② 嘘と暴言
結局、キールは新しいアサルトライフルとグレネードランチャーの射撃に没頭するあまり、深夜になるまで射撃訓練場にこもってしまっていた。
ロッカールームに装備を安置し、宿舎まで戻ってきたキールは就寝前の一服のつもりで食堂に立ち寄り、いつものフレッシュジュースを持って喫煙所へ入った。
アイガンから教えられたタバコがクセになってきて、日用品の支給を行っているカウンターで新品をもらって来てしまった。
有害物質は含まれていない味付きの水蒸気とのことで、運動のあとや考え事の最中・ボンヤリしたい時についつい欲してしまう。
「――ふぅ」
ミントの清涼感とフルーツの香りと味を口内に感じながら、キールは頭と体を弛緩させて、煙状の水蒸気を吐き出す。
――武器を変えても、『勇気』や『勇者』の在り方が分かったわけじゃない――
口内と喉元がスッキリすればするほどキールの課題はドッシリと頭の中に居座っているのがはっきりとしてしまう。
それでもベッドに入れば眠りに落ち、目覚まし時計で朝が来たことを知る。
Aクラスへと上がったことでキールに残された時間は少ないだろうと想像でき、本格的な実戦への参加までに答えを見つけなければという焦りもある。
と、大きく取られた喫煙所のガラス窓から食堂でたむろする人々が見え、奥の一角に見知った四人組が座ったのが目に入った。
――カリーリとゲンドウ、それにゴルディとグァンダインじゃないか。
こんな時間に何をしているんだ?――
喫煙所で一服付けている自分を棚に上げて、キールは一つのテーブルで頭を突き合わせるように話し込む四人の仲間を見つめる。
――何の話をしているんだろう……――
ゲンドウが仲間たちを見回しながら長々としゃべり、それに対してカリーリとゴルディが短く答える。
グァンダインは意見を求められた時だけ身振りを加えながら応じているようだ。
距離があるしガラス窓で音が遮られているので会話の内容は分からない。
しかし真剣な表情で話す彼らを見ていると、キールが喫煙所から出て会話に参加できる雰囲気ではないと分かる。
――見なかったことにしておこう――
ざわつく心を押し込め、キールは目線を下げて仲間を見ないようにしてタバコを吸う。
彼らとて意思もあり考えを持った人間なのだ。自分が何もかもに関わる必要はない。そう思うことにした。
どのくらいの時間が経ったか……。
キールが二十本入りのタバコを半分吸い終わった頃には食堂から人の姿がなくなり、ようやく喫煙所から離れられるようになった。
途中で何度か立ち上がって伸びをしたりもしたが、それでもキールの腰や尻は凍ってしまった様に固く冷え、立ち上がるだけなのにアチコチを軋ませなければならなかった。
「……早く、寝なくちゃな……」
とっくに飲みきって乾いてしまった空のカップを食堂の食器返却棚へ置き、眠気のせいか疲れのせいか座り続けで体が悲鳴を上げているのか、重い足取りで自室へと向かう。
「キール」
宿舎の通路に四人の仲間の姿があり、名前を呼ばれたので当たり障りのない返事をする。
「……みんな、こんな時間にこんな所で何をしているんだ?」
キールは食堂で彼らを見かけたことを知らないふりで話さねばと強く意識する。
これを『嘘』だとするなら、キールは初めて仲間に嘘をつくことになる。
しかしキールの心中などに関係なく、神妙な面持ちの四人の中からゲンドウが一歩進み出て、口を開く。
「次の実戦訓練だが、今まで通り……。
いや! 銃を使った戦闘でもキールに指揮を採って欲しい」
「どういうことだ?」
「さっきまでお前の居ない所で話し合って、みんなで決めたんだ。
キールがコマンダーをやるべきだ、とな」
そんなことを話していたのか、とキールは驚いたが、それよりも勇者の何たるかさえ見い出せていない自分にコマンダーを任せるのかという戸惑いの方が大きかった。
「俺でいいのか? 『クズ弾』呼ばわりされているんだぞ?」
「クズ弾? なんだそれは……。
そんな周りの評価はどうだっていいんだ。
このパーティーは今までお前中心でやってきた。それが最良のチームワークを生んでいたと俺たちは思ってる。
たとえ世界が変わっても、一旦築き上げたパーティーのコンビネーションというのは、そんなに簡単に変わるものじゃない。
この前の緊急出動でハッキリしたはずだ」
少し熱のある言葉で説いていくゲンドウの言葉に、キールの記憶が呼び起こされる。
序盤こそゲンドウの指示で行動していたが、戦闘が始まってからは個々の判断で攻撃しつつも、キールが中心になっていた気がしなくもない。
「……だが、俺は勇気や勇者というものを見失っている。
ニコライさんやイワンにも指摘された」
「そんなの関係ないわ!
あなたに勇気があるから私たちは一緒にやってきたのよ!」
うなだれ卑下するキールにカリーリが想いをぶつけてくる。
それでもキールは首を縦に振ることはできない。
「……やっぱりダメだ。俺には自信が無い」
「キール……」
かぶりを振り曖昧な理由で断るキールの名を呼び、カリーリは嘆息をもらす。
またゲンドウが進み出る。
「じゃあ、こうしよう。
ニコライからはもうすぐ集団での実戦訓練を行うと聞いている。
自信がなくても嫌でもなんでもいいから、とにかくキールが指揮を採ってくれ」
「しかし、それじゃあ――」
「負けるかもしれないな。
しかし別にいいじゃないか。訓練なんだから死んじまうわけじゃない。
ただな?
俺たちはお前がお前らしく戦ってくれるから、どんな苦難にも立ち向かってこれたし、逃げちまったとはいえ魔王との対決にも臨むことができたんだ。
もしお前が、周りの連中がささやくようなクズになっちまってるのなら、俺たちはパーティーを抜ける。
だってそうだろ?
リーダーがリーダーの仕事をしてくれないなら、それだけ戦死の可能性は上がるんだからな。そんなパーティーでは勇ましく戦うなんてできっこない」
怒りさえ孕んでいるようなゲンドウの言葉に、キールは何も言い返すことが出来ない。
キールにしてみればそれどころではないのだ。
『クズ弾』と罵られたり、アイガンと親しくなれそうだと思った矢先に見損なわれたり、挙げ句にパーティーメンバーから『コマンダーの役目を果たせないなら解散だ』と迫られた。
――俺は今、勇気や勇者としての在りようを示さなければならないというのに……。
こんな俺にコマンダーをやれという。
そこまで徹底的に俺を貶めたいのか?
クソッタレが!――
いつの間にかキールの胸に溜め込んでしまっていた暗い気持ちが、蹴り倒してしまったバケツの水のように口からぶちまけられた気がした。
「分かった、それでいい。
そこまで覚悟してるならやってやるよ。
その代わり、コマンダーの俺の指示に逆らうなよ?
訓練とはいえ、勝ちにいく限り仲間のデスなんて許さない!
むしろ次の訓練でデス食らった奴はパーティーをクビにする!
解散の覚悟があるなら、このくらい屁でもねーだろ!」
ツバを飛ばし、信頼し敬愛していたはずの仲間に指を突きつけ、口汚い言葉でまくし立てて、パーティーメンバーの返事も聞かずにキールは自室へと飛び込んだ。
壁を殴りつけ、上着をベッドに叩きつけて、ふと我に返る。
――俺は何をやってるんだ!?――
床にへたりこんで自らの愚行に落胆するキールだが、吐き捨てた言葉は元の口に戻すことはできない。




