表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
13/13

エピローグ

通された自分の部屋は、掃除が行き届いていて、年頃の娘の部屋らしく飾りつけられていて、本棚があって、オルキデアの好み通りのものだった。

 そして、なぜか山のような贈り物が積んであった。

 遅れてやってきた父、共にやってきた母は、それを見て戸惑っている彼女にこう言った。

「毎年、お前の誕生日に贈り物をしていたんだよ。お前が生きていると信じて、なにをあげたら喜ぶだろう、と想像して、お前の嬉しい顔を思い浮かべていたんだ」

「私の……誕生日」

「八番目の月の、九日だ。立秋の手前だね」

 違う。私の誕生日は、この前祝った。ヘクターと同じ日だ。

 オルキデアは言葉を飲み込んだ。

「開けてごらんなさい。あなたが贈り物を開けるのを見てみたいわ」

 カサ、と包み紙の一つを開けると、幼い子供のためのぬいぐるみが出てきた。もう一つを開けると、今度は大きな本が出てきた。別のものを開けると、小さな首飾りが出てきた。「みんなあなたのものよ。今年の誕生日は、なににしようかしらね」

 嬉しいはずの贈り物が、あまり嬉しくない。

 いや、嬉しいのだ。

 しかし、ヘクターから贈られた緑の石の首飾りをもらった時の方が嬉しくて、その時の方が勝ってしまって、いまいち喜べない。

 なぜ?

 父と母との再会は喜ばしいはずなのに、

 こんなにも嬉しいはずなのに、

 なぜ、胸には大きな穴が空いたように寂しい思いをしているの?

 なぜ?

「――」

「料理長と、今夜の食事の打ち合わせをしてきましょうね」

 母がうきうきした顔で出ていった。

 そんな母を見ていると、今の自分の空虚な気持ちが申し訳ない気がして仕方がない。

 どうしよう――どうしたら、気持ちの整理がつくのだろう。

「どうしたね。なにか、気になることでもあるのかね」

 父が案じ顔で尋ねてきた。父にも、こんなことは言えない。本来なら、悩み事をなんでも打ち明けられる存在であるはずなのに。

 別れの言葉すら、言えなかった。

 なんの言葉も、交わせなかった。

 なにか一言、言いたかった。

 いつもの軽口でいい、なにか聞きたかった。

 あんたは所詮金づるだ、それでもいいから言って欲しかった。

「オルキデア?」

 呼びかけられて、はっとした。

「い、いえ。なんでもありません」

「顔色がよくない。気分でも悪いのかね」

「いえ、あの」

「ん? なんだね」

「あの、か、彼は」

「彼?」

「へ、ヘクター……私を送ってくれたひとは……賞金を受け取ったのでしょう。さぞかし、満足して帰っていったのでしょうね」

 自分を納得させるために、思わずそんなことを言っていた。そうだ、彼はそのためだけに、苦労して私をここまで連れてきた。そのためだけに。私は、金貨二十三万枚の女。

「そのことかね」

 父は眉を上げた。

「いや……」

 父は少し意外そうな顔をして、娘の顔を見てこんなことを言った。

「彼は、賞金を受け取らなかったよ」

「えっ……」

「私は何度も確認したんだがね。あの男は言ったんだよ。確かに惜しいとは思うが、彼女に金目当てだったと思われたくない、そう言って出ていったよ」

 ヘクター……

 オルキデアの胸を、衝撃が貫いた。

 では、それがあなたの真実だというの。それが、あなたの誠なの。

 思わず両手で顔を覆う。どうすればいいか、わからなかった。

 父王はそれを、目を見開き驚きの面持ちで見ている。そしてすべてを察して、彼は静かに歩み寄り、そっと娘の肩に手を置いた。

「オルキデア……彼を愛しているのだね」

 彼女はこたえない。

「行きなさい。今ならまだ、間に合う」

 その言葉に、オルキデアは初めて顔を上げた。涙に濡れた瞳が、父を見ている。

「そんなこと、できません」

「いいのだよ。お行き」

「私は、この国の王女です。責任があります」

「ああ……」

 父王はそのことか、という顔になった。

「それかね。それなら、心配しなくていい」

「え?」

「今夜、食卓で言おうと思っていたのだがね。実は、もう一人子供ができそうなのだよ」

「――」

 驚きで、すぐに言葉が出ない。

 オルキデアは呆けた顔で父を見つめた。彼は片目を瞑って見せて、

「だから、行きなさい。父親は、娘の幸せを願うものだ。さあ、お行き。そしてたまには、帰っておいで」

 母には言っておくから、そう言って父は彼女を送り出した。

 オルキデアは服の裾を翻して走り出した。

 ヘクターを追って。



 老女は水晶玉から、その光景を見つめていた。

 馬が厩舎から出て行く。

「ふふふふふ。行ったね。とうとう真実の愛を見つけたね。あのまま宮殿で育っていたら、甘やかされ放題で本当の愛など知りはしなかっただろう。私はお前にそうなってはほしくなかった。だからあの日お前をさらった。こういう結果になって、満足しているよ」

 馬は一路、道を走っていく。

 老女は満足げに笑って、水晶玉の上で手を払った。

 光景が消え、水晶玉はただの玉に戻った。



 草原に風が渡っている。

 黒馬が、それを食んでいる。ヘクターは風が渡る草地を眺めていた。

 まだ肌寒かったが、あの大雪山に慣れた身体からすれば、空気は大分ぬるく感じられた。 フーチが顔を上げ、風にたてがみをなびかせた。その首を撫でながら、ヘクターは一人愛馬に話しかけていた。

「さて、ずいぶん身軽になったもんだな。次はどこに行こうか」

 黒馬が顔をこすりつけてくる。

「おいおい、やめろって。久し振りに、また二人だ。仲良くやろうぜ」

 風に乗って、なにかがこだまする。空耳か。

「また地道に賞金稼ぎだな。頼むぞ相棒」

 フーチの耳が、ピクリと動いた。顔があちらに向いて、なにかに反応した。

「なんだ?」

 ヘクターは相棒が見ている方向を振り返った。彼方から、白い馬がやってくる。

 あれはなんだ? 誰が乗っているんだ。

 額に手をかざして、目を細めた。

「――あれは」

 段々と近づいてくる、あれは。あの黒髪は。

 次第に大きくなるあの影は、あれは。あの金色がかったあの緑の瞳は。

「ヘクター!」

 オルキデアは馬から下り、ヘクターに駆け寄るとひしと抱きついた。その強さは、この細い身体のどこにそんな力が、と思うほどに強かった。

「あ、あんた……」

「私はもう城には帰りません。あなたと一緒に行きます」

「一体……」

「父から聞きました。あなたはお金を受け取らなかったと」

「――」

「あなたを愛しています。あなたと一緒にいたい。私はあなたといたい」

「――オルキデア……」

「どうか、連れて行って。私を一緒に連れて行って」

「俺で、いいのか。乱暴者で人殺しで賞金稼ぎの俺で」

「あなたでなければならないのです」

 ヘクターはそっとその背中に手を置いた。なにをどう言えばいいのか、わからない。

 そして、彼女の顔に指を這わせた。

 自分を見上げる瞳の、その揺らぎ。見慣れたその色が、潤んでいる。

「傭兵の俺でもいいんだな」

「傭兵のあなたがいいのです」

「生きていくには、人を殺さなくちゃいけないこともあるぜ」

「あなたは私に歩み寄ってくれました。私も、あなたに歩み寄ります」

「歩み寄りか」

「歩み寄りです」

「そうか」

「そうです」

 彼は顔を上げた。

 風がさわ、と吹いて、髪が舞い上がった。

「――じゃあ行こう。まずはあんたの行きたかった、海に」

 オルキデアは微笑んだ。

 その笑顔こそ、ヘクターの見たかった、彼が手に入れた最高の賞金であった。

 二人の影は草原の彼方に消えていった。


                                  了

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ