③ 出発前夜
ガラ・ラ・ロームを討った日から二日間は休養にあてられ、その後には緊急出動で守り抜いた拠点へと移動し、そこを橋頭堡として本格的なデ・ミニオン討伐の任務が始まる。
休養一日目は、キールを含めほぼ全員がベッドの支配者となり、昼過ぎまで眠る者がほとんどだった。
それでもカリーリやゾルアディスは朝の祈りを捧げ、自主トレーニングをこなして昼になっても眠りこけている仲間を起こして回った。
夜にはニコライやイワンのはからいで宴が催され、訓練施設の食堂は乱痴気騒ぎに湧いた。
この機会にA1・B21・B29・C5の面々と健闘を讃え合い、自己紹介をし合って特別編成小隊の親睦を深めた。
しかしこの宴のせいでキールは二日連続でベッドの王様となり、カリーリに起こされた時には夕刻近くだった。
「カリーリ、どこに行くんだい?」
夕食もそこそこに、キールはカリーリに誘われて歩き始めたものの、今まで来たことのない区画に少し不安になった。
「この前、とても良いところを見つけたのよ。来れば分かるわ」
微笑みを絶やさないカリーリを信じ、人気のない通路を進む。
「着いたわ」
カリーリが示した先には、タイル敷きの通路の周りに樹木と草花が茂り、その先の広場の真ん中には噴水とベンチがある空間だった。
「こんな所があったのか……」
地下七階の宿舎から階段で一つ下り、農場プラントを通り抜けた隅っこ。
まず訓練生の立ち寄らないであろう区画で、この空間を知っているとすれば農場プラントで働いている係の者だけだろうと思えるほどひっそりしている。
「良い所でしょう?
地上は廃墟や枯れ木しかなかったけれど、これは本物の植物なのよ」
「ああ。久しぶりに生きた土の匂いを嗅いだよ」
天井から降り注ぐライトは天日――太陽――ほどの恵みはなかったが、宿舎とは違う明るさがあった。
それに加え、樹木の温かさや草の青臭さ。
花の瑞々しい香り。
水分や養分を含んだ土特有の湿った香りは、キールに故郷の田園風景を思い出させた。
ベンチに腰掛け胸いっぱいに深呼吸をすると、少年の頃に実家近くの丘で日向ぼっこをしている気分になる。
カリーリもキールの隣に腰掛け、しばらく二人で草木と土の匂いを楽しむ。
「……また地上でこんな時間を持てるようになるかしら」
「……分からない。やってみるしかない。いや、やるしかない」
寂しげに問うたカリーリに、キールはそう答えるしかなかった。
「わたし、あなたが生きていて本当に嬉しいの」
唐突なカリーリの言葉にキールは慌てる。
「それは俺だって同じさ」
「本当に?」
「もちろんだ」
「……良かった」
カリーリは呟いてキールの肩にもたれた。
しばらく黙る二人。
「ねえ」「あのさ」
同時に話しかけてしまい、思わず二人から笑い声がもれる。
「キールから言って」
「ああ、うん。
あのさ、何度かカリーリが自分の部屋以外から出てくるのを見かけたんだけど……。
あれは、その、そういうことじゃ、ないよな?」
「どういうこと?」
聞き返してから質問の意味を理解したらしく、カリーリはキールから体を離した。
「わたしは神官よ?
神々は恋愛や婚姻は許していても、淫らな欲望を禁じているわ。
知っているでしょう?」
キールは自分がつまらない疑念を抱いてしまっていたことを悔いた。
もとの時代にいた頃、旅の途中で野宿になった際も、カリーリは水浴びなどで肌をあらわにすることはなかった。
酒場で酒によって言い寄ってきた粗野な男どもを、神の御名においてお仕置きしたことは一度や二度ではない。
「そうだった。すまない」
「……ゲンドウとはあなたの様子がおかしいことを相談していたの。
ゴルディもそう。あなたとの連携が取りづらそうだったから、アタッカーとディフェンダーを交代する話をしていたのよ。
グァンダインとは魔法や祈りが発現するんじゃないかっていう可能性を話していたのよ」
カリーリの弁明を聞き、キールは深く反省した。
全て自分の態度や姿勢を心配してくれた結果だからだ。
「申し訳ない。
ゲンドウがハメを外すような言い方をしていたものだから、つい……」
キールが頭を下げて謝罪の念を示すと、カリーリはキールの手に自身の手を重ねて寄り添う。
「あれはゲンドウが良くなかったわね。
女性と軽々しく交わるような言い方をしていたものね。
でもね?
ゲンドウはいつものように色々な人と関わって、この時代の情報を集めようとしてくれていたのよ。
あなたが変な仇名で呼ばれていたことを正す意味もあったらしいわ。
スーザンとコンビネーションが取れていたのも、彼がC6のみんなと関係を深めていたからなの」
「そうだったのか……」
キールは何かの機会にゲンドウへの謝罪を心に決めた。
同時に、勇者はおろか指揮官としての器量も鍛えねばと思う。
「今度はカリーリの番だ」
「わたし?
ああ、そう。うん。
わたしのは、もういいのよ」
顔をうつむかせたカリーリに問う。
「そうなのか?」
「……わたしは、あとでいいの。
全部終わってからでいいから」
そう言ってカリーリはまたキールの肩に顔を寄せ、体も寄り添わせてくる。
キールはここから先、どんなことを言えばいいのか思案していて、しばらく無言の時間が続いた。
「……なあ、カリーリ」
「なぁに?」
「神官は、恋愛も婚姻も許されているんだったよな?」
「そうよ。神に見守られて運命の人と永遠を誓うのよ」
「……そうか」
あれ? とカリーリが顔を上げてキールの顔を確かめ、元のように彼の肩に戻った。
「他の時代の女性はもっと自由な恋愛をしているかもしれない。
でもわたしは、運命の人とだけ、永遠を誓うのよ」
焦れったかったのか、キールからの明確な言葉を求めているのか。
カリーリの口ぶりは神殿で真実を語らせようとする神官の迫力があった。
キールがどんなことを言うのか試している感じ。
「……あの話、覚えてるかな」
「うん? どの話?」
「アッシュの夢の話」
カリーリが「ああ」と声をもらす。
灰色の髪と灰色の瞳をしたキールの弟子アッシュ。
気が弱いけれど優しくて、キールの前では無邪気に笑う男の子の顔を思い出す。
短い時間しかともにしなかったが、勇者隊に加わった頃のキールのように、勇者に憧れている少年だった。
「覚えているわよ」
「そう。
あいつは、アッシュは、俺とカリーリが結婚するまでに勇者になるって、頑張ってた」
「そうね」
「ユーゴの話じゃ、立派な勇者になったみたいだな」
「魔王を倒したらしいわね」
「だからってわけじゃないんだけど――」
重ねていたカリーリの手をキールが少し強く握った。
「――俺がカリーリの運命の人なら、一緒に神の祝福を受けてくれないか?」
何ヶ所か声を裏返らせたキールの告白に、カリーリはすぐに答えなかった。
「だ、ダメなのか?」
「ふふ。うふふ。
いえ、喜んで。オーケーよ。
ふふふ、ふふ。あははは!」
笑いをこらえながらも承ったカリーリだが、ついに声を出して笑いだしてしまった。
「笑わなくてもいいじゃないか」
「ごめんなさい。
あまりに勇者らしくないプロポーズなんだもの。
アッシュまで引っ張り出して!」
言い終わる前にまた笑い出したカリーリに、さすがのキールも憮然とした顔になる。
「……もう、いいよ」
「――怒ったの?」
不機嫌な声を出してそっぽを向いてしまったキールを覗き見ると、キールはカリーリの頬に手を当て、目を合わせてから呟く。
「結婚しよう」
「はい。喜んで」
今度こそカリーリは間を開けずに返し、目を閉じた。
キールはゆっくり優しく唇を重ねる。
「――神の前で誓うのは、この世界を救ってからになると思うけど」
「じゃあ、急いで世界を平和にしないとならないわね」
「ああ」と頷いてキールはまたカリーリと唇を重ねた。
明日からは訓練施設を離れ、新しい土地を拠点にして戦闘に明け暮れなければならない。
キールは人類の未来だけでなく、心の底から愛するカリーリのために、銃を取り引き金を引く。
ただ今は、明日の出発まで恋人の時間を過ごそうと決めた。
――― 第一部 完 ―――
最後までお読みいただき、、ありがとうございます!
訓練生から正規兵となったキールたちの物語は「ここからが本番!」ですが、ここで第一部完として区切りとさせていただきます。
プロットでは大まかに「第二部 北米編」、「第三部 アジア編」、「第四部 ヨーロッパ編」を用意しています。
今後、応援や機会をいただいたうえで、体調やスケジュールなど整った暁には、続編を書きたいなと思っております。
キール、カリーリ、そしてアッシュの活躍をお見せするためにも、ブックマークや評価や感想などお寄せください。
ありがとうございました\(^o^)/




