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4.時間を稼ぐ

 新郎が死者で、新婦が生者か。

 そう判断したのは爺さん婆さんが新郎側に立っていて爺さんの顔が新郎に似ていたからだ。

 爺さん婆さんが亡くなった息子のために巫女服女にこの冥婚の儀式を依頼したのだろう。

 一方新婦の女性は俯いているうえ、昔ながらのぶ厚い婚礼衣装と頭の被り物が邪魔して顔も体型もほとんど分からない。


 そこで先を歩いていた巫女服女が脇へ避けて顔をこちらへ向け、新郎新婦達から見えないよう口元を袂で隠しながら声をひそめて命令してきた。


「『あの床の色が変わっているとこまで行って新郎新婦たちに向けて祓いをしなさい』」


 命令されたとおり歩いて新郎たちの正面数メートル程の床の色が変わってる所で立ち止まる。

 一緒に俺の左隣を歩いていた巫女服女も止まって、また袂で口元を隠しながら命令してくる。


「さあ、『大幣を正面に構えて左右にゆっくり振りなさい』」


 パサッ、パサッ……

 パサッ、パサッ……

 パサッ、パサッ……


「いつまでやってるのよ!もういいわ!『止めなさい!』」


 大幣を振る動作を止めた俺に更に命令が課される。


「『大幣をこっちへ寄越しなさい。今度はあの印のとこに祭壇の方を向いて立ちなさい。そしたらこの紙を開いてそれを見ながら教えた祝詞を一言一句違えずに唱えるのよ』」


 命令されるままに回れ右して祭壇前まで進んでいくと、やはり巫女服女も一緒についてきて隣に立つ。

 渡された紙を開くと達筆すぎて読めない文字が並んでいたが、睡眠学習で暗記済みの俺は文字とは関係なく祝詞を唱えだす。


「かーみーかーぜーのー」


 本格的にマズい。

 祝詞なんて唱え終えるまで数分だ。

 そうなったら俺は自殺で、あの新婦の女性もあの世行きだろう。

 その前に迅君が救けに来てくれるなんて楽観的すぎる。

 少しでも儀式の完了を遅らせなきゃならねえ。

 幸い、初めに感じたよりは巫女服女の命令服従の霊術は穴があることは分かっている。

 そこに付け入ることができれば霊術を解けないまでも抵抗くらいはできるはず……

 よし、この手でいくか。


「たーかーさーごーーーーーー(息継ぎ)ーーーーーー」

「……は?あなた何やってんの?」

「おーーーーーー」

「何やってんのよ!真面目にやりなさいよ!」

「おーーーーーー」


 横目で見ていると巫女服女が小馬鹿にしたように(わら)ったのが見えた。


「あー、時間稼ぎね。それでどうにかなると思ってるの?さっさと『元の速さに戻しなさい』」

「おーーーーーー」

「え?ちょっと!『最初と同じ速さで祝詞を唱えなさい』ってば!なんで命令が効かないの!?」

「おーーーーーー」


 俺の狙いには気付いたが、命令に服従しない方法までは分からないようだ。


「だから急いで!『駆け足で唱えなさい』ってば!」

「おーーーーーー」

 タッタッタッタッタッ。

「走り出すな!駆け足でってそういうことじゃない!『元の位置に戻って止まりなさい!』とにかく『その時間稼ぎをやめろ』っつってんのよ!」

「おーおおおお〜〜〜♪」

「どうしていきなり歌いだすのよ!?」

「おっおっおぉお〜〜〜♪」

「その不快なメロディーを止めないと大幣で歯ぁ叩き折るわよ!」

「おーーーーーー」

「よろしい……いや良くない!『普通に唱えろ』っつってんでしょ!なんで肝心な命令には従わないのよ!?霊術は解けてないはずなのに!」

「おーーーーーー」


 唱えながら祭壇に供えられた鏡越しに新郎新婦と爺さん婆さんの様子を観察してみる。

 新郎と爺さん婆さんは次第に落ち着かなく不安気な表情になっていった。

 そりゃそうだろう。

 祝詞は進まないし、神主の奇行と巫女の挙動不審が続いているのだから。


 一方新婦の方は俯いていた顔が次第に上がってくる。

 その目はカッと見開かれ、開いた唇の間には食いしばられた歯が覗くという怒りの表情を浮かべながら。

 その顔が真正面を向くまで上がったところで


「ジリリリリン!ジリリリリン!ジリリリリン!」


 俺のスマホの呼び出し音が鳴った!

 迅さんが間に合ってくれたらしい。

 空気が身体に纏わりつく感覚が消え、祝詞を止めることができる。

 隣を見ると愕然とした表情を浮かべた巫女服女と目が合う。

 すると

 ザザザザザ

 と足音がした。

 思わず俺と巫女服女が足音のする方向を見る。

「は?」

「え?ブフォッ!?」


 花嫁衣装のせいで狭い歩幅ながら、もの凄いスピードでこちらに迫った新婦が巫女服女に右ストレートを喰らわすシーンを見たのを最後に俺の視界は暗転した。


 ◇◆◇


「……勇人さん、勇人さん、聞こえますか?」

「……ああ、迅君?あー、お手数おかけしたみたいっすね」


 目を覚ますと俺は床に転がってスマホを手にしていた。


「間に合って良かったです。体調はどうですか?」

「ちとダルいけど。まあ問題なさそうっすね。朝になったらチェックアウトして帰りますよ」


 通話後は部屋の椅子に座って朝を待った。

 もう安全と分かってても、もう一度ベッドに入る気にはなれなかったのだ。

 夜が明けた頃、ホテルに近づいてくる救急車のサイレン音が聞こえた。

 

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