第112話 笑う一人と一匹
「は? ヒエン王子が?」
応接室を出た俺たちは、王様の執務室に向かう途中で聞こえてきたことで、大体の予想はできていた。
だけど、王様の口から出た話しは、その予想を上回っている。
俺たちにしたことがあったので、幽閉から禁固に変えたそうだけど……どう考えても、あのヒエン王子が実行できるとは思えない。
だというのに、誰一人通さないようにしていたにも関わらず閉じられていた部屋を抜け出している。
さらに尖塔から地下牢まで結構な距離があるというのに、勇者を投獄するタイミングで地下へ下りるところでやっと見つけたそうだ。
それだけでもおかしなことなのに、頑丈な扉と、兵士たちに囲まれ、逃げ場の無い部屋で尋問中だった、教皇や聖騎士たちまで連れ、転移で逃げた。
「禁固中の尖塔から抜け出たことも、到底あり得ないことなんだが……ヒエンの奴、なにを考えているのだ」
「今、地下の様子はわからないのですか?」
「ああ。炎に飲まれ、監視用の魔道具が壊れたんだ」
転移で消えた際、置き土産のように城に火を放ち、地下牢は火の海となって、今もまだ燃え続けているらしい。
心配なのは、今もまだ燃えている地下牢に取り残されているだろう兵士や尋問官たち。安否は当然わからない。
地下牢……そんなに燃え続けるものはないはずだ。石造りの床に壁、天井に、鉄格子。
燃えるものといえば、そう多くはない。あったとしても、尋問室の机や椅子と罪人たちの衣服程度だ。
「転移で逃げたなら、俺が行って捕まえてきます。それよりまだ燃えているなら、おそらくですけど、魔法の炎だと思いますよ」
『イス。教皇が転移で逃げようとした部屋ならすぐに行けるんだよね?』
『当然ね。それより、火を消した方がいいんじゃない?』
『うん。そうするよ』
「ドライ。あの火を消せるのなら頼みたい。その後で良い。できるならあのものたちを捕えてきてくれ。頼む」
「わかりました。みんなはここで待ってて。俺と……イス。ついてきてくれる?」
『まっかせてー。リズ、ちょっと行ってくるねー』
「頑張ってきてくださいませ。イス様、ドライをよろしくお願いいたしますわね」
リズの胸元から飛び出してきたイスが俺の頭に飛び乗ったところで、地下牢の入口に転移で移動した。
『酷いわね。階段の入口から火が吹き出してるじゃない』
イスの言うとおり、階段から吹き出る炎が天井を焦がしている。
「イス。たぶんこれって魔道具だよね?」
気配を探ると、階段の下に魔力が感じられた。それと――
『そうみたいね~。あら、地下にまだ生きてる人がいるわね? 入口だけふさいだだけなの?』
「かもね。なら話は早い。地下牢まで転移で行って魔道具を止めるだけだ。行くよ」
そう決めたら早い方がいい。これだけ勢い良く燃えているってことは、地下の酸素が無くなる可能性がある。
相当数の牢がある地下牢だ。なら何ヵ所も通気口があるはず。
まあ、魔法の火が、酸素を必要としているかどうかはわからないが、急いだ方がいい。
「熱っ! 助けにきましたよ! ……あれ?」
ゴーと音を立て、炎を吹き出している宝箱のせいで、我慢できないほどではないけど、地下は熱気に包まれていた。
熱さもだけど、転移して最初に感じた違和感……とぼとぼと歩いていたり、立ち尽くしていたり、石畳の上で座り、寝ころぶ人たち。
背後でごうごうと火が燃え盛っているにも関わらず、誰も声を出したり、逃げようとする素振りすらない。
いや、これって、気にも止めてないって感じだ……こんなのまるで魂が抜け落ちたように虚ろな眼をしている。
「おかしいな……っは!? 夢遊? 夢遊ってどんな状態異常なんだ?」
夢遊病みたいなものかな? うろうろしている人たちを見てるかぎり、心神喪失っぽい演技をしたときに似ている気がするんだけど……。
『ドライ、それよりは焼く魔道具をどうにかしちゃいましょ。状態異常なら、あとからどうにでもなるでしょ?』
イスの言葉に意識を切り替え、火を吹く魔道具に眼を向け鑑定をかける。
使い捨ての魔道具のようだ。一度発動すれば、小一時間止まることがないと出た。
「壊せばいいよね。アースニードル!」
土魔法の最小攻撃力を誇るアースニードルを一発だけ、魔道具に向けて撃ち出した。
プシュッ!
土魔法の針に炎の壁は防御にすらならず、宝箱形の魔道具をなんの抵抗もなく突き抜けた瞬間に炎は立ち消え、近づくこともできなかった熱気も少しマシになった。
『魔道具はそれでいいわね。あとはなんだっけ、むゆう? それだけど、浄化で治るわよね?』
「たぶん大丈夫だとは思うけど」
一番近くで座っている人に浄化をかけると、ステータスの状態異常の夢遊が消えたけど、そのまま気絶してしまった。
ゴンと床で頭をぶつけたから、回復もかけておこう。
「あ、うん。気絶しちゃったけど、治ったよ」
『ならさっさと浄化しちゃってアイツら捕まえに行きましょ。なんなら教国、ぶっ飛ばしてもいいのよね?』
「……いいかもしれない。一応アザゼル派だけに絞らないと駄目だけど……やっちゃう?」
『くふふふふふ。いいわね』
頭の上でぷるぷる震えているだけなんだけど、もしイスに表情があったなら、それはもう悪い顔をしているに違いない。
「でしょ~。どうせなら一気に、ね」
『くふふふふふ』
「あははははは」
国を滅ぼす悪者になった気分で行っちゃいますか。