⑤ スクラップバレット
タバコをふかしビールを飲むアイガンの横顔は、どこかたそがれて見える。
「迷子か……。
確かに俺たちは迷子かもしれないな。
死にそうになって目を覚ましたら知らない世界だったんだからな……」
アイガンに触発されたわけではないが、キールはこの世界へとやってきた顛末を思い返していた。
魔王ザ・リダンダリ・ラリの圧倒的な攻撃から逃れようと転移魔法を行使し、転移が終わって目が覚めた場所はこの地下訓練施設のシミュレーションルームだった。
「そうだよなぁ。
チャンバイのラ・タッタリ・ラーンを知っているか?
俺ぁアイツにやられたんだ」
ラ・タッタリ・ラーン。
キールの記憶にある名前だ。
アイルノン王国から北の大陸経由で西の大陸へ渡り、ヤマットという島国の近辺を支配していた魔物の将軍だ。
闇色の肌に闇色のフルプレートで、超大なハルバードを操る強敵だった。
「覚えている。
強力で残忍な将軍だった。
仲間の力がなければ勝てなかったろうと思う」
キールの脳裏に壮絶な戦闘の記憶が蘇る。
キールを含め仲間たちは傷付き倒れ、カリーリの癒やしを得て何度も立ち向かい、それこそ全滅の寸前で討ち倒した。
と、キールの言葉を聞いてアイガンがカウンターにうなだれてしまう。
「そこはやっぱり勇者なんだなぁ……。
あんなに強い魔物に勝ったんだよな、お前らは。
やっぱりすげぇよ……」
アイガンの様子を見て、もう酒に酔ってしまったのかと思ったが、どうやらそうではないらしい。
「俺ぁチャンバイの北にあるロッジアの生まれなんだ。
格は低いが、それでも爵位と領地を持っていた下級騎士の家柄でな。
王都からも遠い痩せた土地で、領民は寒さと貧しさに耐えながら細々と暮らしてたんだ。
そんな価値もない要衝でもない土地にも魔物はやってきてな。一夜のうちに領民は根絶やしにされちまった。
そん時の俺にゃあ、まだ騎士の誇りとか義務ってやつがあったんだろうなぁ。
国王や騎士隊長に魔物討伐をすべきだと提案したんだが、取り合ってもらえなかった。
ならばと俺ぁ不名誉印を刻んで国を飛び出し、低級の魔物を討ちながら仲間を探した。
運良くアイルノンからやってきた勇者隊の連中と出会うことができてな。――ああ、実戦訓練で俺と一緒に居たのがその連中なんだがよ。
奴ら、俺の話に同調してくれて、ラ・タッタリ・ラーンの討伐に連れて行ってくれた」
のそのそと上半身を動かしながら起き上がったアイガンは、ビールを一口飲み下して続ける。
「だがアイツは強かった。
たいした傷も負わせられずに俺たちは負けた。
そして目が覚めたらこんなとこに来ちまってる。
そのうちに『世界最強』って言われてたお前らも姿も現した。
悔しかったなぁ……」
カウンターに片肘を付き、頭をうだれさせるアイガンを見て、キールはアイガンに声をかけられた時のことを思い出す。
「その割には、初めて会った時にずいぶんな言い草だったが?」
フレッシュジュースを飲み、タバコの煙を吐きながら問うてみる。
口の中がやや甘ったるく乾いてくる。
「そりゃぁよ、あっちの世界で勇名を馳せた勇者がよ?
訓練とはいえしょぼくれた顔で銃を撃ってんだ。
『世界最強勇者隊』の『希望の勇者』と言われたほどの男が、銃の世界に来て必死のパッチなんてのを見せられたら幻滅もするだろ。
結局こっちに来ちまったってことは、あっちで死んだんだからよ。
それのどこに希望があるってんだ?」
「……そんなことを思ってたのか」
キールからすればアイガンの言い分は勝手なものにしか聞こえなかったが、もとの世界ではこうした希望や期待がキールたちの肩にのしかかっていたのも事実だ。
魔物が討伐され、人類に平穏や安全や安心が訪れるようにと戦っていたのだから、それを迷惑とは思わないし、むしろそうした願望や声援が戦うための後押しであったとも思う。
しかし、失望したからといって蔑まれる覚えはない。
「……けどよ、実際に訓練で撃ち合ってみて思ったんだが、お前らはやっぱり勇者なんだな。
教官さんたちが言ってたのを聞いてたが、初陣からあんなにまとまる小隊はないってな。
あの訓練は納得の敗北だったよ」
不器用な笑顔でキールたちを褒めたアイガンだったが、キールは素直に喜べなかった。
アイガンとの実戦訓練では、キールはコマンダーの役目を外され、アタッカーとしての役割を果たせた実感も持てない結果だったからだ。
「いや、あれは俺の仲間たちが優秀だったからだと思ってる。
俺はたいした活躍ができなかった」
「お前に撃たれた俺に言うかね?
それは嫌味にしか聞こえねーぜ」
「そんなつもりはないんだが……」
キールの発言にアイガンが不機嫌な声を出したので、キールは素直に非礼を侘びようと頭を下げかけたが、アイガンがそれを止める。
「それでもよ、お前はちゃんと勇者らしい戦果を残したじゃねーか。
初めての実戦でキール小隊がエネミー五体を殲滅。
同郷としてこんなに誇らしいこたぁないぜ。
こっちの世界でだってお前は俺の誇りなんだよ」
アイガンの口から飛び出した『同郷』や『誇り』という単語にキールは少し戸惑ったが、同じ世界から渡ってきた者同士という意味だと解釈し、少し照れくさいながらも嬉しくなった。
「あ、ありがとう。
……そうだ。
少し話は変わるが、『SB』とは何なのか知らないか?」
アイガンが酒を飲んでいることもあり、一時の恥と割り切って思い切って聞いてみる。
「…………『スペシャルバレット』。優等生って意味さ。
優秀な成績や、目覚ましい活躍をした兵士に送られる称号のようなものらしい。
お前に向けて使われたのなら、この前の戦果はまさしくスペシャルだと思うぜ」
ビールのお代わりが入ったグラスをヒョイッと持ち上げ、アイガンはキールを称えるようにして注ぎたてのビールを口へ運ぶ。
「しかし、そうとは感じられない呼ばれ方もあったのだが……」
これまでにキールのことを『SB』と呼んでいた者たちの侮蔑や嫌悪の表情が思い出され、キールは手元のグラスへと視線を落とす。
「…………『スクラップバレット』」
「スクラップ……」
「ああ、そうだ。
言葉通り『使い物にならない弾丸』、クズ弾ってやつだな。
気分の悪い言葉だ。
ま、人間だから優劣をつけたがったり、好き嫌いがあるのは分かるんだがよ。
そんな言葉を作らなくてもいいはずじゃねーか。
そう思わないか?」
「……使い物にならないクズ弾、か……」
一気に落ち込んでしまったキールを気遣ってか、アイガンはキールを励ますように言葉をかけてくれた。
しかしまるで崖の上から突き落とされ底の見えない谷へと落下している気分のキールの耳には届かない。
そればかりか、キールの無茶な行動を指摘したイワンやニコライの言葉が思い出され、討ち倒したゴブリンにさえ見下されたような錯覚を覚える。
「勇気って、なんなんだろうか」
キールは隣の席にいるのがアイガンということも忘れ、そうつぶやいた。
「本気で言ってるのか?」
アイガンの剣呑な声が響き、椅子から立ち上がる音がした。
「俺には、分からない。
戦って勝つだけじゃダメなのか?
期待通りのことをするだけでは足りないのか?」
頭を抱え、カウンターにうなだれるキール。
そんなキールをアイガンが叱る。
「見損なったぞ、キール!
それが『世界最強勇者隊』の成れの果てか?
自分の信念を貫けばいいだけだろ!
勇者隊に入った頃の気持ちを思い出せ!」
怒鳴りつけるアイガンに周囲も何事かとざわつき始めるが、キールの頭には何も入って来ない。
「言い返してこないのか?
くそったれめ!
そんな男に負けたなんて反吐が出る。
キール、もう一度俺と実戦訓練を受けよう。
お前の消えた火を点け直してやる!」
キールの背中を小突いて怒鳴りつけ、アイガンは憤慨した足取りで飲酒スペースから立ち去ってしまった。
たくさんの人の、様々な言葉が頭の中を駆け巡り、キールは一人カウンターで無為な時間を過ごした。
アイガンからもらった味付きタバコの電池がなくなるまで、一人、座っていた。




