② 決意あらたに
「なぜそのようなことを?」
誰もが感じた疑問をゴルディが問うた。
「この世界で生き抜いてもらうためだ。
この世界――いや、この時代と言い直そう。
この時代に蔓延るデ・ミニオン達は、遥か昔から人類と対立関係にある。
各教室の教官からは三千年と教わったと思うが、それはあくまで確認されている歴史が三千年であるだけで、アイルノンが世界の中心だった時代はそれよりも遡ることになる。
ざっと一万年前と言われている」
ユーゴがさらっと明かした事実に全員が小さくどよめいた。
ユーゴは続ける。
「しかし人類はもっと長く戦ってきたとも言われている。
我々が立つこの大地は、ジアースやチキュウと呼ばれる惑星で、人類が栄えては魔物が巻き返し、また人類が立て直して……というシーソーゲームを何億年にわたって繰り返しているとされている」
惑星という概念や、何億年という時間の長さが想像できず、一同は静まり返る。
「だが重要なのは戦いの歴史ではない。
祖国がどうなったかではない。
この時代に転移した我々は、この時代で生き延び、この時代の人類を救わねばならない。
そのために望郷心を持たせる要素を排除しなければならなかったのだ。
そして、この時代を戦い生き抜く決意を持ってもらわなければならなかった。
そう理解してほしい」
静まり返った室内にゼノンの質問の声が響く。
「もとの世界に……時代に戻ることはできるのだろうか?」
この質問に対しユーゴは首を横に振ってから答えた。
「残念ながらそうした前例はない。
そもそも戻ったところで、という話であるしな。
もとの時代から見てこの時代は遥かな未来と言える。
もとの時代に戻ってデ・ミニオンを駆逐したとしても、何らかの要因があって人類は衰退しデ・ミニオン優勢のこの時代へと繋がる。
それはこれまでの歴史や伝承で示されている。
アイルノンが世界の中心であった時代に、キールたちが魔王討伐までこぎ着け、行方不明となった後にキールの弟子と名乗るアッシュという勇者が魔王を討ったとの伝説がある」
「アッシュ!? あの気弱で優しいアッシュが、魔王を!?」
意外なところで意外な名前が出たので、キールは思わず声を上げてしまった。
アッシュは灰色の髪と瞳を持つ少年で、出会った頃の年歳はまだ十二になったくらい。
魔王討伐の旅の途中で、少しの間だけ一緒に旅をし、剣と魔法の手ほどきをしたことがある。
「そう、アッシュだ。
資料などが存在しないのであくまで伝説に過ぎんがね。
しかし、彼が魔王を倒したとしてもこの時代にデ・ミニオンは存在している。
他の時代でも同じことだ。
戻れるならば戻りたい。その気持ちはよく分かる。
私もアイルノンに妻と息子を残して来たのだからな……」
「……あなたもでしたか」
目を伏せたユーゴへゼノンが悲しそうに声をかけた。
あなたも、と言うことはゼノンももとの時代に家族を残して来るハメになってしまったということなのだろう。
「ああ、そうだ。
だからこそ、なればこそ、我々はデ・ミニオン打倒に専念せねばならないと強く思うのだ。
この時代に転移した勇者を育て、この時代でも勇敢に戦ってもらわねばならない。
この訓練施設はそうした目的でここに存在しているのだ。
諸君らの力を過去の家族らのために、未来の人類のために役立てて欲しい」
熱のこもった言葉を吐き出し、ユーゴは踵を合わせて敬礼をする。
キールたち三十五名の新兵も直立不動となり、音を揃えて敬礼を返し、解散となった。
「キール」
「……なんでしょう?」
踵を返し退室しようとしたキールをユーゴが呼び止めた。
キールは初めてユーゴから名前を呼ばれた気がして、少し慌てる。
「君に一つだけ詫びなければならないことがある。
ここに来て間もない頃、私は君に厳しくあたってしまっていたと思う。
すまなかった」
「そんな……。理由があってのことでしょうから、気にしてはいませんよ。
あの頃の私が驕った態度であったのも事実ですし、まだ勇者や勇気というものがなんであるのか、答えは見つかっていません」
ユーゴからの突然の謝罪に動揺したが、キールは本心を口にした。
仲間たちの助力やフォローがあってガラ・ラ・ロームを討ち取れたとはいえ、まだ自身の行動は勇気ではなく無謀なものに思えてならない。
今後も勇者や勇気について考えていかなければならないと思っている。
「ふふ、頼もしいな。
君は『希望の勇者』という触れ込みがあって転移してきたのでな。
顔を合わせた時、こんな若造が魔王の元までたどり着いたのかと嫉妬したのだよ。
格好の悪い大人だ」
「そんなこと……」
「いや、事実だからそれでいいんだ。
これを見ろ」
フォローしようとするキールを制し、ユーゴは右手のグローブを外して見せた。
そこには軟質樹脂で覆われた生気のない手の形をしたものがあった。
「……義手、なのか?」
「そうだ。
私も戦場に立って死力を尽くしたんだがな。
デ・ミニオンに右腕と左脚を食われ、戦うすべを失ってしまった。
それで仕方なくここで指導に明け暮れているというわけさ。
誰よりも戦場の厳しさを知っているつもりだし、この時代の現状に誰よりも不満を抱えている。
それゆえ――というと身勝手はなはだしいが、『希望の勇者』に個人的な鬱憤をぶつけてしまったんだ。
これは謝らなければいけないことだろう」
戦場に立てないもどかしさ。
右手を奪ったデ・ミニオンへの怒り。
過去に残してきた家族への思い。
キールに向けられる期待。
キールの頭の中に様々な思いや言葉が駆け巡り、目の前で頭を下げるユーゴになんと言葉をかけていいか分からなくなる。
「……大尉、それはもういいんです。
俺はもう許しています。
こうして一隊の長に就かせてもらい、三十人を越える部下を与えられた。
ここまでに育ててもらった時点で貴方の謝罪は終わっているし、俺も許しています。
それどころか心構えを教わったと思っているくらいです。
頭を上げてください、大尉」
キールが必死に言葉を紡ぐと、ユーゴはゆっくりと頭を上げ、今まで見せなかった朗らかな笑顔を見せた。
「ありがとう、キール。
君の武運を祈っているよ。
デ・ミニオンを打倒し、この世界を救ってくれ!」
「了解しました!」
キールとユーゴは互いに敬礼をし、お互いの健闘を祈りあった。




