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ブレイブバレット ―決死の弾丸―  作者: 天野鉄心
三章 勇者の挫折
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① 初めての難敵

『――敵のことを少しでも想像できたのなら心強いですね。

 しかし、あなた方が剣や魔法で戦っていた魔物より、デ・ミニオンはきっと強力でしょう。

 なぜならば、剣や魔法よりも強力な銃でさえ苦戦を強いられているのですから……』


 そう言ってニコライは初めての講習を終わらせ、小休止を挟んでからはニコライのいう『一般常識』の講習が始まった。


 礼儀作法や一般的な生活様式などは苦もなく覚えることができたが、グァンダインを除く四人は文字の読み書きに苦戦を強いられた。


 もといた世界でも文字文化はあったのだが、グァンダインのような魔導師やカリーリのような聖職者、または王族や貴族でなければ普段の生活で文字を読み書きする機会は少ない。


 王都の近辺に暮らしているとか、貴族と関わりのある商人などでない限り、金勘定と簡単な計算ができれば生活に支障はなかったからだ。

 だがニコライが語るには、この世界では声を発して交わす会話と同じくらいの頻度で文字に接する機会があり、文字の読み書きが出来なければ暮らすことさえままならないという。


 キールはそれほどまでに進んだ世界であることに驚かされた。


 もう一つキールたちが驚かされたのは、電力というエネルギーの万能さと有用性だった。


 初めて宿舎に案内された日に、ロウソクやランプよりも明るくまるで昼間の太陽のようにまばゆい電灯に驚かされたが、それ以上の驚きがたくさんあった。


 地下訓練施設で使用する水は地下深くから汲み上げているらしいのだが、その汲み上げは機械で行い、動力には電力が使われているのだそう。


 また、被服や銃の部品や治療薬なども機械で生産しており、その動力も電力で、皿洗いも床掃除も湯を沸かすのも全て電力が使用されているという。


 そして離れた所に居る者同士が会話をすることが可能な無線通信というものもあり、それも電力を使用しているのだが、電池という金属製の塊に電力を閉じ込めて持ち運べるらしい。


「これはもはや魔法などではない。神の御業(みわざ)、奇跡に等しい!」


 グァンダインは感動で涙を流すだけでは収まらず、言葉で言い尽くせない称賛と溢れ出る感動を興奮へと変じて叫んだくらいだ。


 ニコライの講習では、キールたちが思いつくであろう、生活や職業の作業のほとんどは機械仕掛けで済まされているそうだが、あくまでも人手を取られないためや効率のためであって、要所要所で人間の管理や操作を必要とするとも説明された。


「この食器も機械製なら、盛り付けられている料理の調理さえ機械任せで、食材の生産も機械がやっているなんてね」


 講習が終わって食事を摂っていると、感慨深げにカリーリが呟いて「信じられないわ」と続けた。


「ニコライさんの話では、なるべく人手を兵士にまわすために、省ける仕事はほとんど機械にやらせているようだな」


「騎士貴族が使用人を必要としなくなったということだ」


「一部の者が独占したり、愉悦に浸っておらぬということは、とても素晴らしいこと。

 人々の意識や考え方が大変に進んでいる証と言えよう」


 食事を摂りつつ周りを見渡すキールたちの目は、手に入れたばかりの知識や常識を反すうするようにあちらこちらへ向いてしまう。


 ただ一人、ゲンドウは少し違うようだ。


「そうかい? 俺は女子供にも権利や自由が許されているってことが気持ち悪いぜ」


 ゲンドウの視線の先には、腕や脚を露出した格好で食事を摂っている女性のグループが居た。


「確かに淑女の慎ましさがないとは思うが……」

「一人の人として男女や子供が平等なのよ。素晴らしいことだわ」

「国が違えば法律も違う。ここで生き抜くのであれば受け入れねばなるまい」

「尊敬を抱かぬ者は他者からの尊敬を得られずという。改めたほうが良いぞ」


「へいへい。悪かったよ」


 パーティーメンバー全員から注意され、ゲンドウはいつもの調子で肩をすくめて謝った。


 しかし、キールにはゲンドウの気持ちも分かる部分はある。


 もといた世界では、女は幼いうちから家庭の手伝いをし、娘のうちに嫁いで家内を守って子を産むのが常識だったのだ。

 カリーリのような聖職者や貴族や王族の令嬢こそ派手なドレスや優雅な生活を許されていたが、それでも女は淫らであってはならずという戒めはあった。


 ゲンドウの視線の先で食事を摂っている女性グループのように、腕や脚を出している姿を見るのは、キールのような若い男には過度に恥ずかしく見えてしまう。


「キール。何に見とれているの?」


 不意にカリーリから鋭い指摘がとび、キールは慌てて彼女の方に向き直って言い訳をする。


「いや! そんなんじゃないんだ。うん、そんなんじゃないよ」


 キールの慌てぶりがよほど面白かったのか、カリーリは意地悪に笑っている。


「それより、復習をやりたいんだろ?」


 さっきの女性蔑視を注意された仕返しとばかりにゲンドウが現実を突きつけた。


「そ、そうだったな。みんな、すまないが俺に付き合ってくれないか?」


 慌てたそばから弱点を攻められ、キールは勇者らしからぬ弱々しい声でパーティーメンバーを見回した。


「もちろんよ」


 先ほどとは違ってカリーリが包み込むように微笑みながら即答し、他のメンバーも快くキールの復習に付き合う旨を示してくれた。


 グァンダインは魔術の研究のために難解な書物を読むことが多く、文字というものに長年触れてきた経験が活きて、ニコライも驚くほどスラスラとこの世界の文字を読み書き出来るようになっていた。


 カリーリも水神の神官として教典を読む機会があり、グァンダインほどではないが文字を読むことに難儀はしなかった。


 意外だったのはゴルディとゲンドウだ。


 ゲンドウは過去に某国の密偵として働いたことがあると明かされてはいたが、文字を書くことは不慣れながらグァンダインに匹敵するほどに文字を読めていた。

 ゴルディの家系は元は貴族であったらしく、没落して久しいらしいが両親はゴルディに一般以上の教育を与えていたようで、ゲンドウと同じく書けずとも読むことに難はなかった。


 ただ一人、平民出身のキールだけが文字の読み書きにつまづいてしまったのだ。


 ニコライいわく

『我々の戦場では、多勢であるがゆえに作戦や策謀を用い、状況に応じて細かな指示命令を発します。

 これは無線通信だけで行われるものではなく、目で文章を読んで行動してもらうケースもあり得るのです。

 また、この教室もそうですが、目的地や集合場所などを文字や文字を用いた暗号文やコードネームで表すこともあります。

 戦場だけではなく、この施設内の日常生活においても文字は重要であり、最低限必要なスキルです。

 これをクリアーしていただかなければ一人前の戦士にはなれませんし、戦士とも呼べないのです』


 この言葉にキールの勇者としてのプライドは酷く傷付けられた。

 いや、『世界最強』という二つ名を汚された気さえしたのだ。


 同時に、仲間たちに指示や命令を行ってきた自分は文字すら読めない人間だったと思われることが恥ずかしく、勇気と正義だけを重んじて戦ってきたことも酷く愚かに思えてきたのだ。


――これではまるで俺が『世界最強』の名を貶めているようだ――


 それほどにキールにとってショックな出来事だといえる。


 だがキールは嬉しい気持ちも手に入れていた。


 文字の読み書きに四苦八苦している自分に、カリーリが優しい声で「後で復習しましょう」と持ちかけてくれたのだ。

 それだけではなく、ゴルディとゲンドウも「付き合おう」と申し出てくれ、グァンダインに至っては「知識と学びは共有するべきものだ」と述べ教官役を買って出てくれた。


「みんな、ありがとう!」


 これまでの旅でも頼りにしてきた仲間たちだが、今日ほど彼らと仲間であることを誇らしく感じ、キールは素直な気持ちを言葉にすることができた。

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