷で私にそのようなことをできる人物はおそらくだが二人。父上に母上だ……が……。
これは、私一人では無理だ。しかし誰に相談できる……辺境伯は侯爵様と同じ位。ならば公爵様か王族の方々、一番は王様だが繋がりは私にはない。
ならば――