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ブレイブバレット ―決死の弾丸―  作者: 天野鉄心
二章 地下訓練施設
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① 地下深く

 翌朝、キールの目覚めはあまり良くなかった。


 何ヶ月も魔物退治の旅をしてきて野宿や安宿に慣れていた体には、寝心地の良いベッドは深い眠りを誘い、目覚めるのが億劫になってしまったのだ。


 ユーゴに使い方を教えてもらった目覚まし時計がなければ、起きることはできなかっただろう。

 与えられた宿舎には窓がなく日が差さないため、これまで太陽の位置や腹具合で時間経過を計っていた身としては、ほんのり光った文字盤で時間を把握するという行為にまだ違和感がある。


 宿舎と同じ階にある食堂に集まった仲間たち、ゴルディやゲンドウもキールと同じ症状らしく、時折り大あくびをしている。


 意外にもパーティーの中でカリーリだけが順応性を見せ、眠気の抜けない男連中に代わって朝食や飲み物を給仕してくれた。


 キールが早起きを褒めると、カリーリは「神官は朝に強いのよ」と答えて笑った。


「失礼。キールさんとそのお仲間の方々ですね?」


「そうですが……。貴方は?」


 キールたち五人が座っているテーブルへ近寄ってきて声をかけたのは、歳の頃なら二十歳くらいの爽やかな男性だった。


「自分は、当面あなた方の世話係を命じられたニコライといいます。階級は伍長です」


 自己紹介をして右手をこめかみに当てたニコライ青年も、ユーゴやデニスと同じまだら模様の服を着ている。


「よろしくお願いします」


 キールたちがそれぞれ挨拶と自己紹介をすると、ニコライは小脇に抱えていた衣服らしきものが入っている透明の包みを一人に一つずつ配る。


「さっそく施設の案内や日々の予定などを説明したいのですが、まずはこちらの制服に着替えていただきましょう」


 丁寧な話し方だが、ニコライからもユーゴやデニスと同じように有無を言わせない雰囲気が出ていて、キールたちは顔を見合わせたが従う他にすべはなかった。


 一旦与えられた部屋に戻って、様式の違う衣服を分からないながらも着替えると、通路で待っていたニコライが間違いを正したり調整をしてくれた。


「ではこれから五つの区画と講堂へ案内します。

 講堂に集まることはあまりありませんが、五つの区画には毎日訪れる必要があるので、道順を覚えておいてください。

 壁などに案内図や道しるべもあるのですが、それらに頼るのはおすすめしません。

 実戦ではそれらの情報はトラップの可能性もありますからね」


 スラスラと話しを進めていくニコライは、言いたいことを言ってしまうとさっさと歩き始めてしまう。


 優しそうな外見とは裏腹な行動に、キールたちは慌てて後を追う。


 通路を進み、エレベーターで上階へ上がると、ドアが等間隔にたくさん並んだ通路でニコライが足を止めた。


「地下六階。

 この区画が講習室。

 平たく言えば教室です。

 ここでは主に武器の特性を習ったり、図や文字を使って戦術や作戦などを習う場所です。

 午前中は講習から始まることがほとんどなので、定められた教室に時間通りに向かって下さい。

 ちなみに、皆さんの教室は目の前のこの部屋、Cの7です。

 講習が進み、成長に応じて教室が変わりますから、その際は指定された教室へ行って下さい」


 ニコライが指し示した番号を記憶し、一応キールたちは了解の旨を示した。


「では次へ」


 またニコライは有無を言わさず歩き始め、また一つ上の階へ向かう。


「地下五階。

 ここは装備を整える準備室といったような区画です。

 いわゆるロッカールームとか、ハンガールームというやつですね。

 この後に案内する区画には、この準備室を通らないと行けないようになっています。

 また、この準備室で指示された装備を準備して訓練を受けなければならないので、自分のロッカーの場所を覚えておいて下さい。

 ロッカーの番号は宿舎の部屋番号と連動してますから、覚えやすいでしょう」


 少し説明についていけなくなってきたが、ニコライがキールたちのロッカーの前まで連れて行ってくれたので、場所だけは一応記憶した。


「では次です」


 さっさと歩き始めたニコライは、同じ形のロッカーが並ぶ準備室を早足で通り抜け、上がってきたエレベーターとは別のエレベーターを使ってもう一つ上の階へと上がる。


「地下四階。ここはトレーニングルームです」


 ニコライが一言で片付けてしまったが、通路やドアの並びなどが二つ前の『講習室』と似ていたので、たまらずキールが口を挟む。


「さっきの教室とやらとそっくりですが、どこが違うのでしょう?」


「そういえば似ていますね。

 失礼しました。

 こちらも教室の番号と連動しているのですが、主に格闘技の講習やトレーニングに使われる区画です。

 結局、戦闘の根本は基礎体力と日々の鍛錬ですからね」


 相変わらずニコライの説明は具体性を欠いていたが、基礎を重んじる姿勢はキールたちにも理解できた。

 なんといっても『世界最強勇者隊』という名誉は、日々の鍛錬と実績で手に入れたものなのだから。


「では次です」


 またエレベーターで一つ上の階へ向かう。


「地下三階、ここは射撃訓練場です。

 訓練生に貸し与えられている武器ならば自由に練習できます。

 ただし、ここでは実弾を使用しますから、取り扱いを許された者しか入ることはできません。

 それでも事故は起こりえますから、講習や注意をしっかりと心に留めおいて下さい」


 ここまでの説明はなんとなく理解できるものだったが、『訓練場』とは分かってもその解説がキールたちの知らない言葉ばかりになってしまい、キールたちはとりあえず首を縦に振ることしかできなかった。


「では次に行きましょう」


 またエレベーターで一つ上の階へと上がる。

 さすがに退屈してきたのか、ゲンドウがうんざりした顔を見せたので、キールは目配せをして黙殺しておく。


「地下二階。

 この区画は、実践訓練を行うシミュレーションフィールドです」


 とうとう分からない言葉だけを言われてしまったので、さすがのキールも想像やその場しのぎでやり過ごせないと感じ、ニコライに聞き返す。


「シミュ……なんです?」


「ああ、そうか。

 大変失礼しました。

 皆さんはアイルノン王国の出身でしたね。

 となると分からなくて当然ですよね。

 ここは人間に幻を見せて、実戦さながらの状況で講習やトレーニングの成果を確かめる場所です。

 と言っても想像できるものではないですよね。

試しにこのフィールドに入ってみましょう」


 言葉で聞くよりも体験したほうが分かりやすいということなのか、ニコライは手近なドアを開けて中へと入ってしまう。


 どうしたものかとキールが仲間を振り返ると、みな不安げな表情をしている中でグァンダインだけが興味のある表情を向けてくる。


「拒むは易し。挑むもまた易し。入ってみよう」


「大丈夫だろうか?」


「彼は『人に幻を見せる』と説いていた。幻ならば害はあるまい」


「でも『実戦さながら』とも言っていたのよ?」とはカリーリ。


「恐らく、魔法の様なものに違いない。幻ならば死ぬこともないはずだ」


「なるほど」


 グァンダインの考えに納得し、開かれたままの入り口をくぐると、これまでの鈍い灰色の壁や天井はどこにもなく、足首まで伸びた草原と遠くまで続く青空が広がっていた。


「これは……」

「部屋の中なのに空があるぞ」

「なんだろう……。土を踏みしめている感触もあるし、草も生えてて匂いもある」

「それに少し温かいわ」

「素晴らしい! これ程までに実在するような幻影の魔法は見たことがない!」


 入り口から数歩入っただけなのに、五人はそれぞれ驚きを口にした。


「皆さん、こちらへ来てください」


 ニコライの呼ぶ声がし、辺りを観察しながら歩んでいくと、草原にぽつねんと立つニコライがキールたちの視線を導くように遠くを指差した。


 ニコライの指差した先を見やったキールだが、そこには丘の上から盆地にある村を見下ろしているような景色があるだけだった。


「のどかな景色だと思うが……」


「え!?」

「馬鹿な……」

「なんてことだ……」

「そんなことが起こり得て良いのか!」


 キールを除く四人が驚いたり嘆いたり怒ったりし始めたが、キールにはその理由がわからない。


「あの村は何か特別なのか?」


「分からないの?」


 傍らに居たカリーリに尋ねると、彼女はキールの鈍感さを責めるように厳しい視線を返してきて、他の仲間たちも苦い表情を浮かべている。


「キール。あの村は我々の知っている場所なのだぞ」


「そうなのか?」


 ゴルディの諭すような言葉を受けても、キールは目の前の光景からは何も想起できなかった。


――アイルノンから魔王の根城までの道中にあった村なのだろうか? しかしそれならば俺にだって思い出せるはずなのだが――


 何歩か進み出て、手をかざし目を細めてよく観察しようとしたキールは、少し違和感を抱いた。


「何かおかしい。……家の形や素材が変なのか? 崩れたり火事で燃えてしまったような家もあるようだが……」


 そこまで観察してようやっとキールは一つの可能性に思い至る。


「まさか、あの村は――!」


「そうよ。安らぎの我が家へ(バックホーム)で転移した場所よ」

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