いつかのリリーローズとテレットの一幕
この世界には、自分で描いた絵画を丸写しできる魔法がある。しかし、それは王都のエリート美術学校を卒業した者にしか使えない魔法だ。
「あら、これは……」
私、リリーローズ・ホワイトは、我が家の専属画家テレットさんの作業部屋で、ある肖像画を発見いたしました。
「テレットさん! い、いつの間にこんな肖像画を描いていたのですか!?」
「こんな肖像画って、私の絵に対して失礼ねぇ」
作業部屋で何かの絵を描いていたテレットさんが振り返ります。
「ああ、その絵。私の絵の中でも特に自信作なの。リリーちゃんのその表情、会心のできでしょ」
私が発見した肖像画。そこには、大きな湖を覗き込むように少しうつむき、儚げな表情をした少女が描かれていました。
この少女は私だわ。多分、あのときの私。
それらしい記憶を思い出しますわ。
「あ! 私のお菓子が!?」
手に持っていた、いまちょうど食べようとしていたマドレーヌが!
無惨にも手からすり抜け、近くの湖に転がり落ちて行ってしまいました!
「ひ、ひどいわ……!」
悲しい、とても悲しいですわ! あれが最後の一つでしたのに!
いくら悲しんでも、湖に沈んでしまった物はもう戻ってくることはありませんもの。
湖を見つめながら、悲しみにくれますわ。
「リリーちゃんのその表情! いただき! 肖像画に使わせて貰うわね!」
いつの間に近くにいたのでしょうか。画家のテレットさんが、興奮ぎみにまくし立ててきます。
私はいまそれどころではないので、適当に頷きますわ。
「よっし、描くぞぉ! これで何人リリーちゃんの婿候補ができるのか楽しみだわぁーー!」
テレットさんは、何かを叫びながら、風のように去っていきましたわ。
あんな過去の、食い意地のはった場面を描かれていたなんて、恥でしかありませんわーー!
これは、他にも私の恥が描かれた絵があるのやもしれませんわ! 急いで見つけ出して、早急に抹消しなければ!
目を凝らし、周囲に飾られている絵を確認します。
あ! 発見しましたわ! あれも、これも、それも!? 一体いつ描いたというのですか! 本人の許可もなくーー!
あの絵は、芝生で寝ている少女。
この絵は、木陰で本を読みながら困った顔の少女。
その絵は、ダンスを踊る少年と幼女。
芝生で寝ている少女の絵はもしかしなくても、あのときのものでは?
家の近くの芝生で、日向ぼっこをしていたときですわ。
「リリー! ただいま!」
「リリー。お兄様が帰ってきたぞー」
二人の声に振り向きます。
「おか……キィヤァァァーー!」
血みどろの家族の姿を目の当たりにいたしましたわ。そこから私の記憶は途切れておりますの。
目覚めたら自室のベッドにおりましたわ。
家族とテレットさんが、心配そうに私を覗き込んでいます。
「リリーちゃん、さっきの、絵にしてもいいかしら?」
テレットさんは何を言っているのでしょう。考える気力もなく、頷きましたわ。
「やったぁ。今度の題名は眠る芝生の美少女よーー!」
気絶したときの絵ですわ……。綺麗に描かれてはいますけど、実際は白目を向いていたのではないかしら……。トラウマが呼び起こされましたわね。有害絵画として、処分いたしましょう……。
本を読んでいる少女は、本の間に虫が落ちてきて、悲鳴を上げながら投げ飛ばしたときの絵でしょうし。困った顔をしてるのはなぜなの?
ダンスの絵は、お兄様の足を何度も踏んだ黒歴史ですわ。
なぜ悪い思い出の絵が多いのかしら?
……ハッ! テレットさんに嫌われているのかも!? そんな!!
「テレットさん! 私を嫌わないでーー!」
母のようなテレットさんに嫌われていると思うと泣けてきますわ! テレットさんに飛びつきながら叫びました。
「あら? 私はリリーちゃんのことが大好きよ? でも、絵を処分されたら、拗ねるかもしれないわ?」
その一言で、絵を処分するのは諦めましたわ。
お読みいただきありがとうございました( ..)"