6.あれこれの真相
祝詞の時間稼ぎをしてる最中の会話(?)を俺の思考を加えて再現するとこうなる。
◇◆◇
よし、まずは1音を伸ばして時間稼ぎだ。
「たーかーさーごーーーーーー(息継ぎ)ーーーーーー」
「……は?あなた何やってんの?」
1音に1日掛けるつもりでいくか。
「おーーーーーー」
「何やってんのよ!真面目にやりなさいよ!」
いやどうせなら1音に3日くらい掛けるか。
「おーーーーーー」
そう、「一言一句違えずに唱えなさい」とは言われたが1音の長さについては何も命令されてない。
が、そんな俺の考えには巫女服女もすぐ気付いたようだ。
横目で見ていると巫女服女が小馬鹿にしたように嗤ったのが見えた。
「あー、時間稼ぎね。それでどうにかなると思ってるの?さっさと『元の速さに戻しなさい』」
『元』ってどの時点か分からんな。取り敢えず1日1音節に戻すか。
「おーーーーーー」
「え?ちょっと!『最初と同じ速さで祝詞を唱えなさい』ってば!なんで命令が効かないの!?」
時間計ってたわけじゃねーんだから最初と同じ速さなんて再現できねえぞ。
不可能な命令には従いようがねえな。
「おーーーーーー」
俺の狙いには気付いたが、命令に服従しない方法までは分からないようだ。
「だから急いで!『駆け足で唱えなさい』ってば!」
へいへい駆け足ね。
「おーーーーーー」
タッタッタッタッタッ。
「走り出すな!駆け足でってそういうことじゃない!『元の位置に戻って止まりなさい!』とにかくその『時間稼ぎをやめろ』っつってんのよ!」
『時間稼ぎ』目的はダメか。
じゃあ目的を『俺の美声を味わってもらう』ことに変えれば続けていいな。
「おーおおおお〜〜〜♪」
「どうしていきなり歌いだすのよ!?」
それ『命令』じゃなくて『質問』だな。
それだと俺も従いようがねえぞ。
「おっおっおぉお〜〜〜♪」
「その不快なメロディーを止めないと大幣で歯ぁ叩き折るわよ!」
それも『命令』じゃないから……あ、ヤベ。ガチで怒ってる。
「おーーーーーー」
「よろしい……いや良くない!『普通に唱えろ』っつってんでしょ!なんで肝心な命令には従わないのよ!?霊術は解けてないはずなのに!」
『普通』ったってどういうのが普通か分からんし。
「おーーーーーー」
◇◆◇
と、まあ、こんな具合だ。
「あははははっ、あー可笑しい、あはは、勇人さん才能ありますよ。なんでそんな方法思い付いたんですか?」
「あ〜、そりゃあ」
気付いたきっかけとして、最初に違和感があったのは
「ビニール紐で首を吊って自殺しなさい」
と命令されたときに
「俺ビニール紐なんて買ってねえけど?」
と反射的に返してしまった後だ。
よく考えるとこれって「自殺しなさい」って命令に逆らってることにならねえのか?
と、そこに引っ掛かった俺は続く「ついてきなさい」「離れなさいよ!」といった命令に対してどこまで術者の思惑から外れることができるか試してみた。
結果この霊術は
『命令の内容は俺の解釈次第で結構変えられる』
ことが分かった。
だから頭の中で屁理屈こねまくって抵抗したってわけだ。
とはいえそれを実行してる最中は冷や汗もんだったが。
俺の出した答えが正解って保証もねえわけだしな。
「巫女服女が術の穴に気付いてなかったようで幸いだったっすね」
「まあ気付くのは難しかったでしょうね。あの日初めて使った霊術ですから」
「へ?初めて?」
「欠点があるとはいえ、強制で命令に服従させる霊術ですよ?そんなのホイホイ使えたら、冥婚の儀なんて面倒なこと請けおわなくても借金なんかどうとでもできるでしょう?」
言われてみりゃあその通りだ。他人に借金させて貢がせるとか。
「彼女は上司の信頼も厚かったようです。その立場を利用してホテル内に呪符などを大量に仕込み、時間を掛けてあの建物をいわば彼女の霊的な城に作り上げました。更にあの部屋を本殿に見立てて祭壇代わりのベッドを配置した上で強固な結界を張り、自身の夢の世界に引き入れてやっと使える霊術だったのですよ。それにしてもテストくらいはすべきだったのでしょうね。それで霊力を消耗して儀式の実施日が延びるのを嫌ったようですが」
「はあ。あ、祭壇代わりって話っすけど、あのベッドってどういう意味があってどれを選ぶのが正解だったんすか?」
「奥の1台が神主、手前に並んだ2台が新郎と新婦の象徴です。結婚式での立ち位置そのままですね。さっき祭壇代わりと言いましたが、神主役の魂に干渉したり、新郎と新婦の魂を召喚したりする魔法陣というイメージが分かりやすいかと思います」
「奥の1台が神主の象徴ってことは、俺は巫女服女の思惑に乗せられちまったってことっすね」
俺は迷った挙句にジョーカー引いちまったのか。
「あの絵をはじめ、奥のベッドを選択する暗示が掛かるよう霊術を施していたんですからそれに逆らうことはほぼ不可能です。万一、別のベッドを選んだり床で寝たりしても麻悠は儀式を強行したでしょう。その場合術に歪みが生じてより面倒なことになる可能性もありました。そういう意味では奥のベッドを選んで正解だったんですよ」
落ち込む俺をフォローするように迅君が説明を補足する。
「そう言ってもらえると……あれ?巫女服女って迅君の遠い親戚で先代までは神主とかやってたんすよね?実家の建物利用した方が霊術とかには使い勝手良いんじゃないっすか?なんでわざわざホテルに呪符仕込むとか面倒なことを?あ、実家だと家族に見つかるか」
「彼女は早くに両親を病気で亡くしてそのまま実家に独り暮らししてました。勇人さんの仰るとおり廃社したとはいえ、当時の建物が残っている実家の方がホテルより強力に霊力を発揮できたでしょう」
「へ?そうなんすか?じゃあ何で?」
「尋問が進んでいないので私の推測にになりますが……おそらく霊術を執り行う場所がホテルだったのは相応の理由があったんですよ」