④ 選べない選択肢
――人類は何度も滅んだ――
その衝撃はキールのみならず勇者隊の仲間たちにもショックな発言だった。
「そして現在も、我々人類は戦いの渦中にある。
この訓練施設は、日々苛烈を極める前線へと、訓練された戦闘員を送るために建設されたものだ。
いわば人類の命運を握る礎とも呼べる施設だ」
キールたちのショックをよそに眼帯男は淡々と続ける。
「私はこの施設の長を担っているデニス。
訓練生からは校長や少佐などと呼ばれているが、まあ好きに呼んでくれて構わない。
そうだ、君たちの名前を聞いておこうか」
まだショックから立ち直っていないキールたちは、突然に自己紹介を求められ困惑したが、互いに顔を見合わせて眼帯男の意向に答える。
「俺は、キール、です」
「カリーリと申します」
「我はゴルディ」
「私はグァンダイン・ゲッヘルサーデインと申す者」
「……ゲンドウ、とご記憶願いたい」
キールたちが名乗ると、デニスと名乗った施設の長は一人ずつと目を合わせ、ふむと頷いて、全員を見渡しながら問うた。
「君達が何者であるか、問い詰めることは簡単だ。
しかし、この施設へと入り込んだ罪は重い」
「俺たちはただ――!!」
言い返そうとしたキールを手で制し、デニスは続ける。
「二つ、君達は選ぶことができる。
一つは、過去や身元などに関係なく、我々と人類のために戦う道。
もう一つは、過去や身元に拘り、我々と気の済むまで討論を交わす道。
もっとも、前者にはこの施設から食事や衣服・装備などが支給され、個々人に個室も与えられる。
ただし、毎日血を吐くような訓練が課され、一人前になった暁には前線へと配属され、命を賭して戦いに明け暮れることになる」
「……二つ目は?」
厳しさを増したデニスの表情が気になり、キールは恐る恐る尋ねた。
「……実を言えばそんな討論などしている時間はない。
我々と共に戦う同志に加わらないとなれば、君達の態度次第では処刑ということもある。
良くて施設の外に放り出す程度だが、外の世界で生き延びられる可能性はわずかだ」
「選ぶ意味があるのですか?」
キールが一歩踏み出し、拳を握りしめて抗議する。
「まるで俺たちの身元がハッキリしないと決めつけているし、一緒に戦わないなら処刑するなんて、一方的すぎる!」
言葉に力を込めるキールだが、デニスに響いた様子はない。
「これは大きな譲歩だよ。
君達が『勇者』であることを買っての判断だ。
残念だが我々には時間がない。
そして人材もない。
身元不明の侵入者さえ登用しようというのだ。
この意味を汲んでくれると有り難い」
「……考えさせてくれ」
「即断しろ」
「くっ!」
間を開けようとするキールへデニスから容赦ない命令が飛び、キールは歯噛みしながらも仲間たちを振り返る。
みな一様に困惑の表情を浮かべている。
「どうする? どうしたい?」
キールのヒソヒソ声に仲間たちが答える。
「我は戦いに身を置きたい。それしか出来ぬ生き方をしてきたゆえな」
と、ゴルディ。
「そうだな。どうやらここから放り出されても生き延びれそうにないらしいし、訓練だったか? 鍛えてもらえるならその間に色々と情報が手に入って、打開策が思い付くかもしれねー。だったら殺されるよりは生きているべきだな」
と、ゲンドウ。
しかしグァンダインは顔をしかめる。
「若者はそれで良い。だが私は魔導師で体力には自信がない。加えて歳を重ねておる。ゲンドウの言うような生き延び方も分からぬではないが、そんなにうまく事が運ぶかどうかは、少々楽観的すぎではないか?」
男連中が腕を組み眉間にしわを寄せて唸ってしまったので、カリーリがキールに水を向ける。
「私は、キールが決めた事に従うわ。……キールは、どう考えているの?」
「俺は、アイルノン王国が滅んだということを聞いて、選択肢はなくなったと思った。
今居るこの国もどうやら――いや、この世界も滅亡の危機に瀕しているらしい。
ならば、やはり勇者として世界を救いたいと思うし、人々のために戦うことへの躊躇はない。
ただ――」
言葉を切ったキールに全員の視線が集まる。
「ただ、どうやらこの国の武器や戦い方は、剣や斧や、祈りや魔法ではないように感じる。
その一点を除けば、俺はここで戦ってもいいと思っている。
もちろん、皆が一緒に戦ってくれるならば、こんなに心強いことはない」
一人一人と視線を合わせて話すキールに、カリーリはすぐに右手を差し出した。
「いいのかい?」
「もちろんよ」
「うむ!」
「為そうとして初めて成し得る日のために為せる事がある」
「しゃーねーな!」
カリーリに続き、ゴルディ・グァンダイン・ゲンドウが右手を差し出し、キールの手をガッチリと握った。
「決まったようだな」
「キール勇者隊、この戦いに参じます」
「歓迎しよう」
振り向いて固い意思を示したキールに、デニスは満足そうな笑みを浮かべた。
「今日はもう遅い。
部屋を出てユーゴ大尉に宿舎を見繕ってもらうといい。
明日の午後には装備を整えて、早速訓練に参加してもらうことになる。
今日はゆっくり休むといい」
デニスはキール達に話しながら机の上に手をやった。
するとキール達の入ってきた扉が開き、先程のまだら男が姿を現した。
「ちょっと待ってください。この国のことをもう少し教えていただきたいのですが」
「すぐに分かる」
食い下がるキールににべもなく即答し、「大尉、後は頼む」と言ってデニスは元の通り椅子に腰掛け、もうキールの顔すら見ていない。
「ついて来い」
ユーゴ大尉と呼ばれたまだら男は、キールが抗議する前にさっさと部屋から出て行ってしまった。
「なんなんだ!」
小声で罵り、仕方なくキールは仲間を伴ってユーゴの後を追った。
まだら男について行かなければ今夜の寝床がないばかりか、明日の予定すら分からない。
キールはこれほどの仕打ちを受けたことがなく、苛立ちをどこかにぶつけたくなるがその場所すら与えられていない。
またまだら男に先導されて通路を歩いていく。
キールはよほどアレコレと問い詰めてやろうかと思ったが、往路の様にすげなくいなされるのがオチなので、チャンスが来るまで我慢することにした。
しばらくして両開きの扉の前でユーゴが立ち止まったが、扉が開いた先は小さな部屋でユーゴとキール達が入るといっぱいになってしまった。
その小部屋はガタガタと揺れたが、ユーゴが何も言わないところを見ると地震ではないらしい。
少しして変な音がしてから扉が開くと、さっきとは全く違った光景が現れた。
「この様な魔法は見たことがない」
呆気にとられているとグァンダインがポツリとつぶやき、さっさと小部屋を出てしまっていたユーゴが振り向いて言った。
「ああ、そうか。これはエレベーターという昇降機でな。階段の代わりだよ。これから毎日使うことになるから、使い方を覚えておいた方がいいぞ」
「……ありがとう」
どうやら魔法ではないが、『階段の代わり』という意味はなんとなくしか分からないながら、とりあえず感謝の言葉を返した。
「ここから宿舎の区画だ。
この番号から順番に五つ空いているから、一人一部屋使うといい。
といっても、シャワーとトイレとベッドくらいしかないがな」
そう言ってユーゴは一番若い番号『2230222』と書かれた部屋を開け、丁寧に室内の説明をしてくれた。
壁に張り付いた板のデコボコを触ると湯が出たり、椅子の横のツマミを動かして水流で排泄物を処分するなど驚きの連続だった。
何より驚いたのは、入り口に張り付いている板のデコボコに触れると、部屋の天井が明るくなったことだ。
「これこそ究極の魔法だ」と感嘆したグァンダインに、ユーゴが「そうではない」と苦笑していたのも印象的だった。
他にも常に無料で飲食できる食堂の場所や、衣服の洗濯は部屋の隅の小窓から籠に落として係に渡すだけで済み、洗い終わった衣類はその籠に畳まれて戻ってくるなど、一通りの説明を聞き終わった。
「こんなところだな。何か聞きたいことはあるか?」
「山ほどある。この国は、この世界はどういう状況なんだ?」
待ちに待ったタイミングを逃すまいと勢いこんで尋ねたキールだったが、いっぺんに真剣な顔になったユーゴが重々しく告げて部屋を去っていった。
「人類は絶滅の危機にいるのだよ。 例えるならば地獄と言ってもいい。 明日からはお前たちもその地獄に足を踏み入れるのだ」