第122話 憑依された二人
「笑いに来たのかキサマら!」
奴隷の魔道具はつけられたままだけど、声は普通に出せるようだ。
隣でアーシュもいるが、俺たちが来る前に暴れたのか兵士に押さえつけられ、猿ぐつわがされ、うめき声をあげている。
「ヒエン。別れの挨拶をしに来てやったぞ」
拳を握りしめ、震える声でアンジーがヒエン王子に話しかけた。
その背後で王様が教皇についての罪状を読み上げている。
「アンジェラ! 別れの挨拶だと! どうせ無様な私を笑いに来たのだろう!」
「……おとなしくオヤジや、ドルーアの忠言を聞いていればこんな無様なことにはならなかったのにな」
アンジーの言う通りだ。入学式で出会ってから、数度しか顔を会わせていないけど、本当にその通りだと思う。
自分に都合がいいことしか興味がなく、聞いた記憶すら捨ててしまう自己中な人物だと誰もが知っている。
……というか、王様がちゃんと躾なきゃ駄目なんだけどな。
「そんなことはない! 私は何も間違ったことはしていない! 間違っていたのはお前たちだ!」
……やっぱりな。自分が悪かったとは思ってもいない。
「そうかよ。ならこれでお別れだ。あのつれていかれた日から会ってねえからよ。もし反省してんなら……いや、今さらだな」
うつむいたアンジーの足元にシミができた。泣いてる……。
アンジーの横に移動して肩を抱いてやる。触れた瞬間、膝の力が抜けたように寄りかかってくる。
「ド、ライ……」
『大丈夫。ほら、俺も、みんなもいるから』
『辛いならもうお止めになってもいいですのよ』
『そうよ。悪いのはヒエン王子なんだから』
『そうでございます。わたくしどもがついております』
『わ、私もついてますから』
『アンジー。ほらほらわたしもいるからね』
『ふむ。わらわもおるぞ』
みんながアンジーに寄り添うようにくっついてきた。
「みんな……。うん、俺……ちゃんとやるよ」
「な、何を言ってる? た、助けてくれるのか? お、おい、そうだ、は、早く助けろ! 私は王子だ! このようなところで死ぬわけにはいかんのだ! アンジェラ、は、早くこの縄を外せ!」
「ヒエン、お前どうせ反省はしてないんだろ?」
「反省? どうして私が反省などせねばならん! ほら、早くしろ! そうだ! 父上にこの処刑を即刻取り止めるように進言してこい!」
「ほんと、話を聞かないのは治らねえな……」
「今ならまだ教皇様の処刑も止められる! それに魔王を倒せる唯一の勇者、アーシュの処刑も駄目だ! 父上はきっと魔王の手先に惑わされているんだ!」
「はぁ……取り調べで聞いてないのか? アイツはもう勇者じゃねえぞ。っと、ヒエン。もう時間切れみたいだ」
「おい! どこへ行く! 父上はあちらだ! そっちではない!」
「……ヒエン。もし生まれ変わることがあれば、今度は人の話は素直に聞けるようにするんだぞ……じゃあな」
「待て! どこへ行くアンジェラ! 待つの……りゃ!」
ヒエンからゾワゾワと背筋に冷たさが走る。なんだ、何が起こってるんだこれ!
『ドライ! 馬鹿王子が突っ込んで来るわよ!』
イスの警告の言葉に臨戦態勢を取る。
「ぐわっ! に、逃がすな!」
油断していたのか、ヒエン王子が兵士を振り切り、体当たりでもするようにマオ―に突っ込んできた。
なんなんだ! ヒエン王子の気配が変わったぞ!
目が赤く染まり、大きく口を開けてヨダレをたらし、信じられない速さでマオーの首元に食らいつこうとしてきた。
「させるか!」
手加減スキルを発動させながら平手打ちを食らわせ吹き飛ばす。
「取り押さえろ!」
兵士も暴れだしたヒエンを捕らえるために動き出したが――
「グガァアアアア!」
今度はアーシュの気配も変わった!?
押さえつけていた兵士二人を吹き飛ばして同じようにマオーに走りよってくる。
「なんじゃお主ら! 大人しくしておれ!」
「あっ! マオー手加減!」
バチン! バチン! と手加減スキルの無い平手打ちが二人に炸裂した。
「あっ! しもうた!」
吹き飛ぶヒエンとアーシュのステータスが見えた。
「アザゼルの目って嘘だろ! 気を付けろ! まだ来るぞ!」
空中で猫のように体の向きを変え、着地した瞬間に石畳の地面を割りながら蹴り、あり得ない方向に首を傾けながら向かってくる。
「なんなんじゃこやつらは! なぜ動けるのじゃ!」
二人はシンクロしたように飛び上がり、飛びかかってきた。
「称号にアザゼルの目って出てる! 油断しないで!」
洗脳かとも思ったけど、洗脳よりたちが悪そうだ。
『あらあら。来ちゃったんだー。ドライが言ってた空に浮かぶ月のままなら邪神も長生きできたのにねー』
「イス! 名もなき島だ! 飛ぶよ!」
『にひひひ。一気にやっちゃうって作戦ねー。ならー、元勇者はドライが捕まえてねー。わたしは王子をつれてくわー。ほいっと!』
「任せて! みんなも掴まっていてね!」
後ろ手に縛られていた手は、引きちぎられたのか、自由になっていて、やはりマオーにめがけて拳を繰り出してきた。
『遅いわねー。どっこいしょー』
俺とイス以外が反応の遅れた中だけど間に合った。
ペチンとヒエンの拳をイスが止め、アーシュの拳を俺が止めた。
「こっちも捕まえた! 行くよ! 転移!」