③ イレギュラー
その日から一週間、キールとパーティーメンバーたちはぎこちない生活を送った。
午前中の講習や昼からのトレーニングでは同じ部屋に居るが言葉を交わすことはなく、通路や準備室ですれ違っても挨拶すらしなくなってしまった。
朝食と昼食、トレーニング後の夕食でもキールは彼らと同じテーブルには着かず一人で食事を摂る始末だ。
これではいけない――。
キールにも関係が悪い方へ向かっていることが分かっているのに、侘びたり歩み寄ったり言葉を交わすことができぬままに、ただただ時間が過ぎてしまった。
「――それでは今日はここまで。
明日は一日を通して集団戦闘訓練を行います。
参加する教室は、Aクラスからこの教室を含む二個小隊。BクラスとCクラスからも二個小隊を選抜し、この六個小隊を様々に組み合わせて色々なシチュエーションで訓練します。
例えば、敵四個小隊に対して自陣は二個小隊というパターンも想定しています。
以前の実戦訓練や、この前の緊急出動のように同数とは限りませんし、日中・夜間・雪中など、コンディションもまちまちです。
ハードな訓練になりますから、覚悟しておいてください」
ニコライにしては珍しく脅しにも似た宣告をして講習が終了した。
ニコライの退室に呼応するように全員が席を立ち、気まずい雰囲気と明日の訓練への緊張で、ますますキール小隊五人の表情や動きはぎこちない。
昼食のために地下七階へ下り、キールはごった返す食堂を縫うように進んでカウンターで食事が盛られたトレーをもらう。
また人混みを縫って混雑する食堂で空いている席に滑り込み、見知らぬ訓練生に挟まれながら手早く食事を済ませた。
食べ終えたトレーを返却し、喫煙所へ向かう途中で不意に肩を掴まれ歩みを止められた。
振り返るとゲンドウがピッタリとくっついていた。
「明日だぞ。忘れてねーよな?」
「当たり前だ。お前たちこそ手抜きするなよ」
低く恫喝するような声音のゲンドウへ、キールも同じトーンで言い返してやる。
数秒の睨み合いのあと、「チッ」と銃弾が掠めたような鋭い舌打ちをしてゲンドウは立ち去った。
キールも元のとおり歩き始めて喫煙所へ向かったが、カッと燃えるような怒りと、本心とは違う言葉を吐いた自身への呪詛が黒く渦巻き、壁に体当たりをするように喫煙所の椅子に腰掛けた。
――良くも悪くも明日でハッキリする――
なんの根拠もなくそんな言葉だけを繰り返し考えてしまう。
それはただの責任転嫁と問題解決の先延ばしと知りながらも、キールには他の言葉や方法は思い付かなかった。
翌日、キールたち五人の姿は地下二階のシミュレーションルームの一番大きな部屋にあった。
前回の実戦訓練同様、事前にニコライからマップの説明はあったが、明らかに広さが異なっている。
一番小さなルームが倉庫一棟とするならば、このルームは小さな街一つほどの広さはある。
「諸君、おはよう!」
ルームの入り口でたむろしていた六つのグループに、天井のスピーカーから声がかかった。
久しぶりに聞くユーゴ大尉のものだ。
「今日は六つの教室の合同訓練を行う。
まずはA1とC5で赤チームを組んでくれ。
C7とC6で青チームという組分けで、フラッグゲームをやってもらう」
フラッグゲームとはマップの両端に陣地を設け、自陣の旗を守りながら相手チームの旗を奪い合う訓練だ。
先に旗を奪取したら勝ち。旗を守り抜いて相手を全滅させても勝ちとなる。
単純な旗の取り合いにも見えるが、攻め方や守り方、端から全滅を狙うなど戦略的要素が高く、マップと人員に合わせた作戦と役割分担が肝となる。
「余談だが、先日のスクランブルで戦果を上げたC7はAクラス相当と捉えている。チーム分けに忖度はないと思ってくれ」
ユーゴの余談にキールとゲンドウは小さく舌打ちをする。
この一言のためにA1の油断は薄まるからだ。
「余談じゃなくて余分だぜ」
「……やりようはあるさ」
互いの舌打ちに気付いて顔を見合わせるとゲンドウが悪態をついたが、キールはそれを打ち消した。
「ではマップタイプ『シティー』を展開後、五分後にスタートする。位置に付け!」
ユーゴの指示に従い、両チームは定められたスタート位置へ駆け出す。
それを追うようにシミュレーションルームの壁や床が稼働し、マップに則した障害物や建造物の骨組みが組み上がっていく。
天井からは強烈な白色光が照りつけたあと、様々な方向から多彩な色調の光線が打ち出され、『シティー』のマップが出来上がる。
「さすがに大掛かりだな」
一分とかからずに現れた奥行き四キロ・幅三キロ・高さ二十メートルの立体マップは、五階建てビルディングが立ち並ぶ都会的なマップだ。
「よお! SB! 撃ち殺してやるつもりがチームメイト発進だな!」
皮肉な言い方で声をかけてきたのはアイガンだ。
どうやらこの場合の『SB』は蔑称の方だと感じ、キールは睨み返して応じる。
「憎まれ口は鬱陶しいが、実力が分かってるのは有り難いな」
「ユーゴ大尉はハンデのつもりなんだろうな」
意外にもニヤリと笑って返したアイガンの言葉に、キールはハッとしてゲンドウを見る。
「なるほど? その可能性はあるな。
それで、うちのコマンダー様はどんな作戦を考えてるんだよ」
ゲンドウの返事に誰からも異論が出ないところを見ると、キールがコマンダーを担うことにC6教室は依存ないようだ。
「アイガンの言った感じだと、A1は俺たちを試すか舐めてくるかのどっちかだ。
そのどちらかと考えるなら後者より前者。
だから慎重な作戦より、積極的な攻めの作戦で来ると思う。
しかも組んでるのがCクラスだからな。初めて組む格下なんかアテにしないだろうし、俺たちを試すなら自分の目と手で確かめに来るはずだ」
キールがC6も含めた仲間全員を見回しながら語ると、誰かが「なるほど」と相づちを打った。
「となると守りに徹するのか」
「攻めないのか?」
「そうだ」
キールの言葉を継いで戦略を口にしたゲンドウに、アイガンの非難が飛んだがキールが一蹴する。
「飛び込んで来てくれるんだから前に出るのはリスクを増やすだけだ」
「確かに」
さっき相づちを打った男が今度こそ明確に反応したので、キールはC6のメンバーに声をかける。
「……細かな配置の前にそっちのメンバーを紹介してくれ」
「ああ。僕はサイラム。こっちのコマンダーをやってる。略号はサイでいい。『大地を割る者』の横に立てるとは光栄の限りだ」
先程から相づちを売っていた男が進み出て名乗った。真面目そうな顔で微笑みをたたえている。
「あたいはスーザン。タクティカルだよ。『色のない風』より役に立つよ。盗賊上がりだけどね」
サブマシンガンを携えた小柄な女がゲンドウを睨みながら不敵に笑う。動きやすさを重視してかやや布地の少ない服装だ。
「あたしはジャスミンよ。ジェシーでいいわ。守るより攻めたい性格だけど、『希望の勇者』に従うわ」
体の線が出るようなピッタリした服を着た女が進み出て言った。しなやかな身のこなしは猫科の猛獣を思わせる。黒のキャップを軽く上げる仕草から《《女の武器》》も得意なようだ。
「私はゼノン。『炎熱の知恵者』と共に戦えるとは思ってもみませんでした。以後、お見知りおきを」
中肉中背で印象の薄い男がうやうやしく頭を下げたが、その仕草には宮廷魔術師のような儀礼が見える。
「最後に、俺はゾルアディス。スナイプには若干の自信がある。『水神の巫女』とは一度話をしてみたかった」
スナイパーライフルを抱くようにしている痩せた男が、ゼノンとは違った儀礼で腰を折った。その首からはカリーリとは少し形の違う聖印が下げられている。
「よし。
一時的だがこのフラッグゲームでは同志だ。
作戦は拠点防衛をベースに、相手を引き込んで討ち取る」
キールは全員を見回しながら作戦を説明していく。




