③ ユーゴ大尉
高圧的な態度にムッとして体を起こすと、緑や茶や黄色がまだらに散りばめられた服を着た男が、ショートソード程の長さの鞭を持って立っていた。
頭に変な形の帽子を被っているし、ベルトには手斧のような道具や小箱を吊り下げている。
年の頃ならキールより少し年上。
ゴルディと同じ二十代後半くらいか?
「貴様らが現れたせいで訓練の時間が短縮されてしまった! この罪は償ってもらわねばならん!」
「不埒者とは無礼な。俺たちは好きであそこに居たのではないんだぞ」
あまりの蔑みに思わずキールが言い返してしまったが、まだら服の男は鞭で自分の足を打ち、派手な音を立てた。
「自分の意思ではなくどうやってこの施設に潜り込むことができるというのだ!
人類史上最大にして最深の地下訓練施設だぞ!
その中でも貴様らが居たのは厳重なセキュリティーを幾つも通らなければならない訓練区画だ。
ましてや古臭い格好に古代人のような武装ではないか。
ハロウィンの仮装には時期が遅いし、学芸会という歳でもなかろう。
そんな仮装で模擬訓練のど真ん中に現れることは、不埒と言わずなんというのか。
貴様らがどんなつもりであろうと、施設への無断侵入、及びセキュリティーをかいくぐった手段、更に訓練を邪魔した動機など聞きたいことは山ほどある。
たっぷりと尋問してやるから覚悟しておけ!」
「頭ごなしに罪人の様な扱いとは。この国の程度が知れるな! 俺たちは魔王ザリダンダリラリの討伐に向かう勇者隊だぞ!」
男が口にした単語のほとんどが初耳だったので、男が具体的にキール達をどう思っているかは分からない。
しかし決して友好的に迎えられている感じはしないし、何より言葉の強さから馬鹿にされたり罰されようとしていることだけは分かった。
なのでキールは思わず語気を強めてしまったが、キールの反論を聞いて男の表情が若干の興味を示した。
「勇者隊だと? どこの勇者隊だ?」
「アイルノン王国だ。マクハーレン王の認証もある」
現物を見せてやろうと懐を探ったが、どうやら意識を失っている間に衣服は着替えさせられていたようで、胸元をまさぐっても何もなかった。
それでも男には伝わるものがあったようで、「ふむ」と呟いて顎に手を当てている。
「……三〇分後にこの訓練施設の長にあってもらう。それまでに身支度を整えておけ!」
語気強く命令すると、男はそばに居た女に声をかける。
「キャシー看護兵。問題ないな?」
「はい。衣類の洗濯も終わっていますし、五人のバイタルも問題ありません」
「よし!」
短いやり取りをして男は挨拶もせず部屋を出ていこうとする。
「おい! どういうことだ! ちゃんと説明しろ!」
「三〇分後に嫌というほどしてやる」
キールに呼び止められた男は、しかしキールの要求に答えない代わりに不敵な笑みを残してさっさと部屋から出ていってしまった。
「クソッ!」
見下され、命令され、味わったことのない屈辱を感じて思わずキールの口から罵りの言葉が出た。
「ごめんなさい。大尉は本当は懐の深い方なのだけれど、ちょっと仕事熱心なの」
キャシーと呼ばれていた女性がキールのベッドに近寄り、傍らに畳んで置かれていたキールの衣服を渡してくれた。
その時になって初めてキャシーをちゃんと見たキールは、彼女の容姿や雰囲気に当惑してしまう。
全身を包む純白の衣服から清らかさを感じるが、膝から下を露出させたスカートは幾分淫らだ。ましてや肌に密着した半透明の靴下は一瞬キールに不純な気持ちを抱かせた。
面立ちは普通だが、彼女の黒髪は美しく白い衣装によく映える。
「いや、貴女が謝ることはないですよ。全て彼の態度の問題です。
ところで、俺の仲間たちはどうしていますか?
一緒に連れて来られたと思うのですが……」
服を受け取りながらそう弁明し、まだら服の男とのやり取りに仲間が口出ししなかったことが気になった。
「隣に居ますよ。ベッドごとに遮音できるようになっているから、気付かないのは無理ないわね」
そう言ってキャシーは壁際の飾りに触れた。
するとキールのベッドを囲っていたカーテンや仕切りがスルスルと壁に収納され、キールの右手側にベッドが四台現れた。
キールに近い方から順にゴルディ・ゲンドウ・グァンダイン・カリーリが、キールと同じ服装に身を包み思い思いの姿勢でベッドの上にいる。
「みんな、無事だったか」
キャシーがそれぞれの服を配る合い間に、キールは仲間に声をかけ、安堵の気持ちを伝える。
「キールもね」
「二度死んだ気がしたぞ」
「悪夢から覚めても悪夢を見る、そんな心持ちを得たな」
「そーかい? 美人がいるだけで俺には天国だがな」
「皆さん元気で何よりですが、身支度だけ済ませてください。大尉は時間に厳しいんです」
ゲンドウの軽口もやんわりといなしてキャシーは着替えを急がせる。
身支度で肌を露出することを気遣ってか、キャシーはまた壁の飾りに触れて一度収めた仕切りを引っ張り出した。
――なにはともあれ、全員生きていた――
ベッドに腰掛けて着替えをしながらキールは心底安堵し、見知らぬ場所に放り込まれた不安を少しだけ拭うことができた。
着替えを終えたキールたちだったが、武器や防具の装着は許されなかった。
愛用のバスタードソードだけでも帯びておきたかったが「居住区画は非武装というルールです」とキャシーに言われては従うしかなかった。
「準備はできているな? 付いて来い」
再びドアを開いて現れたまだら男は、キールたちの顔を見るなり一言だけ命じてさっさと歩みを進めてしまう。
慌ててキールたちは男の後を追う。
「どこへ行くんだ」
「来れば分かる」
「名乗るくらいしたらどうだ?」
「今は不要だ。必要になれば名乗るし、貴様らの名前も聞く」
一定のリズムで歩みを進める男に何度となく声をかけたが、ちゃんとは取り合ってくれず、キールの不愉快さは募る一方だ。
「着いたぞ。中に入ったら礼儀正しくしろ」
男は、光沢のない金属質の壁と床の通路をひた進み、取っ手の付いた枠の前で立ち止まってまた命令した。
「中に入る? どこかに部屋でもあるのか?」
「うん? ああ、そのノブを掴み回して引けばドアが開くんだ」
また馬鹿にされるか見下されるかと思ったが、男は意外にも優しく丁寧で、壁に生えた取っ手を指し示し、掴み回す動作もやって見せてくれた。
キールが知っているドアは、王城の門番が数人がかりで開けるような重厚な大扉か、庶民的な開き戸か引き戸だ。
金属製のドアや取っ手がついているという発想がない。
男の指南どおりにやってみると、わずかにカラクリや仕掛けの作用する音がしてドアが開いた。
「……失礼します。勇者キール、入ります」
男の命令には反発したかったが、意外な優しさと初めて触れた文化に戸惑い、結局男の命じた通りに礼を尽くしてしまった。
「聞いているよ。中まで入ってくれたまえ」
「……失礼します」
部屋の中からした声はやや年齢を感じさせ、まだら男ほどの張りや強さがない。
枯れた感じがあることから、グァンダインよりも年上かもしれない。
入室を許されたことを受け、キールは軽く会釈をして部屋へと入り、声の主の前まで進み出て立ち止まる。
残りの四人もキールに倣い、国王との謁見の時のようにキールの後列に並ぶ。
キールの前には大きな机に着いた眼帯の男。
まだら男と色違いだが同じ形の帽子を被っている。
眼帯男が問う。
「アイルノン王国の勇者隊と名乗ったそうだが、それは本当か?」
「事実です。マクハーレン国王より戴いた認証もございます。我々の身元はハッキリとしています」
いつでも出せるようにと懐に入れてある認証を押さえ、キールは強く断言した。
「そうか。
……残念だが、今この世界にはアイルノン王国という国はない。そのため君たちの身元を証明するものは全くない」
「なんですって? アイルノン王国が滅んだと言うのですか?」
後ろ盾を失うことに慌てキールは少し声を荒げた。
アイルノン王国が滅んだというのならば、世界が滅んだのも同然で、あの時魔王を討てなかった後悔は倍増する。
「そんな次元ではない」
眼帯男はゆるりと立ち上がってキールに答える。
「人類は滅んだのだよ。それこそ何度もな」
「なんだって!」