② 歓迎
崩れた建物の壁。
むき出しの金属製の柱。
煤けた小屋。
傷だらけの木箱。
元の形が想像できないほどデコボコになって放置されている乗り物。
急ぐでもなく躊躇うでもなく、丘から見えた村に近寄ったキールたちは、直近の記憶と照らし合わせ改めて動揺する。
「これは、どういうことでしょうか?」
自分が激痛とともに倒れた場所で、キールは同伴してくれているニコライに問うた。
「……先程も説明したように、今、この部屋はシミュレーション空間、即ち幻の中ということです。
そしてあなた達がこの場所に現れた時も、この部屋には今と同じシミュレーション映像が展開されていたということです。
まあ、時間設定は夜間でしたけどね」
キールたちがこの場所に現れた時は暗かったので夜なのだろうと思っていたが、それすらも幻の中であったということらしい。
改めて周囲を見回してみるが、空の青さや、建物の存在感、金属の質感など、どこを見ても本当に存在しているようにしか見えない。
「ではあの時の痛みも幻なのだろうか……」
キールは目線を足元へ向け、踏みしめている地面を見つめる。
爆発音のような音とともに脳天を貫かれた激痛を思い起こし、一瞬だけ血を流して横たわる自身の姿を幻視してしまった。
「それも幻です。
最初から説明しているように、この部屋は講習で学んだことや、トレーニングで身につけた技術を試す部屋なのです。
それもより実戦に近い環境を再現するために、攻撃を受けた時の痛みも再現するほどの、ね。
……これを見て下さい」
驚きや動揺、混乱や戸惑いで呆けたり辺りを見回してばかりいる五人に、ニコライは腰から取り出した金属の棒を示した。
「……これは?」
キールは、ニコライが握っている取っ手の付いた鈍く黒光りする四角の金属の塊を見て、何かをする道具なのかと問うたつもりだったが、ニコライは五人の視線を集めるとおもむろに近くの建物の壁を指差すようにした。
「これが我々の武器です」
そう言うとニコライの手元から乾いた破裂音が轟き、金属の破片と煙を吹き上げさせた。
突然大きな音がしたのでキールは耳鳴りを感じ、側にいるカリーリの悲鳴も小さく聞こえた。
ニコライは更に三度、立て続けに同じ現象を起こす。
ゴルディとグァンダインは体をビクリと震わせたものの、声を発することはなかったが顔をしかめているので、キール同様耳鳴りがしているのだろう。
唯一、ゲンドウは両手で耳をふさぎ感嘆するように口笛を吹いた。
「なんて威力だ! 壁に穴が開いだぜ!」
ゲンドウの快哉を耳にし、ニコライが差し向けていた建物の壁に目をやると、確かに真新しい傷が四つ生まれていた。
「これはハンドガンという種類にカテゴライズされている武器で、私達が扱う武器の中では威力は控えめです。
それでもコンクリートの壁に穴を穿ち、狙いどころ次第では人間を一撃で屠ることができます。
もちろんこの部屋はシミュレーション空間ですから、実際には弾は出ていませんし、あの壁に空いた穴も幻です。
あなた達がここに迷い込んだ時に受けた痛みも訓練中に再現された幻で、このハンドガンよりも強力な銃で撃ち抜かれた痛みを擬似的に感じたものなのです。
この部屋で行われる訓練は、まさしく『死をも体験できる訓練』ということです」
ハンドガンを元の腰のケースに収め、ニコライは少しだけ重々しく説き、「次が最後の区画です」と言って部屋の出口へと歩き始める。
五人は『銃』という武器の恐ろしさや、今まで扱ってきた武器との違いに戸惑いを隠せなかった。
今までとは違う沈黙がエレベーターを満たす中、ドアが開くとまた雰囲気の違った通路が伸びていた。
ニコライを先頭に通路を進むと、幅が広く取られた階段が現れ、その階段を上がるとたくさんのドアがいくつも横並びになっていた。
「ここが地下一階、大講堂になります」
また短い説明をしてニコライはガラスがはめ込まれたドアの一つを開き、こともなげに先へと進む。
キールたちは透明度の高い大きなガラスに萎縮しつつ、そっとドアを閉じてニコライを追う。
国王の城や貴族の宮殿でガラス製品に触れる機会はあったが、透明度も低く形もいびつながら、どれも高級な物だと紹介されたのだ。その価値観からすれば人の背丈ほどもあるガラスがはめ込まれたドアは、キールたちが慎重に扱って当然だろう。
キールたちが追いつくのを待ってニコライは分厚い金属製のドアを開いたが、その先は明かりのない暗がりが広がっている。
「どうぞ?」
「……はい」
四角く塗りつぶされている闇に躊躇してしまったキールをニコライが促し、嫌な思い出を振り払うようにしてからキールは暗がりに足を踏み入れる。
明るい広場からポッカリと開いた暗闇へ進む際、魔王ザ・リダンダリ・ラリの聞き苦しい声色を思い出したのはキールだけではない。
カリーリも。
ゴルディも。
グァンダインも。
軽口で場の空気を切り替えてしまうゲンドウさえも、おずおずとした足取りで入り口を通っていた。
キール勇者隊五人が大講堂へ入ったあと、ニコライがドアを閉じてしまったので辺りは真っ暗になってしまう。
「……ニコライさん?」
不安を堪えられなくなりキールがニコライに呼びかけるが、彼からの返事はない。
と、何か機械仕掛けが作動した音がして、遠くに光が集中する。
宿舎の天井に張り付いている電灯よりもかなり明るい光が数本、放射状の光線となって一点を照らしている。
「なんだ? 誰か、居る……」
一番早く目が慣れたゲンドウが呟き、キールも手をかざして光が当たる一点を注視する。
そこは大講堂の一番奥で、舞台のように一段高くなっており、ゲンドウの言うように誰かが立っていた。
目が慣れてくると、キールたちが居る場所から舞台までは椅子が何段もの列になって並んでいて、旅の途中に立ち寄ったコロシアムのように楕円形の広い空間だと分かった。
「キールとその仲間たちよ」
突然、天井から聞いたことのある声が大音量で響いた。
昨日、ユーゴに連れられて面会したデニスの声に違いない。
「君たちが今日見て回った施設は、人類の最大にして最後の拠点と言っても過言ではない。
簡単な案内であっても一回りするのにずいぶん時間がかかったはずだ。
その理由は、それだけの規模で同志を育成せねばならない事と、この規模に見合うだけの人数が日夜訓練に励んでいるという事。
そのことを知ってもらい、冗談でこのような規模の訓練施設が建造されたのではないということを分かってもらいたいためだ。
それほどに人類は危機に瀕しているのだ。
そして我々の同志となった君たちは、ここで厳しい訓練に耐え抜き、人類を救うための戦いに参加し、戦い抜いて生き延びて欲しいと思う。
そのために、我々教育官一同は君たちを鍛え、施設を開放し、食事とベッドと戦う術を与える!
時には死の寸前まで君たちを追い込むだろう。
時には親となり、兄となり、友となって語りかけるだろう。
その全ては君たちに戦う術を授け生き延びて欲しいからである!
君たちの戦果に期待する!」
朗々と語るデニスの声は、大音響のせいではなくキールたちの胸に響くものがあった。
舞台に当てられていた光が消えるとともにデニスの姿は見えなくなったが、キールたちの心にはわずかなこだまが残った。
「……ニコライさん」
再び暗闇となった客席で傍らに居るはずのニコライを呼ぶ。
「何でしょう?」
返事が返ってきたことに安心しつつ、キールは続ける。
「それほど危険な状態なのですか?」
「そうです。毎日どこかで戦闘が起こり、何十人もの戦士が戦い、何人もが死に、朝も昼も夜も、どこかでたくさんの同志が戦っています」
キールの知りたかったこととは違う答えが返ってきたが、キールはショックを受け、そしてずっと思っていた疑問をぶつけずにおれなくなった。
「ニコライさん。
人類は、人間は……。
あなた達は、何と戦っているんですか?
俺たちは何と戦うんですか?」
ニコライを振り向き問うたキールだが、人の気配はあっても暗がりでニコライの表情は目にすることができない。 少しの間を開けてニコライは重々しく答えた。
「……昼食のあと、講習室で説明しましょう」 そう言ってニコライの歩み去る足音がしてドアが開かれ、外の光にニコライの姿が浮かび上がったが、やはりその表情は分からなかった」
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