5.事件から明けて
翌日に帰京してお礼と報告のため、迅君のとこに顔を出すとその時点で判明してることを教えてくれた。
明け方ホテルに来た救急車が運んでいったのはスタッフルームで倒れていたホテルの女性従業員だったそうだ。
そう、俺の宿泊手続きをしてくれたくたびれた感じのフロントのお姉さん。
漱麻悠という名の彼女が術者の巫女服女で、なんと迅君の遠い親戚だったとのことだ。
実家は亡くなって神社を廃社した先代までは本当に神職だったとか。
失敗した冥婚の儀の呪い返しを喰らって倒れていたところ、定時連絡がないのを不審に思った警備会社から来た社員に発見された。
万一俺が自殺に失敗して生き延びた場合に備えて、あの日だけわざとくたびれた外見にして巫女服女と同一人物と気付かせないようにしていたらしい。
そして新婦にさせられそうになった女性は無事後遺症もなく生還したそうだ。
彼女は鉄口魅郷さんといって、昔ながらのムラ社会であの爺さん婆さんの息子の生前から勝手に嫁候補にされたので地元から逃げて都会で働いていたらしい。
ちなみに都会に出たあと趣味で格闘技ジムに通っていたとのことだ。
「ところでなんで真っ直ぐ巫女服女を殴りに行ったんすかね?」
祝詞を唱えていたのは俺なのに。
「麻悠が命令して勇人さんがそれに抵抗しようとしてたのは丸わかりだったみたいですよ。麻悠のやつ焦り過ぎて最後のほうはもう助手の巫女って設定を取り繕えてなかったんじゃないですか?」
「そーいやそーだった。それで迷わず元凶を殴りに行ったと」
「そのようですね。ああ、魅郷さんの名誉のために言っておきますけど、現実世界では魅郷さんはリング外で暴力を振るう方ではないですよ。あの世界は明晰夢の中にいるようなものですから、現実世界の倫理観や常識が働かなかったんでしょう」
その経験は俺にもあったのでよく分かる。
「現状分かっているのはそんなとこですね。麻悠が呪い返しで倒れてるので彼女が回復して尋問が進めばもう詳細も判明するかと思いますが」
「なるほど」
「あとあの老夫婦も無事でしたよ」
「はあ、それは俺にはなんとも……」
息子さんを亡くしたのは可哀想だとは思うんだがな。
俺にしてみりゃ犯人側だしなあ。
精神衛生上あまり気にかけない方が良さそうだ。
「詳細が明らかになったらまたお伝えしますよ」
「お願いします」
終わった件とはいえ、これからもどうせこの手のことに巻き込まれるんだろうから後学のためにも詳細を教えてもらった方がいいだろう。
◇◆◇
それから10日後。
俺は北構家が経営に一枚噛んでるらしい某ホテルの喫茶店に来ていた。
「わざわざ来てもらって済みませんね」
「いえ、とんでもないっす」
テーブルを挟んで向かい合っているのは迅君だ。
巫女服女はやっと呪い返しから回復して昨日から尋問を開始したらしい。
ただ、北構家によるこの10日間の調査で事件の概要は粗方判明したそうだ。
調査結果によると、そもそもは遊びで億近い借金を作ってしまった巫女服女が報酬と引き換えに亡くなった息子の冥婚を爺さん婆さんに持ち掛けたのが事の始りだった。
成功報酬なんと三千万円で。
そして巫女服女は自分の勤めるホテルの紹介HPを霊現象に馴染む体質の奴だけが引っ掛かるよう細工した。
そこに見事に俺が引っ掛かかったというわけだ。
「つーかそもそも神主役って必要だったんすかね?」
「もともとこの溟婚の儀の霊術は彼女の曽祖父が古の術をアレンジして創り直し、七十年程前に一度だけ実行した記録が残されていたものでした」
「え?じゃあその時も誰か殺されたんすか?」
「いいえ。その時は子供を亡くした両親からではなく、恋人を亡くした娘さんからどうしてもその恋人と添い遂げたいと頼まれて断われなかったようです。しかし本人が望んだとはいえ人一人亡くなったわけですし、遺族の悲しみを目の当たりにした彼は二度とこの霊術を執り行うことはありませんでした。話を戻しまして、今回それを彼女が実行しようとしたところある致命的な問題に気付きました」
「致命的な問題?」
「彼女自身、実家の神式結婚式を何度も見ていたので式を執り行うのは神主というイメージができあがってしまっていました。なので女性である彼女が巫女として結婚式を執り行うということがどうしてもイメージできなかったんです。霊術の正否は術者の精神やイメージに大きく左右されます。だから神主役の男性が必要だったんですよ」
なるほど。あんな面倒なことをしてまで神主役を確保する必要があったわけだ。
迅君も言ってたけど霊能力ってのは使い勝手の悪い能力だな。
「で、勇人さん。どうやって麻悠の命令服従の術を破ったか教えていただけませんか?その話になると彼女『あいつなんで霊術が効かないのよ!確かに掛かってたはずなのに!』って泣き出しちゃって尋問が進まないらしいんですよ」
「俺に霊術破るなんて出来るわけねえっすよ。霊能力とか使えないんすから」
「やっぱりそうだったんですね。では霊術を掛けられたままどう対抗したんです?」
「霊術の穴を突いたってとこっすかね」