7.ホテルだった理由
「ホテルだった理由?」
「はい。二つの理由があります。まず第一には神主役の男性を自分の霊的結界内に取り込まなければならない。それも彼女と面識のない他人を。そうなりますとホテルのホームページに霊的細工をしておびき寄せるというのが効率がいい」
「ああ、なるほど」
ホテルなら会ったことも無い他人をおびき寄せて長時間拘束しやすいってことか。
「で、第一の理由だけなら他の方法もありました。老夫婦が金に困った男性を報酬で釣って神主役をやらせるとか。儀式が終わったらしばらく使ってない小屋や倉で首を括らせればいい。家主の彼女も『そんなとこに人が侵入してたなんて知らなかった』ととぼけることもできます」
「まあそうっすね」
ちなみに神主役を殺さないという選択肢は無しだ。
この儀式では新婦役の女性の命を奪うことになる。
殺人事件の証人を生かしとくようなもんだ。
後顧の憂いは絶つしかねえだろ。
「そこで第二の理由ですが……実はあのホテルで1年程前に1件、さらにその2ヶ月後に1件の自殺がありました」
「それってあの巫女服女が」
「いえ、この2件について彼女は何もしてません。少なくとも1件目の自殺についてはあのホテルを選んだこと自体偶然だったようですし」
「へ?」
「1年前に亡くなったのは動画配信を生業としていた女性Aさんでした。生前は結構人気のある方だったようですね。そしてその2ヶ月後に亡くなったのはAさんのファンであった中年男性Bさんでした。遺書からAさんの後追い自殺と判明しているようです」
「はあ」
「麻悠はホテルの従業員としてその2件の自殺が起きた際に警察とやり取りしたり、後始末の清掃業者を呼んだりしたようですね」
迅君が話をどこに持っていこうとしてるのかさっぱりわからねえんだが?
「Bさんが亡くなったとき、警察の方はBさんがAさんのファンであることが判明する前からそれが後追い自殺だろうと見当をつけていたようです。そしてその後始末をしなければならないホテルやその従業員の麻悠に非常に同情的だった。おそらくそこで彼女は気付いてしまったんですよ。『このホテルで今後男性自殺者が何人か出ても警察は後追い自殺で片付けてくれるのではないか』と」
「うお……」
初めてこのホテルに泊まった男性客が続けざまに自殺しても不審に思われねえわけか。
「彼女の家の敷地内で自殺なんかさせればさすがに不審を招きますし、近所の噂にもなるでしょう。かといって自分で死体を始末しようなんていうのも危険。このホテルを利用することでその問題を簡単に解決できるのですよ。しかも後始末の費用はホテル持ちです」
「そんな自殺者が出て悪評が立ったら最悪ホテル自体が潰れたりしないっすかね?」
「自殺者が出たホテルなんて珍しくもありません。ホテルには売家や賃貸と違って自殺・事故死の告知義務もありませんし。Bさんはあれこれ調べてAさんがここで自殺したことを突き止めたようですが、ビジネスホテルに泊まろうってときに一々過去に自殺者がでたかどうかなんて深く調べるのはごく少数でしょう」
迅君の言う通りだ。俺もそんなもん調べたことねえな。
「まあ、あくまで私の推測です。麻悠の尋問が進めばここらへんもはっきりするでしょう。あと、今後のことですが。麻悠の借金は整理してウチで一括支払うこととなりました。で、その分を今後働いて返してもらうことになります。返し終えるのに何年掛かりますかね?あ、ちなみに今回ご迷惑をお掛けした鉄口さんへの賠償もそれに上乗せされてます」
「はあ。あの巫女服女も運が無かったすね。あんなアホな方法で時間稼ぎされて儀式失敗した挙句に借金増やされてんすから」
「何言ってるんですか。彼女は最高にラッキーでしたよ」
「へ?」
「儀式が成功していたら勇人さんと鉄口さんの2人が亡くなっていたんですよ?それだけでも償いきれるものではありません。更にそれだけでは収まらなかったでしょう」
「それだけでは収まらなかった?」
「彼女は億近い借金を抱えてました。そして今回約束された報酬は三千万」
「あ、もしかして」
「どうやって調べたのか、彼女の端末には『未婚の子を亡くした資産家の老夫婦』リストが残ってましたよ。最初に当たったのが勇人さんじゃなかったらどれほど犠牲が出ていたかわかりません。もしそうなっていたら彼女に科される償いはこんなものでは済まなかったんです」
「……なるほど。だから最初に当たったのが俺でラッキーだったと」
と俺が納得したところで
「ジリリリリン!ジリリリリン!ジリリリリン!」
「うお!?」
俺のスマホの呼び出し音が鳴った。
迅君に会釈して通話室に向かいながらスマホをポケットから取り出す。
騒音と言ってもいいその音量に相変わらず一部の周囲からの視線が痛え。
通話を終えてから席に戻る。
「あれ?もう終わったんですか?」
「あー、実家からでした。生存確認っすよ。呼び出し音で周りに迷惑掛けるから連絡はラインにしてくれっつってんのに」
迷惑と分かっていても音量を下げておくことはできねえ。
夢の世界などに閉じ込められたら迅君からの架電を報せる呼び出し音が命綱になるのだ。
今回みたいに突然眠らされることもある。
音量を下げてて聞こえなかったなんてシャレにならねえからな。
「今回の件で長老達も遠隔での対応手段を充実させることの重要さに改めて気付いたようですし。音量を上げっぱなしにしなくていいように霊能アプリの開発を急がせましょう」
「マジでお願いしますよ」
俺は迅君に深々と頭を下げた。