第120話 ヒエンの行く末
「にわかには信じられんが、大聖堂が更地になり、邪神、アザゼルの心臓を倒してきたと……」
「はい。それに王様、教皇たちも地下牢に放り込んであるので、まずは確認してもらえますか?」
「そう、だったな。兵に……いや、直接行こう。ドライたちもついてきてくれ、また逃げ出されては面倒なのでな……あの馬鹿も」
その捕まえてきた中にヒエン王子がいるからなのか、表情は暗い。いつもの悪戯好きの王様とはまったく雰囲気が違う。
地下に下り、イスの案内でまとめて放り込んだという部屋の前にやってきた。
「ここか。飛び出してくる可能性がある。一人として逃さぬよう心せよ」
「「「はっ!」」」
そこは地下牢でも一番奥、凶悪犯や、重罪人か入れられる、もっとも強固な牢屋だそうだ。
そんな牢屋があるなら、『牢屋は全部そうしておけよ!』とつっこみたいところだけど、金銭的に中々思いきれないらしい。
それに、ここには元々一人の重罪人が入っていたそうだ。
先代の王を薬で眠らせたあと、王妃と側室を強姦し、殺した元高位貴族、そのときの宰相をしていた人物らしい。
洗脳が解ける前のツヴァイ兄さんみたいだな……ツヴァイ兄さんはアイン兄さんの婚約者候補だったファラを強姦したあと殺すはずだったし。
もしかすると、その宰相さんも洗脳されていたかもしれないな。
イスも『先客がいたけど、転移でそこに放り込んできたよー』と言ってたけど、元宰相か……。
通路を塞ぐように兵士たちが陣取り、扉を開ける準備が整った。
一人の兵士が鍵束を手に、前に出て、鍵を開ける。
ガチャン。と通路に響く金属音のあと……あれ? 反応がないね? てっきり飛び出して来ると思ったけど。
三人の兵士が抜き身の剣を扉に向ける中、扉が開かれると、ドサドサとほぼ裸の人が倒れ込み、部屋の外へ。
中、詰まってるじゃん……。
思ってたより小さな部屋だったようで、そこに詰め込まれたからなのか、倒れ出てきたものは、ぐったりとして動かない。
死んではいないようだけど、HPは少し減ってるな……。
『どう? 面白いでしょ? これなら身動きもできないしー、逃げられないしねー』
それはそうだけど、八畳間ほどの部屋に、パッと見ただけでも五十人以上が詰まっているようだ。
それもパンツだけの半裸の男と、何人かのドロワーズと薄いシャツを着た女性が詰まっている。九割は男だけど……。
男は、まあ、いいとして、女性は……少し、いや、だいぶ気の毒に思える……。
「……これなら武器も隠し持てはしないだろう。おい、意識が戻る前に引っ張り出して、奴隷の魔道具をつけるんだ」
厳しい顔の王様の言葉を聞き、兵士たちが次々と部屋から出したものの首に魔道具を嵌めていく。
「陛下……あの、ヒエン王子がいたのですが、これはいったい……どういうことでしょうか……」
引っ張り出されたヒエン王子は全裸だ。モラークスと一緒に捕まえた、アーナホールに抱き抱えられている。
いや、それだけならいいんだけど……アーナホールのアレがヒエンのお尻に突き刺さってるじゃん……。
「くっ、早く引き離せ。だが、ヒエン、どうなっているのだ……」
兵士がアーナホールを引き剥がすと同時に、ズルリと引き抜かれたんだけど、仰向けで、大股開きになったヒエンの股間には男の象徴たるものがなにも無かった。
ヒエンって、将来宰相になって子供いたはずなのに、これって……この世界って無くても……魔法、か。アーシュはワームに食われたし。
「……いや、今は他のものと同じ扱いで構わない。連れていけ」
そのあとも、棒だけなくなってる勇者や教皇もいることが確認できた。
王様の執務室に戻ってきた俺たちは、教国での出来事の細かい報告を始める。
当然、邪神を封印している元聖女で魔王。そして勇者になったマオーのことについてもだ。
「伝え聞く話と違いすぎる。いや、そうか、魔王というのは元々小さな教会、アザゼルを奉る教会が言い出したと古い書物に書いてあったな……そう考えると、アザゼル派の自作自演、というところか」
自作自演か。邪神の復活を目指しているようだし、その通りかもしれない。
それに今回の勇者にしてもそうだ。いくら魔王を倒せる唯一の存在だとしても、アレは無い。
それを勇者だからとやりたい放題させていたのも結局負の感情を集めるためだと考えればしっくり来るもんな。
もしかすると『勇者』が暴れると、負の感情が通常より集まったりするのかもしれない。
「……それで、邪神についてだが、名もなき島に身体があったと。そして教国の大聖堂に心臓があり、心臓は消滅させた。ということでいいのだな?」
「はい。近い内に名もなき島の身体を消滅させたいと思っています。しばらく学園を休むことになるとは思いますけど」
それについてはそう心配はしていない。心臓とは比べ物になら無いほどステータスに差があったけど、まだ身体は想定内だ。
問題は『目』だ。アレはマズイ。消滅させることはおそらくできるんだろうけど……。
「休学については私から学園に申し入れしておくから心配するな。それで、三つ目の『目』については――」
『ヒエン殿下が目を覚ましましたのでお連れしました』
執務室の外からそう声がかかった。
「……入れ」
扉が開かれ、服を着たヒエン王子がうつむいたまま入ってくる。
が、その顔は怒っているのか、歯を食いしばり俺を睨み付けている。
いやいや、悪さしたのは自分で、俺は止めただけだし、自業自得だよね?
そして王様が座る向かいのソファーに座ろうとするヒエン。
「立っておれ」
と短く言い放つと、うつむいた顔を上げ、拘束された手を振りほどき、俺たちを指差しながら――
「なっ! ですがそのものたちは座っているではないですか! 私が座れないのであれば、そのものたちは床に跪くのが当然でしょう!」
――唾を飛ばし怒鳴ってきた。
兵士さん。ちゃんと捕まえておいてくれなきゃ……。
「すぐ終わる。ヒエン。残念だがもう庇い立てはできない。廃嫡だ。貴族としての叙爵もせぬ」
「廃嫡!? 叙爵もしないとはどういうことですか! 私は第三王子ですよ! カサブランカの正当な王族の一員です! その判断はお待ちください父上!」
「待たん。育て方を間違えた私の罪だ。幽閉で済まそうとしたのは間違っていたようだ。許せ」
「で、では私が平民になるということですか!」
「いや……すべての罪を明らかにしたあと……」
ああ、そうだよな……この世界での刑罰なら――
「斬首刑とする。ヒエンをつれて行け。……余罪も含めてすべて吐かせろ! 手加減は必要ない!」
喚き泣き叫び暴れるヒエン王子が兵士に引きずられ、執務室から出されていった。
「ヒエンに刑を言い渡すときは、ケジメのため、お前たちにも聞いてもらいたく、ここにつれてこさせた。嫌なものを見せたこと申し訳ない」
ヒエン王子が出ていった扉を歯を食いしばり、涙を我慢しながら王様はそう言い、俺たちに向かって深く頭を垂れた。